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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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不穏の影2

「入れ」

 叩いた扉の奥から聞こえて来た声に、ギルはその重々しい扉を開くと、「失礼します」と頭を下げた。

 部屋の奥にあるガラス壁の外は夜の蒼に塗られ、その前にある濃い赤茶色の執務机で、分厚い書物に向かっていたルベルは、その視線をギルに向けた。


「やあ、よく来てくれたな」


 片眼鏡(モノクル)を外し、子どものような挨拶をルベルがすると、ギルは眉をひそめた。


「このような夜更けに、何の御用でしょうか」


 面倒事でないと良いが、というような声でギルが言うと、ルベルは机上で指を組んだ。


「何、そんな大した話ではない。ちょっとお前に問いたいことがあってね」


「問いたいこと?」


 ギルの眉間の皺がますます濃くなると、ルベルは「ああ」と頷いた。


「4日ほど前の話になるが、中級生の中から秘匿退学を希望した生徒がいることは知っているかね?」


「秘匿退学ですか?」


 秘匿退学は、文字通り、公に知らされることなく、密かに行われる退学のことであった。

 クグノアーツ学院に通う生徒は、貴族や王族、そうでなくとも一般的な民よりは裕福な家庭の出身であることが多い。そのため、自身の体裁と世間体への傷を最低限に抑えるため、自主退学するをする生徒の多くは秘匿退学を望む。

 特に、落第者が多く出る"(ふるい)"の試験――才の試練を前にしたこの時期に、落第という汚名を着せられる前に秘匿退学という手を打つ生徒は決して珍しいことではなかった。


 何も知らない様子でギルが言葉を繰り返すと、ルベルは頷いた。


「シュトゥルという地方貴族出身の少年だ。まあ、元々気弱な性格だったのだがね。私としては才能は確かであったから、惜しいことをしたと思っているよ」


「シュトゥル……」

 ギルが右上に視線を向けて、子ども達一人一人の顔を思い浮かべるように考え込むと、一瞬の沈黙が落ちた。


「ぷっ……、ハッハッハ!」


 突然吹き出したルベルの声に、ギルは肩を竦めると、怪訝そうに眉を上げた。


「なあ。もう下手な()()はなしにしないか?」


 笑い終え、ルベルが言うと、ギルは両肩をあげ、


「何を(おっしゃ)っているのですか?」


「シュトゥル。その少年のことは、お前がよく知っているはずだぞ?

 何せ、その数日前までは、お前自身がシュトゥルだったのだからな」


 ルベルは言い切ると同時に、指先をギルに向けた。


 バシュッ――!!


 瞬時にギルが横に回避した直後、空間がルベルの指差した中央に吸い込まれるように凝縮した。

 それは音を立て光の粒を弾いて潰れる。


――消滅(イレイズ)系の魔法だ!


 即座にギルの目はルベルに向いた、ルベルの指先はすでに自身の方に向けられている。

 ギルは姿勢を低くしそれを避けると、今度は後方へ退避、宙へ、右へ、左へ。


「アッハッハ!」


 ルベルは消滅魔法を次々と無詠唱で唱え、逃げ惑うギルの姿に愉快な声を上げた。


「言ったはずだぞ? この学院の者には何人(なんぴと)にも手を下すなと。

 いづれ、アルフィー達に突き止められることを恐れ手を打ったのだろう?

 私はお前の秘匿退学を受け入れたよ。だが問題はその先だ。お前は少しでも、あの小娘(ツルハ)を怪しまれることなく近くで観察したいと思った。そしてそれにふさわしい人物として、彼女の担当教師であるギル()()()()()、成り代わっていたのだ」


 ルベルは消滅魔法を放ちながら言うも、ギルは答えるはなかった。


「お前は、取り込んだもの、()()()()に体を変えることができる、と言っていたな。外見は勿論、匂い、声質、その者が醸し出す独特の気配から、記憶や考え方に至るまで、その全てをその通りに再現することができる。

 だが、私をそれで欺けるとでも思ったか、愚か者めが」


 ギルの表情が消えると、ギルの体が透明な膜につつまれたように短く光る。

 それを目の当たりにすると、ルベルは眉をひそめた。


魔法の無効化(シャット・マギカ)か。妙なものまで取り込んでいるんだな」


 今度はギルが、親指を立て、合わせた中指と人差し指の先を向けると、


 バンッ!


