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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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眼光の剣2

 時間が止まったような緊張。

 息を深く吸った刹那、そんな感覚が走った。

 張り詰めた糸が切れたように、ツルハは目を見開くと足に力を込め、一気に駆け出した。

 鍔元(つばもと)を掴んでいる右手に添えていた左手を、その握りに回し、しっかりと剣を握る。


「やあああああああッ!!」


 ツルハが剣を振るうと、ツァイはそれを回避する素振りも見せず、堂々と正面から剣で応えた。


「ぐっ、があッ!」


 天地が一回転し、地面に音を立て叩きつかれると、考える間もなく痛みに声が上がる。

 痛みは、床にたたきつけられた衝撃から来ていた。ツルハが体を丸め、痛みに耐えていると、ツァイの声が後ろから聞こえて来る。


()()()。受け身をしろ!

 今のが魔物や剣士相手なら、運良く生き残っても死んでるぞ」


 ツァイの声にツルハは何とか痛みに耐え、顔を上げると、声を振り絞って返事をした。

 ツルハが起きあがり、地面に転がっている剣を取ると、ツァイは言い加えた。


「それともう一つだ。二度と剣を離すな。

 どんな攻撃を受けても、例え腕が引きちぎれそうになっても、剣だけは意地でも離すんじゃねえ」


「はい……ッ!」


「次だ。かかってこい」


 ツァイが剣を構えると、ツルハは何度もツァイに立ち向かった。

 立ち向かい、そして強烈な一撃を喰らわせられた。


「受け身を取れッ!

 目を瞑るなッ!

 攻撃を受けてから体勢を立て直す時間を一瞬にしろ!」


 容赦のない一撃に、床にたたきつけられる音。そして、ツァイの厳しい声とツルハの返事が間髪なく繰り返される。

 ツルハの息はすぐに上がった。

 だが、ツルハの精神はツァイの剣にとことん食らいついた。


 何度も、何度も――。


 しかし、その変化は剣を交えるごとに少しずつ現われ始める。

 ツァイの強力な斬撃に飛ばされるも、ツルハはすぐに受け身を取れるようになっていた。


 そう。ツルハがそうなることを、ツァイは予想していた。

 学院に入った頃のツルハ(あいつ)とは違う。精神力だけでなく、身体能力も比べものにならないほどになっている。

 攻撃を受け、受け身を取り、すぐに立ち向かって来る。

 今のこいつは、それがすぐにできるようになる。だからこそ、この指導を始めた。


 ツルハの成長は、異常だった。


 これまで、勇者の力を発揮した姿は何度か目の当たりにしたことがある。

 しかし、その力が発動していない――素のこいつの力は、お世辞にも褒められたものではない。恐らく、ファイガやユズハの方が数倍、数十倍にも勝ることだろう。

 だが、今のこいつは違う。素の力が、格段に上がっている。

 剣を交えたこの瞬間、それを真に実感した。


 何倍、何十倍――こいつ自身が強くなっている。

 今のこいつなら、どんな剣技もどんどん吸収していくことができるだろう。


 ツルハの成長は異常だった。


 普通の人間であれば、たった数月程度でここまで己の身体能力を高めることは困難を極めることだろう。少なくとも半年、いや、数年はかかる。


 誰よりも自身に厳しく鍛錬に励んでいた。仲間の支えがそれを後押しした。

 それを知っている者であれば、彼女の成長を疑う奴はいないだろう。


 しかしなぜ、数月という短期間でここまで成長を遂げることができた――?


 勇者たる器。その言葉が一瞬ツァイの頭によぎった。

 しかしその言葉は、ある夜の野での、アルフィーの言葉に移り変わった。



"姫は幼い頃から、あのように自身の腕を磨くことを怠ることはありませんでした。

 生まれた時に背負わされた、勇者という使命。姫は、王や妃、民達の期待に応えようと、必死でした――"


 素振りを教えた時のツルハの姿が目に甦って来た。

 それと同時に、わだかまっていた全てが溶けていくように氷解した。


(そうか。そういうことか。

勇者の器、勇者の力――こいつの成長はそんな運命類のモンなんかじゃねェ。

こいつは、俺と出会うよりずっと前から、その成長の種に水を撒いていた。

それがこの学院に来てから、何かの拍子にその芽を出しやがったんだ。

何年も土の中でその力を蓄えていた種だ。一度芽を出せば、その先は誰にも予想がつかない。

これからこいつは、どこまでも成長していくだろう。

こいつ自身の力で、どこまでも、どこまでも――) 


