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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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不穏の影1

「"トリ・アータ・フィレ"!」


 威勢の良い詠唱と共に、3弾の炎の球が天空(そら)に向かって放たれると、それを見守っていたファイガ達から安堵と喜びの声が喉から間欠泉のように上がった。

 ツルハも温かくなった頬に満面に笑みを湛えながら、ユズハ達に駆け寄ると、元気よく手を鳴らした。


「やったな! これで(フィレ)属性の課題修了者は5人目だ!」


 ファイガが嬉しそうに言うと、ツルハも声を出し大きく頷いた。


 このひと月、ツルハ達は目覚ましい成長を見せた。

 ツルハとユズハが成功した日を境に、あれ程苦戦していた、単弾の攻撃魔法である"オーネ系"の呪文を、生徒たちは次々と見違えるように習得していった。

 それだけではない。多弾系統の最初の難所である、ニ弾(トゥオ)系の呪文もツルハ達は、ほんの数日で暴発も不発もすることなく唱えることができるようになり、今となっては、試練前課題の最難関である三弾(トリ)系の呪文の成功者も数名出て来るほどだ。


 アルフィーは、皆の見違える変化を喜ぶ一方、噛み切れない違和感のようなものがあった。

 特別な指導をした覚えはない。

 つっかえていた歯車が、急に滑らかに回り始めたように、ある日突然ツルハ達はその呪文を習得していったのだ。

 不思議に思ったアルフィーの疑問が解けたのは、すぐだった。

 ある生徒の一人によれば、ツルハとユズハの2人が、魔法を唱える際でも平静を保つ訓練として行った技法を、同級の仲間たちに教え、連日連夜、皆でそれを行っているのだという。

 それが、東国に伝わる、"気"と云われるものを鎮める技法だと知ると、納得がいった。


 魔法の詠唱というものは、見ている以上に困難であり、繊細だ。

 詠唱が完璧であっても、その発動は詠唱者の精神の状態によって大きく左右される。

 精神が少しでも乱れていれば、その術は暴発か不発に終わり、これこそが魔法の道を極めようとする者の多くが最初に挫折してしまう原因だった。


 精神と気の持ちようは、似ているようで全く異なる。


 いくら気持ちを落ち着かせていようとも、その精神が動揺していることがあれば一方で、狂乱しているように見えて、その精神は凪のように穏やかであることもある。

 気持ちを静める方法であれば、深呼吸を始め、この世に多く存在する。しかしそれは、精神を鎮め、魔法を詠唱することに置いてはあまり効果がない。

 呪文の発動の仕組みやその詠唱法を指導することはできても、こればかりは詠唱者たる彼らが、自らでそれを見つけるしかなかった。


 しかし、瞑想という技法を耳にした時、アルフィーは思わずハッとした。

 武闘を始め、東国由来の武術の世界には、精神に似たものが存在する。


 それが"気"といわれるものだ。


 東国以外の世界では、"気"はまだまだ未知の域を抜けず、その真髄を知る者は、東国でその道を修める者のみに限られる。

 アルフィーも、その言葉とそれを鎮める技法の存在は耳にしていたものの、それを実際に身に修めたことはなかった。

 ユズハが東国出身とツルハから聞いた時、なぜ彼らがこんなにも魔法を難なく唱えることができるようになったのか、その謎は全て氷解した。



「順調そうじゃねえか」


 夜の空を窓辺から見上げていたアルフィーに、ツァイが後ろから声をかけた。

 ツァイの片手には果実酒の入った器があり、ツァイはそれを唇につけると喉を鳴らした。


「完全に盲点でしたよ。まさか東国の技法が魔法の習得に、こんなにも効果があるだなんて。

 いやはや、賢者とあろうものが、面目が立ちません」


 アルフィーが苦笑すると、ツァイはその隣に立ち、得意顔をした。


東国以外(こちら)の連中は、血と汗にまみれた東国の技法なんざ、魔法とは不釣り合いなんていいやがるが、やってることは同じさ。

 どちらも、己を護るため――相手を負かすための術。精神は常に冷静でなきゃならねェ。

 まあ、魔法に限っては攻撃(アータ)系に限るがな」


 ツァイはそう言うと、もう一口、器を口につけた。


「そちらの方は大丈夫なのですか? 聞けば、全く何も教えてくれない教師として、評判悪いですよ」


「基盤も連中に、得物を持たせて実際にその(すべ)を教えても無駄だ。

 何より身体がついてこない。体力、敏捷性がなければ何をやっても中途半端になるだけだ」


「せめてそれを向上させる訓練法だけでも教えてはどうでしょう?」


「教えるまでもない。

 強くなりたい。本気でそう思っている奴は、自ずと自分たちで糸口を見つけるもんさ。

 あれもこれも手解きしてやったら、肝心な時に自分で考えることができなくなる。自分の身に迫る危険は、いつでも突然だ。

 せめて、自分のことくらいは考えられる訓練はさせねェとな。武術はその後だ」


 ツァイは器の底に薄く残った最後を飲み干すと、


「俺は寝る。お前も疲れてるんなら、さっさと寝ろよ」


「ありがとう、鬼王君」

 アルフィーはツァイの背中にそう言うと、再び空を見上げ、ふと思った。


――あれもこれも手解きしてやったら、肝心な時に自分で考えることができなくなる。


 思い返せば、姫と王宮で過ごしていた時はいつもそうだった。

 姫に少しでも魔法を、武術を――そう思い教えていた。"教える"だけだった。

 言葉で伝え、知識を詰め込ませ、しかし肝心な姫の成長に、それはつながらなかった。

 その理由は、ツァイの何気ない一言で分かった気がした。


「私は教え方というものを学ばないといけないのかもしれませんね。

 ありがとう、鬼王君。私もひとつ、勉強になりましたよ」


 アルフィーはそう呟くと、窓のカーテンをゆっくりと閉め、灯りを消した。

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