才の試練4
目を覚ましたのは、時間よりも少し前だった。
広い空間にいた20人は、少数のまとまりとなって時間が経つのを待っていた。
ツルハが目覚めた時には、もうほとんどの人が目を覚まし、瞼を開く前から、がやがやとした声が聞こえていた。
時間になると、門の前に立っていた男は、まだ眠っている者を起こすように促した。
全員が眠りから覚め、男の前に集まると、男は様々な得物の入った大きな箱を用意した。
昨夜、説明にあった通り、各種の武器が取り揃えられており、その全ては、一般の冒険者達が使う、町や武器市場で見る物と同じ物だった。
「性能に違いはない。どれでも好きな物を手にすると良い」
男がそう言うと、ずらずらとその場にいた生徒たちが箱を取り囲んだ。
金属特有の鈍い光。
男は付け加えて、これらの武器も魔法によって作られた、幻術のまがい物と言ったが、箱の中に並べられた剣の刃が放つ鈍光は、本物と同じ残酷な色を帯びていた。
手に取ると、その重みが直に伝わって来る。
「これ、本当に偽物なのか?」
少年の一人が手に持った剣に首を傾げると、それを確かめるように、その刃を指先に触れさせた。
「痛ッ……って、あれ?」
少年は痛みを確かに感じた様子だった。しかし、彼の指からは血の赤が一滴も見えず、少年も狐につままれたような顔で頭を掻いた。
「さてと、オレは両手剣で行くか」
ファイガは幅の広い刃のついた、自身の身長ほどの剣の握りを掴むと、それを引き抜いた。
「くう~、この感触! 懐かしいな。村にいた頃はこれで魔物退治を手伝ってたっけ」
「えっ、ファイガさん、魔物を退治されてたんですか?」
レイが驚いた様子で訊くと、ファイガは、「いや、猪とか獣系の中型くらいの弱小モンスターだけどな」と苦笑しながら答えた。
「私はやっぱり棍かな。他にも色々使えるんだけど、これが一番しっくり来るのよね。
ツルハちゃんは?」
「私は」
ユズハに訊かれると、ツルハは鈍い光を放つ剣を手に取った。
特に理由はなかったが、不思議にも、その剣に自然と手が伸びた。
思っていたほど、重くはない。ウォルンタスの剣と同じくらい、しっくりと来る。
「これで、いこうかな」
ツルハがその片手剣を手に取った時だった。
「邪魔だお前達! さっさと退け!」
後ろから浴びせられた声に、ツルハと、小杖を手に取ろうとしていたクーラは肩をビクリと竦めた。
ダウナーだ。
ダウナーの取り巻きの二人も、虫を払うように手を振り、周囲を退いた。
ユズハの堪忍袋の緒が切れたのは、ダウナーがクーラをどついた時だった。
「ちょっと! いい加減にしなさいよ!」
ユズハの声に、ダウナー達は細く尖った目を向けた。
「もう我慢できない!
アンタたち、恥ずかしくないの? 普通の人達よりお金も教養もあるんでしょ?
それをひけらかして人をバカにして……
貴族ならもっと礼節をわきまえなさいよ!」
ユズハが怒涛の声を浴びせると、ダウナー達は、フンと下あごを上げた。
「誰かと思えば、東国出身の女じゃないか」
「流れ旅してきた輩が何を言い出すかと思えば、礼節ですってよ」
「礼節というならば、上流階級に物を言う時はまず挨拶からですよ。お嬢さん」
ダウナーに続き、取り巻き達が笑い出すと、ユズハは怒りの余り言葉を失った。
眉間には一層皺が集まり、声にならない怒りに食いしばった歯からは、逆流した怒りで今にも胸の内から爆弾の如く弾け飛んでしまいそうな勢いだ。
「ほら、分かったら、さっさとそこを退きな。僕を誰だと思っている。
東国から出て来たと聞けばどれほどのものかと思えば、とんだじゃじゃ馬が来たもんだ。
東国の女性は慎ましく美しいと聞くが、君みたいな男か女か分からない輩は故郷で今一度礼儀作法を学び直してくると良い。ついでに、そのくすんだ藍色の髪も綺麗に染め直して来るんだな――」
その瞬間だった。
鈍く勢いのある音と共に、猛スピードで何かがダウナーの顔面にぶち当たると、ダウナーは大きく飛ばされる。派手に転倒したダウナーに、取り巻きの2人はもちろん、ツルハ達も、突然のことに一体何が起こったのか分からず、呆気にとられた。
鼻に手を当てながらジタバタするダウナーに、目をパチクリさせていた取り巻き達が慌てて駆け寄ると、ファイガは、パンパンと手を払った。
「ユズハのことを礼儀知らずだの、脳筋だの、宣うのは、本当のことだから一向に構わねえ。
けどな、こいつの故郷や綺麗な髪をバカにしやがると、オレが許さねェぞ」
「てっ、てめェ……! 僕にこんなことをしてどうなるのか分かってるのか!?」
ダウナーが鼻を抑えながら顔を真っ赤にして怒鳴ると、ファイガも負けずの勢いで答えた。
「知るか!!
