宵の憩い4
シャーナ・クノーティス。
人の歴史が始まるよりも前――何千年も昔の、エルフや精霊達の最も古い記録にもその存在が記されている邪悪なる獣、魔獣。
神々との戦いに敗れ、闇の歴史と魔物の始まりと云われている彼らの末裔であり、その頂点に君臨する彼女の名を知らぬ者はいなかった。
人も魔物も、そして悪魔も、彼女を恐れ、その名を口にする者は数少ない。
今目の前にいる少女の正体に、アスピスは当惑した。
――本当にこいつは本物なのか? 本物の魔獣の王、シャーナ・クノーティスなのか?
シャーナとは、これまで何度か言葉を交わしたことがあった。
その神々しく、魔物たちの始祖にあたる一族の王にふさわしい姿も、強く脳裏に焼き付いている。
しかし、その真の姿とはかけ離れた、シャーナの完全な人間の擬態は、アスピスを混乱させた。
視覚だけじゃない。
その気配、感じる力、魔力――あらゆるものが、人間たる生き物の範囲内に見事に抑えられている。
「本当に……、姉御なのか……?」
アスピスが瞬きも忘れたまま訊ねると、シャーナは頷いた。
「ええ。久し振りね、アスピス。
学院内では正体を教えることも出来たんだけど、私としては、何かとこっちの方が都合が良いと思ってね。
本当はこのまま貴方に変に勘繰られず、事を済ませたかったのだけれど、こうも迫られちゃ、仕方がないわ。」
シャーナは軽いため息を溢すと、冷静な眼差しでアスピスに視線を向け直した。
「さて、アスピス。私もそんなに寛大な性格ではないから、このまま無事に貴方を返すつもりはないわ。
貴方にある選択肢は2つ。
ここで私に滅ぼされるか、私に降伏し私に協力するか。好きな方を選びなさい」
「協力……?」
アスピスが繰り返すと、シャーナは頷いた。
「私の悲願はただ1つ。魔界とこの世界を再びこの手に治め、我が一族に栄光を取り戻すこと。
その為であれば、あらゆる手段、あらゆる可能性、使えるものは全て使うつもりよ。
悪魔たちの王である貴方の誇りを考慮して、眷属になることまでは求めない。
貴方には、私の指示に従って、それを成すことだけを求めるわ」
アスピスは眉間に皺を寄せた。
自身も伊達に七帝の地位に就いた訳ではない。
悪魔たちの名誉、栄光――それに対する身に余る期待を背負って、ここにいる。シャーナの思う悲願は、七帝全員にとっての野望であり願いだろう。
前代の王であれば、悪魔たちの王たるプライドにかけて、ここで彼女に牙を向いたに違いない。
恐らく、他の七帝の魔物であれば、自分も同じことをしていただろう。
だが、相手は、七帝の中でも竜族のあいつと並ぶ最強の魔物、シャーナだ。
勝敗の結果は火を見るよりも明らか。この夜がアタシの最後の夜になるに違いない。
それに、気になっていることは他にもある。
合成魔物たちのこともあるが、シャーナとルベル、2人の関係もとても興味深い。何よりも、これ程の大物に付いていれば、何かしら得る物はあるはずだ。
十中八九、姉御はアタシを利用するつもりなのだろう。だが、アタシもただ貪婪なだけの悪魔じゃない。アンタを利用し、少しでも上に行く道を築いて見せる。
考量の末、アスピスは立ち上がると、笑みを浮かべた。
「良いぜ。王たる矜持なんか、そう吝嗇する程のもんじゃない。
全ては魔獣たちと悪魔たちの栄光のため。
アタシはどこまでも姉御に付いて行くよ」
アスピスの快い返事に、シャーナもその口角を上げた。