 受け身から次の攻撃を繰り出すまでの間隔が短くなっていく。

 右へ、左へ、前方へ。ツァイが剣でツルハを払うと、ツルハは背中を丸め、頭を護り、柔軟に防御した。

 そして、声を張り上げ、前方から向かって来る一撃。

 これまでの中でも力の入った一撃だ。

 ツァイはその眼を読むと、ツルハの剣が振られた瞬間、その剣ごとツルハを宙へ斬り上げた。

 ツルハの華奢な体は、その一撃に空中へ振り上げられる。

 ツァイは思わず目を見開いた。

 振り上げられた後、ツルハの体勢は一旦宙で無防備になった。

 だが、宙で一回転しその足が地に着いた時には、しっかりと体勢が整っていた。

 そればかりではない。

 膝を屈め、剣先をこちらに向けている。


(斬撃の勢いを味方につけた――)


 ツルハは足をバネのように蹴り飛ばすと、ツァイの胸元の的を目がけて雄叫びをあげ、突き出した。

 ツァイの動きに初めて隙が生まれる。

 それを反撃で返すことなく、回避すると、過ぎ去った少女に構え直した。


「そうだ、その勢いだ!

 そして読め! 相手の眼を!

 その眼を逸らさず、向かって来い!!」


 ツァイは叫んだ。

 欣快(きんかい)の混じった声だった。

 ツルハはそれに応えるように、剣を構え直す。


 瞳。

 目の前に立つ男の2つの淡い月のような色をした眼を、桃色の眼光は捉えた。


 読むんだ――相手の思考を。

 相手が繰り出す攻撃を!


 ツァイの眼光が目の前になると、ツルハの思考は一瞬途切れた。

 斬撃に木の刃が重い音を弾くと、ツルハは後退した。

 横に跳び、斬りかかる。

 また剣が交わる。

 ツァイは剣でツルハを振り払うと、今度は自分からツルハに向かって攻まった。

 何度も刃が交わる中、ツルハの眼はツァイの瞳を離すことはなかった。


(読む――読むんだ。ツァイが何を考えているのかを。

その腕、足、全てを動かす彼の思考を!)


 その一瞬だった。

 ツァイから距離を置き、もう一度向かった瞬間、景色が一枚の絵のように止まる。

 そして、ツァイの腕と足の先、そして屈折する関節が一つの点のようの見えると、その焦点は一気にツァイの眼光に吸い寄せられた。


 来る――横斬りだ!


 ツルハは向かった足をツァイの直前で一気に加速を止めると、その勢いを足先に集中し、大きく後ろへ跳んだ。

 その刹那、ツァイの大きく振るった三日月が勢いよく風を帯びて放たれる。


「なにッ!」


 ツァイは思わず声を漏らした。

 今の一撃は、今までの斬撃の中で最も力を込めた一撃だった。

 これを喰らえば、いくらツルハでもその腕が耐えられず、剣をその手元から離したに違いない。

 しかし、ツルハはそれを知っていたかのように、直前で向かって来る勢いを止め、その一撃を回避した。

 ツルハも驚いた様子だった。

 だが、その表情はすぐにまた、戦乙女の顔に戻った。

 ツルハの声に、ツァイも我に返る。

 防御が少し遅れた。

 ツルハの木の剣の先は、ツァイの胸元の的を掠めた。

 だが、ツルハの体力も、限界を迎えていた。


「うあああああああああッ!!」


 ツルハの苦し紛れの一撃を、ぱしっと、ツァイが手で掴む。

 それと同時に、ツルハは虚を突かれたような顔をした。

 張り詰めていた緊張の膜が柔らかく解け落ちていくと、ツルハは目をパチクリとさせ、ツァイの顔を見上げた。


(しま)いだ」


 ツァイはその手をツルハの剣から解くと、「っ痛~!」とその手をパラパラと払った。


「だ、だ、大丈夫!?」


 ツルハがあわあわとすると、ツァイは、


「こうでもしねェと、お前止まりそうにねェもんな」


 ツァイがそう言うと、ツルハは少し顔を赤らめ、


「だ、だって……え?」


 ツルハはその小さな頭に太く逞しい手のひらが被さるのに気づいた。


「今日のところはここまでだ。今日感じたこと、忘れるなよ」


 ぶっきらぼうだが、心強く優しい言葉だった。


「ありがとう」


 ツルハは思わず笑みを浮かべ、小さな声で言った。

 その声にツァイは聞こえないかのように、そのままツルハとすれ違うと、振り返ることもせず、そのまま体技場の出口へと歩き始めた。


「それじゃあ、後片付け、宜しく」


「……はあ!?」

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