 銃声のような音と共にルベルの後方のガラスが大きく音を立て割れる。

 しかし、ギルはハッとした。

 額を打ち抜いたルベルの姿が宙に溶けるように消える。


――幻影。


 ギルは背後から感じた殺気に、咄嗟に振り返る。

 屈んだ頭上を三日月が光を放ち通り過ぎる。

 ルベルは、死神の持つような大きな鎌を振るっていた。

 ギルは反撃に指から銃弾を撃ち込むも、ルベルは幻のように消える。


――来るッ!


 ギルはバッと振り返り、腕を振り払った。

 その指先がルベルの額を捉えると同時に、ルベルの鎌はギルの首元までかかった。



「そこまで」



 その声に、互いの得物がピタリと止まる。

 2人の視線が、部屋の扉の一点に向くと、そこには金色の長い髪を左右に束ね下ろした少女の姿があった。

 シャーロット――否、魔獣の王シャーナと言うべきだろう。

 シャーナの横には、同じように髪を束ねた華奢な少女の姿があった。

 その髪は灰色のかかった銀で、髪もシャーナと比べれば短い。

 しかし、その紅蓮に光る柘榴のような色の瞳からは、シャーナと同じような只者ならぬ眼光が放たれていた。


「メレオ。武器を下げなさい」


 シャーナがその一言を言うと、ギルの姿をしたその者は、ルベルの額からその手を下げた。

 そして、その皮膚と衣服が内側に溶けるように消え、少女の輪郭を作り出すと、一瞬で小柄な黒服の少女へと変身した。

 メレオと呼ばれた、シャーナよりも明るい金の髪をした少女がルベルから一歩下がると、ルベルもその鎌を下げた。


「何があったかは知らないけれど、こんな処で無駄な血を流す暇はないんじゃないかしら?」


 シャーナが言うと、ルベルは肩を竦めた。


「かの七帝の魔王様が、和平を提案するとは、何とも珍妙なことだね」


 ルベルが揶揄(からか)うように言うと、シャーナは毅然とした態度で返した。


「あなた達のような下等な存在の争い自体は、私の関心事ではないわ。けど、それで計画に遅れが生じて、私に不利益が来るのは御免というだけよ」


 シャーナがそう言うと、ルベルは「やれやれ」と息をつき、手に持っていた大鎌を消した。


「で、まだ何か用事かい?

 今日の報告は、さっきもう済んだだろう?」


「この子を紹介しに来たのよ。次いで、あなた達の主人にその報告をね」


 シャーナがその視線を向けると、メレオは首を軽く傾げた。


「そいつは……大悪魔アスピスか!」


 ルベルが気付いて声を上げると、アスピスは見下すように口角を上げた。


「そういうアンタも、人間じゃないよな? 学院長先生?」


 ルベルは、それ以上は答える気はない、というように笑みを返すと、修復魔法で、パッパと、割れたガラスや倒れた棚を元に戻し始めた。

 シャーナも、アスピスを一瞥で制すると、アスピスはふて腐れたようにそっぽを向いた。


「メレオ。あなたの主人に、この子(アスピス)を紹介したいの。話をさせてくれないかしら?」


「その必要はない。

 今、主人(マスター)がそれを許した。全部、見てたから。

 その子のことは、貴方の責任で任せるって」


 淡々とした、平淡な声でメレオは言うと、3人の顔をぼんやりとした眼で見回した。


「私たちのやることは変わらない。ルベルは私たちに学院施設を貸し、シャーナは私たちの計画の補助をし、私たちは、対象(ターゲット)の力の観察をする。


 抜からないで。私たちは、私たちに与えられたことをするだけ。それを熟すだけ」

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