報復や陥れが恐くて戦士なんてやってられるかよ。戦士ってのは自分の信じた正義を最後まで貫くもんだ!
お前がどんな手を使って仕返し仕掛けてこようが、真正面で応えてやる。いつでもかかって来やがれ!」
ダウナーは鼻を抑えながら、「試練が終わったら覚えてやがれ!」と取り巻き達に支えられながら、その場をズルズルと離れていった。
ダウナー達の逃げる姿に、ファイガが、フンと鼻を鳴らして胸を膨らませると、ポカンとしていたツルハ達から拍手が上がった。
「凄いファイガ君!」
「お見事ですよ! 流石戦士ですね! 胸の内がスッキリしました」
ツルハとフサンの声に、ファイガは恥ずかしそうに笑みを溢し、頭を掻いた。
「ありがとう、ファイガ。まさか、アンタに助けられるなんて」
ユズハは恥ずかしそうに髪をいじった。口を開けば喧嘩ばかりの少年だ。言い慣れない言葉に、ユズハが視線を逸らし、頬を赤らめながら言うと、ファイガも同じような顔になり鼻を掻いた。
「お……おう。まあ、あいつらには腹に来てたからな。殴る機会を探す手間が省けたぜ」
ファイガが必死に探した言い訳を口にすると、ユズハは思わずクスッと笑った。
なんだかんだで、やっぱり男の子なんだな。
初めて見えた、ファイガの男らしい横顔にユズハは笑みを浮かべると、それを覗き込み、いつもの調子で、
「けどアンタ、さっき脳筋だと礼儀知らずだのは本当だからって、一体どーいう意味なんだろうなー?」
「し、知るか! 本当のことなんだから、仕方ねェだろ!」
「じゃあ、私の髪の色が綺麗ってのも本心なのかしら?」
からかうユズハを、ファイガは「だあー!」と振り払った。
「あの2人、良いコンビですね」
レイが微笑ましそうに言うと、ツルハは頷いた。
その時だった。
門がゴオオ、と風音を立てながらゆっくりと開き始めると、ツルハ達はバッと振り返った。
門の奥は暗くて何も見えない。
まるで一切の光がない、暗黒の世界が広がっているようだった。
門が完全に開き切ると、男はツルハ達に向き直り、静かに言った。
「さあ。準備のできた者から、門の中へと進むと良い。一度迷宮へ入れば、この場に引き返すことはできぬ。覚悟して臨むように」
男が言うと、「よおし……」とファイガは歩み出した。
「ファイガ君!」
フサンが思わず声をかけると、ファイガは一度振り返り、
「こういうのは、戦士を目指すオレが先陣をきらないとな。また外で会おうぜ。証を持ってな」
そう笑みを返すと、ファイガは門の暗闇の中へと歩み、その漆黒の中へと消えていった。
ファイガが行くのを見送ると、今度はユズハが意気込んだ。
「そうね。また皆で外で会いましょう。
それじゃあ、お先に」
「ユズハちゃん」
後ろから呼び留める声に、ユズハはその足を止めた。
振り返り、その藍色の眼にツルハの姿が映ると、ツルハは大きく一度だけ頷いた。
その眼光に、ユズハはツルハの言おうとしたことが伝わったように微笑むと、手を振り、そして、門の中へと向かって行った。
ユズハの姿が消えるのを見ると、ツルハもその足を歩み出す。
「皆、また向こうで」
ツルハがその一言だけを言うと、フサン、ポッチョ、レイ、クーラは鼓舞されたように強く頷く。
その表情を目に焼き付けるようにツルハは瞼を閉じると、それを開き、門の闇へと向かった。




