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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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迷宮の試し5

 ファイガに手を取られ、ツルハは氷面と崖の段差を上がると、振り返った。

 フサンはもう少しで渡り終えそうだ。

 ポッチョも慎重にその足を進め、中間に差し掛かっている。


「後少しだよ! 頑張って!」


 ツルハが両手でラッパを作り言うと、フサンとポッチョは手を振り返した。


 フサンがツルハに手を引かれ、ようやくその地に足をつけた時だ。

 

「"オーネ・アータ・フィレ"」


 岩陰に潜んでいたダウナーが小さな声で唱えると、手のひらの先に生まれた火球が勢いよく氷塊に向かって突進する。

 その火球の光はツルハ達の目にもしっかりと映った。

 火球が音を立て、氷の橋にぶつかると、ポッチョは「おととっ!?」と危うくその振動に転びそうになる。

 その様子に、ツルハ達の顔は一気に血の気が引き、真っ青になる。


 ピシピシッ……――


 衝撃音に代わり、その音が電撃のように足元に走って来ると、ポッチョは思わず後ろを振り返った。



 ――走ってッ!!!!!



 自身の歩いて来た氷の地面に、大きな亀裂が伸びていることに気が付くと同時に、女の子の金切り声が響くと、ポッチョの肩は大きく震えあがった。

 ポッチョは一目散に駆け出すと、火球のぶつかった箇所からピシピシと連続した音が響き、そして、ポッチョを追うように音を上げ崩れ始める。

 ツルハは思わず口元を両手で覆った。

 こちらに向かって必死に駆けて来る少年の後ろを、大きく入った亀裂から白い粉を煙のように噴き上げ、氷の橋が大きな塊になって崩れながら追いかけて来る。



 がむしゃらに駆けて来るポッチョが、もう少しで対岸にその手が届きそうな時だった。


「うわっ!!」


 ズンッ! と重々しい音が地面から響くと、崩壊する足元のその振動に視界が大きく揺れる。

 目の前に見えたツルハ達の顔が、上方へ消えかかった瞬間だった。


 思わず身を乗り出したツルハが、その太い腕を間一髪で掴むと、ポッチョは不安定に宙で揺れた。

 瓦礫のように奈落へ消えていく氷塊から、その視線がゆっくりと上に向く。

 ツルハはポッチョの腕を片手で何とか掴んでいた。

 両手ならまだしも、片腕だけで1人の少年の腕を掴んでいる、その腕はピクピクと痙攣していた。

 ツルハの後ろには、フサンとファイガがその少女の体を支えていた。


 さっきの試練の疲労がまだ残っている。

 肘から先が麻痺しているように感覚がない。

 ツルハはフサンとファイガが自身の体をしっかりと支えていることを確信すると、もう片方の腕をポッチョの腕に伸ばした。


「がん……ばって!」


 振り絞って出された少女の声は、掠れそうな声だった。


「絶対に……離さないから!」


 ツルハの懸命な眼差しに、ポッチョは鼓舞されたように返事を返した。


「おし、引き上げるぞ!」

 ファイガがフサンに合図すると、フサンとファイガは声を合わせ、ツルハの体を引っ張った。

 ツルハの腕に吸い寄せられるように、ポッチョの体が少しずつ上がっていく。

 ポッチョの体がついに地面に引き上げられると、ファイガ達は大きく尻を地面につけ息を吐いた。


「面目ない、ありがとうでごわす」


「なあに、良いってことよ」

「無事で何よりです」

 ポッチョにファイガ達がそう言うと、ツルハも微笑んで頷いた。



 対岸から、和気藹々(わきあいあい)とした声が聞こえて来ると、ダウナー達は大きく歯を食いしばった。

 ツルハ達の姿が対岸の入口へと消えていくと、その岩かげからようやく3人はその姿を現した。


「庶民風情が!」


 舌打ち交じりのでダウナーが叫ぶと、気弱そうな取り巻きが、

「私たちも急ぎましょう。こんな気味の悪い迷宮早く出て、温かい部屋で紅茶を頂きたいんです」


「そうだな」

 取り巻き達にダウナーが頷くと、3人はツルハ達と同じように断崖の前に立ち、一斉に"オーネ・アータ・コル"を唱える。

 すると、対岸までギリギリのところで巨大な氷柱がその足場を作ると、取り巻き達は大きく手を叩いた。

「やりました! さあ、早く行きましょう!」


「待て。お前達が先に渡れ」


 ダウナーの言葉に取り巻きの2人は思わず「え」と声を漏らす。

「早くしろ!」

 怒鳴るダウナーに取り巻きの2人は納得のいかない心地だったが、笑みを作り頷くと、


「それでは私からお先に」

「では自分は2番手で。ダウナーさんはその後ろから付いてきてくださいな」

 小太りの取り巻きがそう言うと、ダウナーは頷いた。


 氷の橋は思っていたよりも不安定だった。

 形も歪で、気を抜けば足元を取られそうになる。

 それもそのはず。あいつらは4人、こっちは3人でこれを作ったんだ。

 魔力が1人足りない分、その精度も劣る。

 だが、渡れるに越したことはない。足元さえ注意すれば、こんなものは――


 ダウナーが中間に差し掛かった時だった。


 ピシピシピシッ!


