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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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才の試練3

「二の学、ツルハ、ユズハ。共に本日の試験の合格を認める」


 寮の扉を開くなり、入ってきた男教師は平淡な声で最初にそれを告げた。

 夕食と湯も済ませ、部屋で(くつろ)いでいた2人はその言葉に目を丸めるも、互いに手を取り、喜びの声を上げる束の間もなく、男教師は続けて言った。


「すぐに次の試練に向け、身支度(みじたく)を整えよ。動きやすい服装で来るだけで良い。必要なものはあちらで全て準備されている。

 準備が終わったら、その文書の最後に記されている呪文を唱え、その石を使いなさい」


 男教師は合格者に渡される通知文書と2人に宝石のような石を手渡すと、ツルハは手のひらで淡く青く光る石を見つめた。

 それは、以前アルフィーから渡された魔法石によく似ていた。

 転移用の石なのだろう。

 男教師がそのまま部屋を去ると、2人はすぐに支度にとりかかった。

 寝間着を脱ぎ、体技講義用の服に着替える。

 黒布地に赤の刺繍で装飾されているところは普段のローブ状の制服と変わらないが、こちらのほうが身軽であり、裾も短い。何よりもズボン衣装であることは、大きな違いだった。


 着替えを済ますと、ふと立て掛けられた剣と鞘が目に映った。


(ウォルンタスの剣……)


 思えばこの4カ月、この剣を一度も振るっていない。

 日々の手入れは欠かさなかったものの、久々にはっきりと眼に映った剣は、どこか懐かしく見えた。

 通知文書には、試練で扱う武具などは会場で用意されているとあった。

 もしそれ以外に不要な物を持ち込んだとすれば、没収されてしまうだろう。下手をすれば不正を疑われ、今日の試練の合格も取り消されてしまうかもしれない。

 ツルハはウォルンタスの剣の鞘を優しく撫でると、ゆっくりと立ち上がった。


「ツルハちゃん、準備できた?」

「うん」


 ツルハはユズハに頷くと、2人は石を手に取った。

 そして、文章に記された文字をたどたどしく読み上げた。



     ***



 青い光に包まれ、眩しさのあまり閉じた目をゆっくりと開く。

 白い景色がぼんやりと見えてくると、その輪郭が段々と鮮明になってきた。

 白の中にぼやけていた黒は人の姿を成すと、そこには20人ほどの姿があった。

 それよりもツルハが最初に見上げたのは、大きな門だった。

 周囲の人のことなど一瞬忘れてしまうほどの大きな扉が、天高く重々しい色でツルハを見下ろしていた。

 白い門の縁には、波なのか風を表しているのか分からない、渦の連続のような装飾があり、どこかに通じているであろう入口を、犬と鬼を合わせたような恐ろしい顔をした灰色の石の扉がピッタリと塞いでいた。


「お! お前達も受かったか!」


 その声にハッとすると、ツルハはその方向を見た。

 その隣で同じ方向を向いた少女に初めて意識が向くと、それはユズハだと気付いた。

 ユズハも呆然から返ったような顔で、同じ方向を見つめていた。

 恐らく同じように、この扉に圧倒されていたのだろう。

 聞えて来た声は、ファイガの声だった。

 ファイガの後ろには、フサンとポッチョが手を振っており、その横ではクーラとレイもツルハ達に気が付き、同じような顔を弾けさせた。


「ファイガ! それにフサンにポッチョ!」

「レイさんに、クーラちゃん!」


 ユズハとツルハが小躍りして喜び走ると、ファイガ達もツルハ達に駆け寄った。


「良かった。皆無事に通過できたんだね」


 ツルハが言うと、ファイガは鼻をかきながら、

「当ったり前よお!」


「皆で頑張って勉強しましたからね」

 フサンが言うと、ポッチョも、うむうむと頷いた。


「私、凄く不安だったけど、皆と一緒にここに来れて良かったあ」


 今にも泣きだしそうな声でクーラが言うと、レイは微苦笑を浮かべ、クーラの背中を撫でた。


「他の奴らは?」


 ファイガが見回すと、ユズハ達もキョロキョロと辺りを見回す。


「最後の試練の会場には、無作為に指定の場所に飛ばされてしまうらしいです。時間帯も違うみたいですし」

「ほお」とファイガは言うと、何かに気が付いたように「あっ」と声を漏らした。


 その方向に皆の視線が向くと、ツルハ達も同じような顔を浮かべた。

 見覚えのある顔は他者を見下すように周囲を見渡し、腕を組むその少年を、2人ほどの男の子達が機嫌を伺うように囲っていた。


 その顔は忘れもしない。


 4月前、ルベル学院長が大講堂で話した時、その不満を堂々とぶつけた、あのモルダ・ダウナーだ。

 相変わらず傲慢そうに胸を張り、白い大きな広間に集められた同級生たちを見ては、虫でも見るかのように嫌な笑いを飛ばしていた。

 囲いの2人もダウナーと同じように周囲の人間をバカにするようにケラケラと笑っている。


「何、あいつらも受かったの?」

 眉をひそめ、嫌悪全開にユズハが言うと、フサンは頷いた。


「どうやら、そのようみたいですね」


「どうせここで脱落するさ。インチキして、ここまで来やがったんだからな」

「インチキ?」


 ツルハが言葉を繰り返すと、ファイガは「ああ」と頷いた。


「ツァイル教師の講義、あれ必修科目だっただろ?

