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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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眼光の剣3

 才の試練まで、ひと月を切った頃、ツァイの講義を修了する者達が現われ始めた。

 フサンやポッチョ、レイ、そして半月ほど前になった時にはクーラも見事に中型人形(リトル・ゴーレム)の試しで合格印を押された。

 ファイガやユズハ、ツルハもひと月前の時期には制限時間を戦い抜き、合格の形にはなっていたものの、合格を目指すポッチョやクーラ達を助けながら、中型人形(リトル・ゴーレム)打倒を目指し続けた。

 合格印を押され、講義を終えても、日課の鍛錬を抜けた人は1人もいなかった。それどころか、合格前と変わらず、クーラを最後に全員が講義を修了しても夕刻には体技場に集い、同じ時間を過ごした。

 皆が応援してくれている。それは心に直接伝わってきた。


 ツァイも3人を深夜に呼び集め、毎日のように指導を続けた。厳しい2時間が続いたが、日が経つごとに、あの不思議な感覚が訪れる時間は早くなっていた。


 全身の感覚が研がれた剣の刃のように鋭くなる、あの感覚。

 その感覚が訪れた時にのみ、相手の眼光が次の手を教えてくれる。次にどんな攻撃を、どのように仕掛けてくるのか、それが瞬時に分かる。


 その不思議な感覚は、超集中状態というらしい。


 その状態には、ツァイと剣を交わす前の、緊迫の幕が落ちている時から入ることもあれば、途切れ途切れに入ることもある。

 その状態に入るまでとても不安定だったが、最近、一つ分かることがあった。

 試合を始める直前、瞑想の時に行っている深呼吸――それを行うと、その状態に入りやすくなる。


 恐らくこれも、精神や気といったものが深く関係しているのだろう。


 

 試練まで半月前になると、ついにユズハが最初に中型人形(リトル・ゴーレム)の風船を割った。そしてそれから間もなく、それを追うようにファイガもその剣で見事に中型人形を討ってみせた。


 最後に残ったツルハも、中型人形(リトル・ゴーレム)を討つまでは、そう時間はかからなかった。


「大丈夫だ。お前なら勝てる!」

「ツルハちゃん、頑張ってね!」

 ユズハやファイガ達の応援に、ツルハは大きく頷いて応えると、ツァイの前にゆっくりと歩み寄る。


「準備は良いか?」


 ツルハが力強く返事をすると、ツァイはただ一度首を縦に振った。


「位置に付け」


 ツルハが中型人形(リトル・ゴーレム)の前に立つと、2人を囲むユズハ達は息を呑んで見守った。

 張り詰めた緊張の膜。

 見ている者は、息が詰まりそうになるほどの膜だ。

 しかし、ツルハは涼しい表情を浮かべていた。

 その瞳は、目の前に立つ、武人姿の人形を、凪のように澄んだ光で映している。

 その姿勢も見えない型にしっかりとおさまったように美しく、まるで本物の剣士を目の当たりにしているようにさえ思えた。


 ツルハは一礼すると、木製剣を構える。

 剣を構えた瞬間、不思議と体が軽くなった。

 風を味方につけ、走り抜けることもできそうなくらい、体が軽い。

 昨夜はドキドキと落ち着きもなかった鼓動も、今は小気味よくその音を鳴らしている。


 ――いける。


 ツルハは深く息を吸い、胸を膨らませると、ゆっくりとその吐息を外へ出した。


「始め!」


 ツァイの声が稲妻のように落ちると、ツルハの眼は鋭く開いた。

 中型人形(リトル・ゴーレム)も警戒しているのか、暗闇から光る紅い瞳をぎらつかせながら、ピクリと動くも、ツルハの動きを伺うようにそれ以上微動だにしない。

 先に剣を構え駆け出したのは、ツルハだった。

 両手で剣の先を人形に向けながら、一閃光のように走り出すと、それに反応するように人形も木製剣を構える。


 走る中、ツルハの視界は人形の眼に定まった。


 ――見える。人形の動きが。


 その人形の腕が動き出すと、ツルハは足を蹴り、素早く横へ飛ぶ。

 それと同時に、人形の勢いのある振り下ろしが繰り出されると、勢いのある風がツルハの頬に吹いた。

 ツルハはすぐに剣で防御をすると、人形の剣が勢いよく音を鳴らしツルハの剣に激突した。


 振り下ろしからの横斬り。2連撃。斜めへの斬り込み。


 人形の動きは不規則だ。

 固唾を呑んで見守るフサン達には、その一回一回の攻撃は予測もつかないだろう。

 しかし、ツルハはその人形から繰り出される秒単位の動きをしっかりと捉えていた。

 人形の腕、足、肘や膝の関節を軸にした全身の動き。人形の瞳が見ている狙い(ばしょ)が分かれば、それに合わせて肢体が動く。

 その動きはまるで、見えない糸で動かされている操り人形のように映っていた。


 鍔迫り合いとなっていた剣を押し返すと、人形とツルハは互いに後退し距離を置く。

 次に最初にその剣戟の幕を切ったのは人形の方だった。

 人形は剣を横に構え、ツルハに向かって駆け出す。

 ツルハは人形に向けて剣を構えた。


 応戦するつもりだ。


 ツルハの瞳は、しっかりと人形の眼光を捉えていた。

 そこから繰り出される一撃を、ツルハは理解していた。

 そしてそこから引き出されるように、その直後に生まれる隙も、ツルハの眼にはしっかりと映っている。

 人形が剣を大きく振り上げ、ツルハはその剣を弾き逸らすと、人形はすぐ様に振り下ろしにつなごうとする。


 振り上げられた剣の先が宙の限界まで上げられ、それから振り下ろし始めるまでの僅かな瞬間。


 その無防備となる瞬間を、ツルハは逃さなかった。

 最低限の動きで最初の振り上げを防ぐと、ツルハは人形が振り下ろしに入るよりも前に、次の攻撃につなげていた――


 ツルハの剣は、腕が上がり風船が露わになった人形の胸に触れると、バシュン! という音を立て、水しぶきをあげた。

 風船の膜が割れ、水球が粉々に光を放ちながら弾け飛ぶと、その音と同時に体技場の空気の糸がプツリ切れた。

 見ていた者の誰もが口と目を大きく開き、声を失う。

 ツァイもその一瞬、皆と同じ顔になった。

 硬直していたツルハも、自身の顔に水しぶきがかかると、強張っていた顔の筋肉が緩み、柔らかい表情になった。

 口が少しだけ開き、鋭かった瞳は、その瞬間に驚いたように潤いを宿していた。



「や……やったああああああああ!!!」



 ユズハが両腕をあげ大きな声を上げると、間欠泉から噴き出すように歓喜の声が次々と上がった。

 呆然としていたツルハにユズハが泣き笑顔で飛びつくと、ツルハはようやく目をパチクリとさせた。

 ユズハに声をかける間も無く、見慣れた顔がどおっと集まると、ツルハを囲った。

 白い歯を見せた溢れんばかりの笑顔。温かい色をした頬の間には、止まない喜びが、どの顔にもいっぱいにあった。

 ファイガも豪快に笑い、ツルハの背中を叩いた。

 フサンやポッチョも満足そうに何度も頷いている。

 レイは拍手を送り、その隣でクーラは涙をぬぐっていた。

 喜びの波の中、ツルハは笑った。曇空から顔を出した太陽のように眩しい笑みが見えると、体技場の入口で見守っていたアルフィーも、ツァイと共に微笑んだ。



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