修練4
「おっ。今日もやってるでごわすな」
一日の講義を終え、体技場に来たポッチョがふと気が付いて言うと、フサンも頷いた。
そこには、ファイガに指導されながら、鉄刀の素振りを行うツルハの姿があった。
「ほら! ペース落ちってっぞ!
振り下ろすときはしっかり止めろ!」
「はい!」
ファイガに指導されるツルハの姿は、もはや体技場の景色の一つとなっていた。全講義の終わる夕刻には、ファイガの声が響き、それに鞭打たれるようにツルハは懸命に鍛錬に励んでいた。
満更でもないのだろう。ファイガは、教師になりきった様子で、ツルハの動きを指摘し、指導した。
しかし、その指摘は的外れなものではなく、むしろ正確なもので、ツァイもその声に耳を傾けながら内心感心していた。
ファイガはただ教えるだけではない。ツルハが素振りをする際には、自分もその素振りを行い、壁登りをする時もツルハが慣れてくると登る速さを競った。
ユズハも木棍を使いながら、ツルハ達の傍で自身のトレーニングメニューを熟していたが、時々ファイガの挑発に乗り、ツルハそっちのけで壁登りや徒競走の一騎打ち状態になっていた。
しかし、そんなツルハ達の頑張る姿は不思議にも、見ている者の心を鼓舞した。
体技場の誰よりも苛酷な鍛錬を熟しているはずであるのに、3人の姿は柔和で楽し気で、見ていると気の重い感情もどこか晴れ晴れとしてくる。
そんなことをフサンが言うと、ポッチョも大きく頷いた。
「ホントでごわすな。ツルハさん達を見ていると、こっちまで力が漲ってくるみたいでごわす」
「よし、ボク達も始めますか」
「はいでごわす!」
それから少しずつ、体技場に通う人の姿が日に日に増えて来たと思うと、気が付けば体技場は鍛錬に励む生徒で溢れるようになっていた。
ツルハがファイガに連れられて来た時は、体力のある運動が得意な面々の顔ばかりが目立っていたが、今では運動が苦手な者の姿が多くあり、あのクーラも懸命に鍛錬に励んでいた。
驚いた変化は、朝の持久走だった。
初めの頃はツルハ1人で走っていた庭園は、ユズハ、ファイガと3人で走るようになり、そこからフサン、ポッチョ、レイ、クーラと人数を増し、今では20人ほどが日課とする程になっていた。
変化が起きたのはツルハの周りばかりではなかった。
皆と走る朝の庭園は、1人で走っていた時とは心持が大分違った。挫けそうになったあの階段も、ユズハとファイガの励ます声がなければ、きっと克服するには時間がかかったことだろう。
周回数も、皆がいなければ、どこかで「これくらいで良いか」と妥協していた自分が勝っていたに違いない。
ツルハは、ふと走る中、我に返ると、隣を走るユズハとファイガの姿に気が付いた。
それだけじゃない。フサン、ポッチョ、レイ、クーラ、シーラ、タム。一人一人の顔と名前が前方、後方にその姿と共に浮かんだ。
それと同時に、遠い記憶の彼方から、ただ独り、夕暮れ時にひたすらに素振りを行う幼い自分の姿が重なった。
その幼い自分は、ただひたすらに懸命に、少しでも前に進もうと――姉に追いつこうと、父と母に認めてもらおうと、独り、陰の中で剣を振るっていた。
離れた場所から俯瞰するように見えた自分の、軽傷と汚れに塗れた表情には、必死さが映っていた。
しかし、必死に剣を振るう、その幼い姿の内にあった、本当の気持ちを、ツルハは知っていた。自分だからこそ、分かっていた。
自分を支えてくれているアルフィーや侍女たち、そして、お姉様やお父様たちに心配をかけないようにと――その気持ちを押し殺すのに必死だった。
ツルハは熱い何かが喉から瞼に込み上げて来ると、思わずそれを拭った。
「……ツルハちゃん?」
足を止めたツルハに、ユズハとファイガも足を止め、心配そうに声をかけると、ツルハは瞼を拭いながら首を横に振った。
「大丈夫。ありがとう、ユズハちゃん。ファイガ」
ツルハの笑みに2人は安心したように微笑むと、
「もう少しだ。頑張ろうぜ!」
「うん!」
――大丈夫。もう、寂しくなんかないよ。
その言葉に、昔の幼い自分の影が、安心したように微笑んで消えると、ツルハは最後の階段を駆け上がった。




