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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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証の間1

 白い光が霧が晴れるように消えていくと、そこは、遺跡の内部のような円形の広間だった。

 砕けたように穴の開いた天井からは、太陽の光が漏れているように白い大きな光が広間の中央に向かって真っすぐ走り、複雑な装飾の入った白亜色の太い柱たちが、その天を支えるように壁に沿ってその幹を伸ばしていた。


 すぐに気が付いたのは、心身の変化だった。

 高揚していた心は静海のように鎮まり、体のあちこちに感じていた痛みはその錘のような疲労感と共に完全に消失していた。


「ツルハ? ユズハ?」

 ファイガはすぐにハッとすると、その広間をキョロキョロと見回した。


 ちょうどその頃、同じような空間に辿り着いたユズハ達も、皆を探すようにあちこちに目を動かしていた。

 その広間には自分以外に人の姿は無く、穏やかな静寂だけが辺りを優しく包んでいる。

 

「あれは……」


 左右にせわしなく動いていた瞳が、奥にある台座に定まると、それぞれは台座に向かって駆け出す。


 ファイガは、広間の壁と同じ色をした、ひし形の台座の前に立つと、そこに嵌め込まれた黄金のペンダントにゆっくりと視線を落とした。


「これが証か……」


 その縁は魔法文字が刻まれ、中央にはクグノアーツの紋章である蝙蝠が精緻に描かれていた。

 よく見ると、その紋章は学院のペンダントとは異なり、その蝙蝠の口先からは四つ葉の生えた、蔓のような植物は、蝙蝠の体に巻き付くように絡まっていた。


 台座に置かれていたそれに、ファイガが手を伸ばし手に取ると、ペンダントは太陽のように輝き出し、瞬く間にファイガの体を金色の光が一帯と一緒に覆い尽くした――




 ファイガ達が証を手に取り、迷宮外へ転送される頃、ツルハも、その視界から白い光の霧が晴れると、温かい斜光の指す景色が眼前に広がった。

 そして、ファイガ達と同じようにキョロキョロと辺りを見回すと、広間の奥にその視線が定まる。

 

 天井から伸びる光の柱の奥にある台座の影。

 しかし、その台座が眼に映ると、ツルハの表情は一変した。


 眉の間には引き寄せられるように皺が集まり、その視線も鋭く、細いものとなる。


 ――人?

 何かが、沈黙を帯び、その台座の上に着座している。


 ツルハの存在に、()()も気が付いたのだろう。

 ゆっくりとその影が顔を上げると、2つの琥珀色の光がギラリと光った。


 その眼光に、思わず足が竦んだ。


 目を逸らすことができない。


 その刃のような眼光に瞳が鷲掴みに捕らえられたようだった。


 強烈な殺気と圧迫感に硬直したように、全身の筋肉が力む。


 脈が速くなり、カタカタと指先が震えているのが分かった。

 

 

 腕を組み、静かに胡坐をかいていたその影が、ゆっくりと立ち上がり、台座を降りると、黒い影がその体型りんかくを描いた。


 その足が静かに歩み出すと、ツルハは無意識に腰の鉄剣に手を伸ばした。


 その一歩、一歩からは、見えない威圧が波動のように伝わって来る。


 白光の中に入り、ようやくその足が止まると、その姿にツルハは思わず目と口を開いた。


 暗い紺色の武闘用のズボンと長靴。

 両腰には見事な長剣を納めた鞘を携え、何も身に付けていない上半身の腹部には、6つに見事に割れた腹筋が見えた。

 しかし、人間らしい肌色が見えたのは、その部位だけだった。

 腹部から上は、真紅の竜鱗に覆われ、強健な体の肩からは岩を打ち砕いたように鋭い突起が複数突き出ている。

 鹿のように左右に生えた黒い角の下にある顔は、竜そのものだった。


 竜人。


 それを一番的確に表す言葉があるとすれば、恐らくそれであろう。


 身が震えているのは、単にその恐ろしい容姿のせいだけではない。

 無風の中で燃える静かな炎のような殺気を帯びた冷たい瞳は、どんな猛者を前にしても動じない強固な精神を映し、その凛とした佇まいからは気高ささえ感じさせる。

 空気を伝って来る彼の気は、その者の実力を容易く知らせた。


 竜人が左右の腰に携えた剣のうち一本を引き抜き、ツルハに向けて投げると、それは地面を滑り、ちょうど目の前で止まった。


 天井から差し込む光を反射する、剣の残酷な光が目に留まると、ツルハの瞳は呪縛から逃れたようにようやく動いた。


 冷たい。

 氷の冷たさだ。

 それは金属特有の冷たさなどではなく、命を奪う武器にのみ宿る、あの独特の冷たさだった。


 ツルハが鉄剣からその剣に持ち替えるのを見ると、竜人も腰からその剣を引き抜き、両手で構える。


 ツルハも竜人の気に引かれるように、その剣を構えた。


 薄氷のように張った緊迫に、ツルハは唾を呑みこんだ。


 息に意識を向け、呼吸を整える。


 そうでもしないと、気がおかしくなりそうだった。

 竜の眼光は、【門番】の光らせていた眼光とは明らかに異なる。

 さっきまでの竜の眼光が、穏やかにさえ感じられるほどの、禍々しい眼差しだ。

 少しでも気を抜けば、その琥珀の眼に魂を抜かれてしまうとさえ思える。


 心が落ち着かない。

 今すぐにでも逃げ出してしまいたい程の恐怖を無理やり押し殺し、ツルハは竜人の目から、その視線を外さなかった。


 2人の呼吸が合わさった時、広間から全ての音が一瞬消えると、それを合図にしたように2人は動いた。

 目にも止まらぬ速さで、竜人の眼光が目の前に現れると、ツルハは防御の構えに入る。

 しかしその俊足への驚きに、動きが遅れる。


 放たれた斬撃に、短い悲鳴と共にツルハの剣から火花が飛び散る。


 一瞬瞼を閉じた。


 瞼が開いた時にはすでに剣の振り始めが見えていた。

 2撃、3撃。白銀の三日月がツルハを追撃すると、ツルハは剣ごと腕を弾かれる。


 その勢いに体ごと飛ばされ、つまずきかけた足を何とか整える。


 反射的にした受け身だった。しかし、その不安定な体勢に容赦なく次の剣撃が襲い掛かる。 

 強烈な突きが閃光となって、ツルハの顔の横を過ぎると、剣突きの纏ったその強風に、ツルハは後方へ大きく転倒した。


「ぐッ……ああッ!!」


 地面に叩きつけられると、全身に鈍い痛みが走る。

 痛みの中、その瞳で見上げると、竜人は剣を一振りし、こちらを冷酷に見下ろしていた。


 その剣先に、赤い光が見えると同時に、頬に灼けつくような痛みが直線に走った。


 鮮血。


 頬に触れた手に、はっきりとその色が着いていた。

 

 その色が見えた瞬間、焦燥の血の気が一気に引いた。



"痛みは感じるだろうが怪我をしてしまうことはない"。



 迷宮に入る前、男教師の言っていた言葉が脳裏に響いた。


 ツルハはゆっくりとその目を見開いたまま、竜人を見上げた。



 幻なんかじゃない――この魔物も、この痛みも。


 この戦いに負ければ、私の命はない――!


 

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