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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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宵の憩い3

 3階層に渡る塔内庭園。水瓶の間から続く、その螺旋状の階段を降り終えた時、シャーロットはその気配に見上げた。

 それと同時に、「イシシシ」という気味の悪い声が聞こえると、その声の主にシャーロットは眉をひそめた。

 女神を(かたど)った、大きな彫刻の頭上にいた黒い小柄な影が、硝子壁(ガラスへき)から差し込む月光に照らされ、その華奢な姿が露わになると、紅蓮の瞳がギラギラとその眼を輝かせた。


「よお。()()()♪」


 ご機嫌な顔でその少女が言うと、少女の尻から伸びた尾がその感情を表すように、ゆらゆらと揺れた。


「こんな時間に夜のお散歩なんて、奇遇だねえ」


 少女の姿は、それを見た者なら勇敢な騎士であっても、その瞳に恐怖を浮かべたことだろう。血のような紅い瞳を輝かせ、白い八重歯のような牙をギラリと光らせる彼女のその姿は、文字通り、悪魔のように映った。

 ごく普通の人間であれば悲鳴の一つもあげたことだろう。少なくとも、怯えた表情くらいは拝めるはずだ。

 しかし、その少女の期待はすぐに裏切られた。


「あなたこそ、こんな時間にそんな所で一体何をしているのかしら。アスピスさん?」


 物怖じしない、毅然とした態度でシャーロットが言うと、アスピスの笑みに不満の色が滲んだ。

 しかし、それをすり潰すように、アスピスはその声調のまま返した。


「驚いたなあ。まさか名前を知っていてもらえているなんて、思いもしなかったよ」


 アスピスが言い切る前にシャーロットは(きびす)を返すと、


「私は部屋に戻って、もう寝るつもりよ。貴方もこんなところで油なんか売ってないで、さっさと寝なさい」


 シャーロットがそれだけを言い残し、髪を靡かせながらその場を去ろうとすると、アスピスは引き止めるように言った。


「知ってるんだぜ。アンタが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことをさあ」


 その言葉を聞くと、シャーロットはピタリを足を止めた。


 睨みつけるような目が、振り返った彼女の顔に見えると、アスピスは、待ってましたとばかりにニヤリと笑った。


「アンタは確か、この学院で一番優秀な生徒だったよな?

 学院長のお気に入りで、学院始まって以来の逸材。

 だけどそんな優等生が、こんな夜遅くに学院長のところに行くなんて、変な話だと思わないか? まるで人目を盗んでコソコソしているみたいじゃ、怪しまれても仕方がないっていうかさあ」


「別に。(やま)しいことなんて特にしていないけど」


「嘘をつくのが下手だなあ。アンタには数カ月前から目をつけてたんだぜ?

今さら、何もしてません、で通るとでも思うのか?」


挑発の音を帯びた声で、アスピスが言うと、シャーロットは一層深く呆れた息を吐いた。


「はあ、呆れた。よっぽどの暇人さんみたいね」


 シャーロットが言うと、アスピスの額にピクリと血管が浮き出た。

 シャーロットはそれを良いことに、わざと煽るように加えた。


「それは良いして、貴方こそ隠し事があるんじゃないかしら。

 なんでこんな学院(ところ)に、"七帝の魔物"がいるのかしら?」


 シャーロットがその言葉を口にすると、アスピスは目を見開いた。

 表情から笑みが消えたアスピスに、シャーロットはお構いなしに言い加える。


「わざわざ世俗に塗れてまで、ここに来たってことは、よっぽど学院のことが気になる理由があるのでしょうけど、バレバレなのよね。


 他の子達は、仮装好きの問題児程度にしか見えていないみたいだけど、尻尾は出てるわ、魔力は溢れてるわ。そもそも擬態ってものが、分かってないのよ。

 貴方の擬態じゃ、擬態の意味もないっていうか。


 人間に化けた経験が少ないならまだしも、もしかして、擬態がお下手なのかしら?


 もし良ければ、私が擬態の仕方を指導して差し上げようかしら?」


 シャーロットの挑発は容易く、アスピスの怒りの沸点を越えさせた。

 笑みが消えた、その形相が鬼のように恐ろしい表情になると、煮えたぎった怒りは、恐ろしく静かな声となって現れた。


「言ってくれるじゃねえか、()()()()()

 よっぽど汚ない挽肉(ひきにく)になりたいみてえだな。」


 アスピスの背から、皮膚ごと衣服を突き破るように蝙蝠(こうもり)のような禍々しい翼が大きく開くと、両手の先から曲剣の刃のような爪が音を立て広がった。

 擬態が解け始めたアスピスの恐ろしい姿に、シャーロットは相変わらず平静を保っていた。


 そして、嘲笑を浮かべながら、こう言った。


「やめておきなさい。アナタじゃ、相手にならないわ」


 アスピスの俊足は、瞬く間にその鋭利な爪の先をシャーロットの瞳の前まで迫らせた。


――ブチ殺すッ!!!


 しかし、どうしたことだろう。

 アスピスの鋭く尖った爪は、シャーロットの眼球を貫く寸前、ピタリとその勢いを止めた。

 アスピスも何が起こったのか分からない様子だった。

 何が起きているのか、理解できない苦しい感情に、その理性がようやくその異変に気が付くと、アスピスはハッとした。


――足が震えている。


 足だけではない。

 爪先から腕、全身がカタカタと小刻みに震えていた。

 温度の下がった体に、皮膚の感覚が戻ると、鳥肌が立っていることにも気が付いた。


「一体、何が起こって――ぐあっ!!?」


 砲弾を受けたように、アスピスは思い切りに飛ばされると、女神像に激突し、瓦礫(がれき)の中に倒れた。


「言ったでしょう。アナタと私じゃ、相手にならないって」


 シャーロットの言葉にアスピスは顔を上げた。


――なんでだ? なんでこのアタシが、人間の小娘如きに恐れを感じている!?


 体の反応と訳が分からない現実に戸惑ったアスピスの表情は、シャーロットの静かな眼にしっかりと映っていた。


――ダメだ。一歩も動けない。

  こんなにも奴を八つ裂きにしたいのに、体中がそれを拒んでやがる。


 困惑するアスピスに、シャーロットは歩み寄ると、アスピスを見下ろしながら静かな声で言った。


「貴方たち、悪魔がこの世に現れたのは、人間の心に欲が生まれた数千年も前のこと。

 だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()私たちにとって、それはつい最近の話」


 アスピスは目を大きく見開いた。

 その瞬間、アスピスの表情は戸惑いと混乱から、驚愕に変わった。

 目の前にいる者、その少女の正体に気が付くと、アスピスは口をパクパクとさせた。


「あ、アンタは……」


 アスピスのその様子に、シャーロットは髪をなびかせると、気高い眼差しを向けた。

 その一瞬に放たれた、計り知れない魔力を感じると、アスピスは確信した。


 月光に照らされた、神々しい金色の髪。殺意と戦意を瞬く間にして喪失させる、圧倒的な覇気。


 今の今まで気が付かなかった。

 いや、恐らくアルフィーでさえも、その正体に気が付くことは困難を極めるだろう。

 どんなに魔力を感知する能力が優れていようと、決して明らかにすることのできない完全な擬態。


 シャーロットというのは、偽りの名。


 そう、目の前にいるこいつは――人間なんかじゃない。

 



 七帝の一柱にして、遍く獣たちの頂点に君臨する魔獣たちの王――シャーナ。


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