 恐ろしい音が一気に響くと、ダウナーは思わず後ろに振り返る。

 無数の亀裂が巨大な稲妻のような数本の亀裂から生え、こちらに向かって来ていた。

 その音は、3人の重さに耐えきれずに上がった、氷の悲鳴だった。

 ダウナーと小太りの取り巻きは状況を理解すると、すぐさまにその足を必死に走らせた。

 ちょうど渡り終えた痩躯の少年も振り返ると、思わず目を丸めた。

 迫りくる崩落に、ダウナーは死に物狂いで全力で疾走する。


「どけッ!!!」


 目の前に駆けていた小太りの取り巻きは、後ろからダウナーに思い切り、どつかれると、突然のことに短い悲鳴を上げ奈落へと消えていった。

 ダウナーはギリギリのところで対岸に到着すると、両手を地面に付けた。


「だ、ダウナー……?」


 ダウナーを案じているような、しかしどこか困惑した声色で取り巻きが声をかけると、ダウナーは息を整えながら立ち上がった。

 ダウナーは一度奈落に振り返り、しばらくの間沈黙して見つめた後、


「行くぞ」


 それだけを呟き、踵を返した。



     ◇◆◇



 洞窟内はいつしか暗い闇に包まれていた。

 目に映る鉱石の姿が減るにつれ、ツルハ達はそれを感じていたが、気が付けば辺りは夜のように暗くなり、互いの姿も辛うじて見える程になっていた。

 その闇が晴れると、ツルハ達はその足を止めた。


 緑色に燃える燭台の火。その間にある巨大な扉を見上げると、ツルハは唾を呑みこんだ。


 今まで見てきた、どの鉄扉よりも禍々しい、嫌な雰囲気が吐息のように周囲一杯に広がっている。

 まるで、強大な何かに見下ろされているような、そんな寒気が走った。


 ゴオオ……。


 音を上げながら突然、扉が開き始めると、辺りの風が扉の中に吸い込まれていくように流れる。

 扉が完全に開くまで、ツルハ達はその様子を釘を打たれたように見つめていた。


 扉が開き、何も見えない無慮広大な闇が、手招くようにその向こうに広がっている。

 互いの顔を合わせ、ツルハ達は覚悟を決めたように頷くと、その闇の中へ足を踏み出した。

 扉の中に入ると、高い天井と広い空間が広がっていることがすぐに分かった。

 後ろから吹いて来る風音と、慎重な足音だけが暗闇の空間に高く響く。


 ツルハ達が十分に離れたことを見計らったように、扉が開く時よりも早い速度で閉まると、辺りは完全な闇に閉ざされた。

 息を殺し、何も見えない暗闇の中、ツルハは警戒心を最大限に尖らせる。

 聞こえる音、匂い、気配。

 ツルハだけではない。ファイガやフサン、ポッチョも互いの気配を確認しながら、周囲に気を配る。


 ボウッ。


 緑色の炎が淡い光を放ちながら遠くに現われると、そこから次々と炎が現われ、広間を覆った。

 円形状の広間。その壁には無数の小さな緑炎が張り付き、それは巨大な炎の壁となり広間を包んだ。

 しかし、ツルハ達の身に鳥肌が立ったのは、その盛大な演出にではなかった。


 円形の広間の奥。


 空気から浮き出るように巨大な影が現われると、赤い2つの光がその中心からギラリと光る。

 その巨体が艶やかな鮮緑に染まると、大蛇のような尾がシュルリと伸びた。


 ドラゴンだ。


 3層庭園の1層ほどの高さはあるだろう。分厚い筋肉を張り合わせたような体は、鋼鉄のような鱗に覆われ、後頭には灰白色の双角が備わっている。

 しかし何よりの特徴は、頭部を覆った、鈍い青みかかった鉄色の兜だった。

 鋭い牙をチラつかせる口先と、双角だけを露わにし、その額には両手で抱えられる程の大きさの赤紫色の宝石がはめ込まれている。

 その竜は、ゆっくりと上半身を起こしきると、鋭い爪の並んだ足で2歩ほど前に進むと、立ち竦むツルハ達に、大きく咆哮を上げた。


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