 あいつら、ツァイル教師の講義に全然ついていけなくて、碌に体も鍛えようとしないくせに、ツァイル教師にイチャモンつけて、自分たちに都合の良い教師に代えてもらったんだ。

 自分たちがどんな成績でも合格印を押してくれる教師にさ。

 教師達も全員が慈善でやっている訳じゃないからさ。中にはああいう貴族の奴らに媚びへつらって、不正に協力する奴もいるんだよ」


「それって……」


 あんまりだ。

 誰もが真面目に取り組んできた中、そんな人が同じ立ち場にいるなんて。

 ツルハは、得意顔で何かを話しているダウナーを睨んだ。

 ツルハは憤ったような声で言い掛けると、ファイガはそれを遮るように苦笑して言った。


「なあに。あいつの不正はごく一部の教師にしか通用しねェよ。講義程度さ。

 こういう大きな試験じゃ、学院長が恐くて誰もあいつに協力しようとする奴なんていない。まあ、ここにいるってことは、知の試練は実力で突破できたってことだろうけど、次の実践はどんなものか」


 ファイガがちょうど言い終わった時だった。

 扉の前にいた、一人の男が呼び声をかけると、ツルハ達は門の前に集められた。

 改めて見ると、大きな門だ。建物の3階分はあるかもしれない。

 白い天井は果てしなく続き、よく見れば周りの白い広間だと思っていた景色も、終わりがないように殺風景が続いている。

 ここはきっと、学院の中ではないのだろう。

 魔法で作られた、どこか別の空間だ。


 男は武人上がりのような強面(こわもて)をしていた。

 見たことの無い教師だ。

 その吊り上がった目つきで、男は一人一人点呼を取り、確認を終えると、低い声で話を始めた。


「諸君に話を始める前に、学院長から御言葉を頂いている。

 "()ずは、先に立つ知の試練、ご苦労であった。

 しかしあのような試練の通過など、喜ぶには値しない。医師は人を治療するより先に、その知識を持つように、魔法を扱う者は魔法に関する知識が備わっていて当たり前なのだ。

 だから、私は君たちに(ねぎら)いの言葉をかけるも、祝詞を贈るようなことはなしない。

 さて、君たちはこれより、才の試練の醍醐味であり、真の試練である――迷宮の試しに挑むこととなろう。君たちの前にある門の中は、どこまでも続く迷宮となっている。

 これまで君たちが学んだ知識、魔法を総動員し、迷宮の最深部にある証を手にすることで、才の試練は合格となる。

 最深部に辿り着くまでに、君たちは様々な試しに直面することとなるだろう。

 一人ではどうにもならないようなこともあるかもしれない。

 そんな時、君たちはどのようにそれらの試しを突破して見せるのか。私はそればかりを楽しみにしている。

 迷宮の奥、証の間へ続く扉の前には【門番】と呼ばれる魔物が1体、君たちが辿り着くことを心待ちにしていることだろう。

 しかし心配することはない。迷宮は門番も含めて、全て幻影、幻覚、一種の幻だ。痛みは感じるだろうが怪我をしてしまうことはない。しかし、激痛や恐怖のあまり、意識を失ってしまうことで、君たちは学院から故郷への片道切符を手にすることになるから、注意したまえ。

 では、健闘を祈る"」


 男がルベルの言葉を伝えると、体中がこわばっていた。

 男の声であったが、頭の中ではルベルの、あの狂気染みた声が、試練の内容を伝えていた。

 ファイガとユズハも唾を呑みこみ、クーラは顔を真っ青にしてガクガクと震えていた。


「私からの話は、ほとんど学院長のお話にあった通りだ。この門より先には迷宮が広がっている。

 君たちに課される試験は、その迷宮の奥にある証を手にすることだけだ。


 なお、門を潜ると各自、迷宮内に無作為に飛ばされてしまう。


 門番のいる広間は全てで5つある。そのうち、1体でも門番を撃破すれば、証の間へ通じる道が開けるだろう。


 君たちが迷宮に持ってゆける得物は、1つ。

 こちらで用意した剣、斧、杖、棍、槍のいずれから選ぶことになる。剣は片手で扱える長剣と刃に幅のある両手剣、杖は長杖と小杖、それぞれから選ぶことができる。


 門が開くのは6時間後。

 これから不要な物を持ち合わせていないか確認を行い、その後、それまでの間、君たちにはここで睡眠をとってもらう。眠れない者については、希望に応じて強制睡眠をかけることもできるから、気軽に声をかけると良い。

 ここまでで、何か質問のある者は?」


 男は全員を一周見ると、頷いた。


「では、これより不要物の確認を行う。名前を呼ばれた者から私のもとに来るように」

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