才の試練2
才の試練、初日。
昨夜は特別なことは特にせず、いつもと同じように、その前夜を過ごした。
何か大切な日の前日に普段と何か変わったことをすると、かえって心身共々興奮してしまい、当日の調子に影響してしまう。
ファイガが、戦士と戦の前日の話を例えにしながら話すと、ユズハはいつものように戦士バカと笑っていたが、ファイガの話は妙に説得力があった。
ユズハの横でファイガの話を聞きながら、ツルハはふと昔のことを思い出していた。
昔から大切な式典や行事の場に参列しなければならない時、その前夜はとても息が詰まった。
当日の日程や挨拶の内容、参列される国賓の名前などを何度も何度も確認し、小さな声で口に出して呪文のように唱え続ける。間違えないように、失敗しないように、何度も何度も。
よし、と口に出して床についたとしても、その緊張と不安は消えるどころか一層強いものになってしまう。
当日何か失礼をしてしまったらどうしよう、お母様やお姉様に恥をかかしてしまったら……。
そんな憂いごとの渦が頭の中をぐるぐると何度も駆け巡り、全身の筋肉がキュッとしまったような感覚に心臓の音も酷く大きく聞こえ、中々眠りにつけない。
何だかんだで、いつの間にか眠りについているのだが、朝日に目が覚めると、その悩みの魔物も目を覚ましたように再び体の中を駆け巡り、暴れ出す。
それが式典の時まで続き、来賓を前に挨拶をする時に言葉を噛んでしまったり、言い間違えたりしてしまい、結局は王妃の御叱りを受けてしまう。
そんな昔の自分を重ねながら、何度も頷いて、ツルハはファイガの話に耳を傾けていた。
ファイガをからかっていたユズハも、「まあ確かに、いつも通り過ごすことが一番よね。私も前に旅の曲芸団に入っていたことがあったけど、意気込んで夜遅くまで練習していたら、次の日にそれが響いて失敗したことなんて結構あったもの」と、話が終わる頃には、ファイガと同じ意見に落ち着いていた。
ユズハと一緒だったためか、意外にも昨夜はぐっすりと眠ることができた。
ツルハ達は会場である部屋に向かうと、指定された席についた。
才の試練で課される試験は、大きく2つに分けられる。この初日に課されるのは、魔法に関した知識を問う筆記の試験だ。この試験は夜には結果が伝えられ、それに通過できなければ、明日に行われる実践を問う試験に進むことはできない。
会場となっている部屋は、普段、講義に使われている部屋で、階段状の椅子も、少し埃っぽい空気も、すっかり慣れたものばかりだった。
しかし周囲を改めてみると、やはりいつもとは違う景色が広がっている。
緊張を帯びた、こわばった表情が並び、柔和な雰囲気はどこにもない。その雰囲気のせいか、学堂内も柱時計が時を刻む音だけが響き、まるで全く違う建物の中にいるようだった。
その刻が迫るごとに、体の筋肉が緊張に張り詰める。
中年の男教師が引き戸の音を鳴らし、部屋に入ってくると、いよいよその緊張は頂点に達した。
上がった肩と膝上で握った拳には妙に力が入り、口の中がひどく渇いた。
薄い紙が5枚ほど裏にして机上に配られると、その白い紙をツルハは、ただ、ただ見つめた。
「始め」
男教師の低くはっきりした声が聞こえると、一斉に紙をめくる音が聞こえて来る。
ツルハも薄桃がかった白い羽ペンを手にとると、1枚目をめくった。
問題を見ると、一瞬、頭の中が真っ白になった。
無数の文字の羅列に圧倒され、体が硬直する。
(落ち着いて、落ち着いて……)
自分に言い聞かせるように心の中で唱えるも、乱れた浅い呼吸と心臓の鼓動はそれをかき消すようにツルハを急かした。
――ツルハちゃん、瞑想って知ってる?
真っ白になった頭の中、聞いたことのある声がどこからか聞こえて来た。
その声の主に思考を巡らせると、明朗快活とした一人の少女の顔が水面に浮き出て来るように、浮かんできた。
ユズハの声だ。
それと同時に、蒼い星空の景色が追いかけてくるように脳裏に浮かんできた。
それは、いつだったか、夜に水瓶の間に行った時の景色だ。
――故郷にいた頃、不安な時や喧嘩をしてイライラした時に、心を落ち着かせるためによくやってたんだ
ツルハはハッとした。
ツルハは、深く息を吸い込むと、ゆっくりとそれを吐き出した。
閉じた目を開いて、もう一度、薄紙に向かう。
魔法の系統や属性……禁忌の術、炎が有効な魔物。文字の羅列の中から語句刻みで言葉が見えてくると、その文字はようやく各文の意味を成した。
頭の中に問題の内容が入ってくると、解答欄にペンの先を運ぶ。
アルの講義で、やったところだ。その講義の風景と共に、その答えが浮かんでくるとツルハはそれが消える前に急いで書き出した。
一問目の解答を書き終えると、二問目に向かう。三問目、四問目……、不思議なことに問題を答えていくごとに、手の先が軽くなっていった。
周囲の音も忘れ、ペン先を紙から離した時には全ての問題を解き終えていた。
心臓の鼓動も胸の中で静かにその音を鳴らしている。
ツルハは柱時計を一度見ると、最後に自分の解答を見直した。
問題と解答を交互に照らし合わせ、確認をし終えると、ちょうど男教師の声が大きく響いた。
「止め。ペンをその場に置きなさい」
その指示の通り、ツルハはペンを机上に置くと、ようやく胸にたまっていた厚い空気を吐き出した。
やるだけのことはやった。悔いはない。
ツルハはふと、離れた席にいるユズハと目が合うと、ユズハは片目を瞬きして微笑みを見せた。
(ありがとう。ユズハちゃん)
試験中にツルハの心の鎖を断ち切ったのは自分などと、ユズハはきっと思いもしないだろう。
しかし、ツルハが返した笑みには、そういった気持ちがいっぱいに込められていた。
ツルハの返した微笑みに、ユズハは安堵したような表情を見せると、そのまま視線を教壇へ戻した。
きっと2人ともこの試験は通過している。
そんな確信が、2人の胸のうちに広がっていった。




