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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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迷宮の試し4

「少しは落ち着いたらどうだ?」


 呆れたような声で、書類に羽ペンを走らせながらルベルが言うも、アルフィーはその足を休ませることはなかった。

 学院長室で、応接用の長椅子に大人しく座っているツァイとは対照的に、アルフィーは眉間にしわを寄せながら、腕を組み、(せわ)しなく応接机の横を往来していた。


「これが落ち着いてなどいられるか」


 その言葉だけが返ってくると、ルベルは苦笑をした。


「全く。本当に心配性だな、お前は」


「迷宮の試しが異空間上に作られた結界内で行われることは以前から知っていた。

 そしてその結界内にあるものは全て幻影魔法で作られた幻影。しかしその結界に足を踏み入れた者には強力な精神魔法がかけられる。その精神魔法は脳を通じ、五感から神経までに作用し、そこがあたかも現実とさえ錯覚させる。

 肉体的外傷の可能性は低いが、下手をすれば精神的なダメージは後遺症として残りかねない。

 姫様には念の為をと思い以前に守護用の魔法石を渡していたが、姫様はしっかりとされている御方だ。不用品の持ち込み禁止という規則を守られている可能性が高い。仮にそれを持ち込んだとしても、まさかあの迷宮が外部からの魔法道具の魔力を無力化する代物とは。それを早く知っていれば、行くことを御止めしたと言うのに!」


 早口言葉のように独り言をブツブツと唱えていたアルフィーが頭を両手で抱えながら悶えると、ツァイは大きく息をついた。


「アルフィー、少し落ち着け」


「これが落ち着いていられるか、鬼王君!

 姫様を蜘蛛の巣へ放ってしまったようなものだぞ! ああ、なぜ私はあの時気を許してしまったのだ」


「アルフィー。馬の尾にはユズハ達がついてる。迷宮内で上手く巡り合う可能性だって十分にあるんだ。

 それに、馬の尾は見違えるように成長した。あいつを信じろ」


 ツァイが言うと、ルベルも羽ペンを休め、それに言い加えた。


「ツァイ君の言う通りだ。ツルハ君はもはや君の知っている脆弱な娘子などではない。

 実に逞しい成長を遂げて見せたではないか。

 いやあ、この先が楽しみだよ」


「ルベル、迷宮の試しというのは、本当に大丈夫なのだろうな?

 姫様にもしも万が一のことがあったら、ただでは済まないぞ!」


 アルフィーがルベルに言うと、ルベルは、フフッと笑みを溢した。


「迷宮の試し、あそこには様々な試練の壁が待ち受けている。三流の魔法学校は知識のみを問う試験を課し、二流の学校では、学んだ知識を実践し応用させる。

 一流の魔法使いというものは、常に人の上に立つものだ。クグノアーツを出る者は、常にそうでなくてはならない。

 魔力や知識はもちろん、体力や武術が備わったとしても、それでは不十分だ。

 迷宮の試しは、心の強さ、つまり精神力もかなりのものがなければ突破することはできない。

 まあ、それを得たとしてもまだ、不十分なのだがね。


 もしツルハ君が、本当に魔法を扱うに相応しい者であるならば、必ずや試練を乗り越えて来ることだろう。我々はここで待つとしようではないか」



     ◇◆◇



 ツルハ達は迷宮の中を進んでいた。


 ファイガ達は迷宮に入ってから早い段階でお互いに巡り合ったという。

 聞けば、何百という段からなる螺旋階段を、下から沸き上がって来る溶岩に追われながら必死に駆け上がり、その先の分かれ道を辿ってきたら、ツルハのもとに着いたというわけだ。

