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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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修練3

 一日の講義を終え、ツルハ達は体技用の衣服に着替えると、早速体技場へと向かった。

 体技場に入ると、そこには思っていたよりも、沢山の人の姿があった。体技場には様々な設備があり、徒走用の区画や岩登りに見立てられた壁といった大きなものから、石と鉄で作られた筋力を鍛えるための器具、木刀や木製棍など、身体を向上させるためのある程度のものが取り揃えられていた。

 元々から同性が少ないためか、体技場に来ている級友の面々も男子がほとんどで、女の子の姿は数えられるしか見えない。

 その多く見える人型を流すように見ると、ツルハは思わず声を漏らした。

 体技場の中央に見える黒い姿を桃色の目がとらえると、その輪郭はすぐに鮮明になった。


「ツァイ……」


 ユズハとファイガも足を止めたツルハの視線を追うように、体技場の中央を見つめた。

 ツァイは相変わらず無地服に身を包み、木製棍を手にとっては1人、中型泥人形(リトル・ゴーレム)の相手をしていた。

 人形は例の風船を身に付けていなかったが、ツルハ達と戦った時とは比べものにならないほど巧みな動きを見せていた。

 しかし、ツァイはその攻撃を全て凌ぎ、胸、背と、人形が攻撃を3回繰り出せば、2回はその箇所に見事に的中させていた。

 その顔つきは、流石武術の達人といったところだろう。

 冷静沈着で、涼しい顔を浮かべ、瞬きのない冷たい瞳で人形を見つめている。


「ああ。すげェよな。ツァイル教師、ここで毎日あれをやってるんだ」


 ファイガが言うと、ユズハは腕を組み、フンと鼻をは鳴らした。


「なによ! ただ自分の凄さを見せつけたいだけでしょ! あーヤダヤダ。

 講義だって、大したこと話したのは最初の1回だけで、それ以降はノータッチですもんね」


「いやさ、それがそうでもねェんだよ」


 ファイガが返すと、ユズハとツルハは眉を上げた。


「オレもツァイル教師は最初の時、正直印象最悪だったけど、あれからあの人形ブッ倒してギャフンと言わせてやりたいって思って、ここで毎日特訓してたんだ。

 (おもり)付きの鉄刀で何度も素振りして、壁登りとダッシュで腕と足の筋力に鍛えて。そしたら素振りをしていた時、突然ツァイル教師がオレに近寄って来てさ。


 "お前は余計な力が入り過ぎてる。力は剣の中だけに抑えるようにしろ。剣を鋳型(いがた)だと思って、そこから力を外に出さないようなイメージで、剣を振ってみろ"


 3回くらいの指摘で、そこから先は何にも言われなかったけど、そしたら自分でも不思議で、剣が軽くなったような気がしたんだ。

 こう……なんていうか、ビュッ! ビュンッ! みたいな」


 剣を振る仕草をしながら、何とか伝えようとするファイガに、ユズハは「ふーん」と声を漏らした。

 しかしその声は、「あいつが」というような、少し感心した様子の声だった。


「さっ、とっとと始めましょう。折角ツルハちゃんが来たんだから」


 ユズハはツァイを一瞥した後、話を戻すようにそう言うと、ファイガも「おう、そうだったな」と頷いた。

 ファイガはツルハを連れて体技場の奥へ行くと、数本の直線のが一定の間隔で記された所で立ち止まった。

 徒走用の仕切りだ。


「よし、じゃあまず、ここを1回全力で走ってみてくれ」


 唐突な指示にツルハがキョトンとすると、ファイガは言葉を加えた。


「戦士でも武闘家でも、その基盤は身体だからな。で、戦士にとって一番大事なのは、腕よりも足なんだ。

 相手の動きに合わせて剣を繰り出す。待ち技でも先に動くのは常に足だ。

 足を制するものは戦いを制す。オレが村にいた頃の師匠の口癖さ」


 ファイガが言うと、ユズハは感心したように笑みを浮かべた。


「へえ。良いこと言うじゃない。それには私も一理あるわ」


「だろ? よし、じゃあツルハ。お前の全力疾走、オレに見せてみろ!」


 ファイガはツルハに視線を戻すと、ツルハは大きく頷いた。


 ツルハが位置につくと、ファイガはその様子を伺って、掛け声をかけた。

 ツルハが準備完了の声を返すと、ファイガは大きく手を開いた。

 パチンと大きく両掌が合わさった音と共に、ファイガの声が聞こえると、ツルハは思いっきりに足で床を蹴飛ばした。

 走り始め、加速するとそれはすぐに一定の速さになった。

 空気の膜の中を突き進んでいくような感覚に、風が体の側面に沿って後ろへ流れていくのを感じながらも、それ以外は必死で気が付けば、既に走り終え、ツルハは両膝に手をついていた。

 体温が一気にあがり、吹き出すように汗が全身から出ている。

 我ながら中々走れたのではないだろうか。

 半月も走っていたのだから、少しは成果があったはず。

 荒い息の中、予想外にも胸のから小さな泉のように広がった満足感に思わずツルハは笑みを溢した。


「どう、だった?」


 息を溢しながら、駆け寄って来たファイガ達にツルハが訊くと、2人は一度ツルハと同じような顔をするも、ファイガはすぐに、惜しそうに下唇を軽く噛んだ。


「思っていたよりはずっと良かった。

 良かったんだが……、やっぱり少し女の子の走りなんだよな」


 ファイガが唸りながら言うと、ツルハは首を傾げてその言葉を繰り返した。

 ツルハが訊くと、ユズハは組んでいた腕を解いて説明した。


「ツルハちゃん、走る時に腕が横向きになっちゃっているんだよ。腕が横向きだと、どうしても縦振りよりは速度に影響が出ちゃうの」


「縦振りかあ……」


 ツルハは自分の腕をゆっくりと縦に振る仕草をすると、ファイガもうんうんと頷いた。


「ツルハ、走る時は腕も大事なんだ。腕に力を入れて縦に振る。それを意識するだけでも変わって来るぞ。朝も走ってるって聞いたけど、今度から腕も意識してみると良い。

 何、心配すんな。実はオレも子どもの時は変な走り方しててさ。同じことを師匠に言われたんだ」


「えっ、そうなの?」


 ファイガは恥ずかしそうに頭を掻きながら苦笑して頷いた。


「走る時は腕も使うだろ? 正しい腕の使い方をすれば、自然と腕の筋肉もつくし、使い方も分かって来るんだ。

 おっといけね。あれこれ話すと、お前も困るよな。取り敢えず、オレから今言えることは腕のことだけだ」


 ファイガがそう言うと、ツルハは首を振った。


「分かった。ありがとう、ファイガ。私、頑張るよ!」


 ツルハの笑みに、ファイガは思わず口元が緩みそうになった。

 ユズハも級内では美人という一定の評判があったが、長い付き合いで気の置けない仲だったせいか、異性に抱くような感情はなく、気楽な付き合いだった。

 しかし、ツルハは違う。

 普段から見ていても、ツルハは可愛らしいと思っていたが、こうも近くでその笑みを見たのは初めてだった。

 ファイガは照れ臭い気持ちを隠すように、不意に視線を逸らすと、「お、おう」と少し力の抜けた声で返した。



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