 ツルハ達はその分かれ道まで戻り、もう一方の道を進んでいた。

 ツルハの通って来た鉱石の道とは少し異なり、青の一層増した寒冷色の光が、洞窟内を照らしていた。


「おい、あれ!」


 ファイガが何かに気が付いたように、道の先を示すと、そこには鉄扉が静謐に包まれながら静かに立ちはだかっていた。

 あの先にも恐らく、何かが待ち受けているのだろう。

 ツルハ達は顔を合わせ頷くと、鉄扉に向かって駆け出した。

 鉄扉はツルハ達が近づいて来ると、ゆっくりとその扉を音を立て、開き始めた。

 その扉を潜り、中へ入ると、ツルハ達は足を止めた。


 蒼みがかった暗闇に包まれた静かな景色が広がると、すぐに天井と眼前の黒に目がいった。

 再び訪れた断崖絶壁。

 しかし今度はその奈落と同じように、天にも果てしなく闇が広がっていた。

 冷たい風が吹き抜け、まるで渓谷の一角のような場所だ。

 左右も同じように、崖に沿った道が果てしなく続いている。


 しかし、その出口はすぐに見えた。

 ちょうど対岸に同じような洞窟の入口が見えると、ファイガは言った。


「さて、どうしたものか……」

「何とかしてこれを渡らなくちゃ……」


 ツルハも顎に指をあて、その方法を考え始める。

 周囲を見渡すも、今度は取っ手などの道具はない。

 冷たい大小の石ばかりが目立つ、殺風景が広がる。


「ああいう石を何とか繋ぎ合わせて橋を作るってのはどうだ?」


 ファイガが言うと、フサンが首を横に振った。


「向こうまではかなりの距離があります。周囲にある石を繋ぎ合わせたとしても、それを渡るに十分な足場を作ることは難しいでしょう」


「風属性の魔法はどうかな? ほら、物を風で飛ばす授業あったでしょ?」


 ツルハは、布でできた人形を風に浮かし、指定の場所に飛ばした講義の光景を思い出しながら言った。

 ツルハが言うと、今度はファイガが首を振った。


「良い考えだけど、人を飛ばすにはあれじゃ風力が足りない。それに、オレ達が講義でやったのはぬいぐるみを目先の箱に飛ばすだけのやつだからな」


「そっか……」

 ツルハはがっくりとしょげると、また2人は腕を組み唸り始める。


 3人が煮詰まっていると、ポッチョが突然何かに閃いたように短い一言を上げた。

「おい、どうした? ポッチョ?」

 ポッチョはスタスタと崖の先に歩くと、ふうーっと深く呼吸をし、精神を整える。

 そして崖と奈落の境に両手を向けると、


「"オーネ・アータ・コル"!」


 そう唱えると、ポッチョの両手は青い淡光を強く放った。

 すると、崖から雷のような轟音を立て、太い氷柱(つらら)状の氷塊が一気に対岸向かって突き出す。

 太く幅のある氷塊に、ツルハ達は一瞬、それが対岸にまで繋がるのではと胸が騒いだ。

 しかし、それは徐々に勢いを落とし、ちょうど中間ほどでピタリと止まった。


「あーあ、やっぱりダメでごわすか……。

 氷属性(コル)系の魔法は十八番とすると所だったから、お役に立てると思ったんでごわすが」


 ポッチョが頭を掻くと、ツルハはハッとした。


「待って!」

 ツルハが声を上げると、3人の視線がツルハに向いた。


「いけるかもしれない。

 今の呪文、オーネ・アータ・コルを皆で一斉に唱えれば」


 ツルハが言うと、ファイガとフサンは眉を上げた。


「そうか。1人でダメなら」

「皆の力を合われば」


 2人が互いに頷くと、ポッチョも頷いた。


 ツルハ達は崖の縁に並んで立つと、対岸の入口を的に、やや下に両手を向けた。

 そして、目でそれぞれの準備を確認すると、4人の視線は一斉に一点を見つめる。


 "オーネ・アータ・コル"!!


 4人の声が重なって響くと、強く大きな青い光が暗闇の谷を照らした。

 その光に呼応するように、さっきよりも幅のある太い氷柱が対岸に向かって突き出すと、その先端は対岸に音を立ててグサリと突き刺さった。

 巨大な氷の橋が目の前に現れると、ツルハ達は思わず歓喜の声を上げた。


「よっしゃ! 行こうぜ」


 ファイガが先陣を切り、その氷に足を踏み出すと、少し間隔を空けてツルハが出発する。

 2人が乗っても、特にひび割れる様子もない。

 しかし、その足は綱を渡るように慎重だった。

 思わず足を滑らせてしまえば、奈落に滑落してしまうだろう。

 フサンがその足を進めた時には、ファイガがちょうど中間を越えた頃だった。

 そして、最後にポッチョが渡り始めると、ツルハがその中間を越え、ファイガは対岸の地に無事にその足を付けた。


 その様子を岩かげから3人の影が息を潜め、見つめていた。

 この崖をどう渡るものか、と苦心していた中、ファイガ達の声にその身を隠し、彼らの様子を伺っていたのだ。


「なるほど。(コル)系の魔法を使えば良いのか」

「あいつらが行った後、私たちもあれを利用して渡りましょう」

 隣の痩せた気弱そうな顔をした取り巻きがそう言うと、意地の悪い顔をした小太りの取り巻きも頷く。


「いや、待て。ここを突破する方法は分かった。

 だが、才の試練の合格者はそんなに多く要らない。だろ?」


 ダウナーがそう言うと、3人は目を細めて笑った。



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