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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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宵の憩い2

 水瓶の間は、夜の静謐(せいひつ)に包まれていた。

 水瓶の間は、半円状の窓の無いテラスが大きな特徴だった。広間の縁に走る細長い水路は、音の無い夜に優しい水の()を添え、清涼な風が流れ込むと、水気を帯びた気持ちの良い空気がその空間を循環した。

 ツルハは、アスピスと会った昼間の時とは違う、広間の雰囲気に見惚れた。

 月や星の青白い光だけが、広間を照らす灯りとなり、テラスに出ると、その光を漏らす幾多の星に埋め尽くされた天球に、ツルハは圧倒された。

 紺碧の空には、散りばめられた銀の粒が互いを寄せ合うように集まり、大きな河を天に築いていた。

 細かな粒を一つ一つ目で追うように、ツルハの桃色の目は瞬き一つせず、その壮大な空を見つめた。

 小さな星、大きな星。まるで、ここではない、天の世界に吸い込まれていくような――そんな感覚に、ツルハは浸っていた。


「本当は、もっと早くこの景色を見せてあげたかったんだ」


 ユズハが言うと、ツルハは夢から醒めたように瞬きをした。


「ここ、私のお気に入りの場所なんだ。

 だけどほら、夕暮れ時以降は、教師の特別な許可を取らないとここに来れないじゃない?

 だから、見回りの教師達がいなくなる夜集会(やしゅうかい)(:定期的に行われる学院教師たちの集まり)の時にしか、来れなくてさ。中々ツルハちゃんをここに連れてこれなかったんだあ」


 ユズハが言うと、ツルハは首を横に振った。


「ううん。ありがとう、ユズハちゃん。

 こんな綺麗な星空、初めて見た。まるで星の世界にいるみたい。

 こんなに空に近い場所で、夜空を見たことなんてなかったから」


 ツルハは、穏やかな顔で空を見上げていた。

 ユズハもツルハに首肯し、しばらく空を見上げると、再びツルハに振り返った。


「ねえ、ツルハちゃん。瞑想(めいそう)って知ってる?」


「瞑想?」


 ツルハが訊くと、ユズハは頷き、その場に腰を下ろした。


「こうやって胡坐(あぐら)をかいて、精神を落ち着かせるの」


 ユズハが言うと、ツルハもユズハの真似をするように腰を下ろし、胡坐をかいた。


「こう?」


「そうそう。後は呼吸(いき)に意識を向けるだけなんだけど、故郷にいた頃、不安な時や喧嘩をしてイライラした時に、心を落ち着かせるためによくやってたんだ」


 ツルハが好奇心を帯びた関心の声を漏らすと、ユズハは「ちょっとやってみようよ」と誘った。

 ツルハは大きく頷くと、2人は静かに瞼を閉じた。


「ゆっくりとお腹を膨らませるように息を吸って――」


 ユズハの指示に合わせてツルハはゆっくりと息を吸う。


「そこから静かに、空気を抜くように息を吐いて――……

 またゆっくりと少しずつ息を吸って――……吐いて――……吸って――……吐いて――……」


 どのくらい時間が経っただろう。

 ユズハの声がいつの間にか聞こえなくなり、すっかり呼吸に意識を向けていたツルハが、ハッとしたのは、突然だった。

 ツルハはバッと慌てた顔でユズハに振り向くと、ユズハはクスッと笑っていた。


「わ、私……寝ちゃってた!?」


「うーん……どうだろ?」

 ユズハが揶揄(からか)うように言うと、ツルハは顔を赤らめた。


「けど、ちょっと落ち着いたでしょ?」


 ユズハに言われると、ツルハはキョトンとした顔で胸に手をあてた。

 不思議なことに、胸の内の余分なものがなくなったような、そんな感じがした。

 散らばった本のようになっていた気持ちも、本棚に整えられたように、落ち着いている。


「本当だ……」


 ツルハが驚いたように言うと、その表情は自信を帯びた。


「今ならいける気がする!」


「私も」


 ユズハも同じ顔で頷くと、2人は手を天に向けた。


「「……せーの。

 ――オーレ・アータ・フィレ!!」」


 2人が呪文を唱えると、2人の手の先には、人の頭程の大きさの鮮やかな火球が生まれた。

 その火球弾が音を立て、天に放たれて行くと、2人はしばらくその火球弾に魂を奪われたように硬直していた。

 その火球が天の彼方に小さくなり消えると、ツルハとユズハはハッとし、互いの顔を見た。


「「やっ、……やったあ!!」」


 2人は歓喜の声を上げると、周囲のことなど忘れ、両手を握り合い、興奮のあまり大きな声で叫んだ。


「やったよ、ユズハちゃん!」

「できた! できたんだよ!」


 ユズハとツルハが手を取り合い、子どものようにピョンピョンと、(はしゃ)いでいると、広間の奥から聞こえて来た少女の一声に、2人は我に返った。

 有頂天になっていた歓喜と興奮が一気に冷め、恐そうな教師たちの表情が頭の中に駆け巡ると、ツルハ達は冷水をかけられたような顔になった。


 蒼い広間の奥からコツコツと聞こえる足音に、ツルハ達は鼓動を鳴らした。

 その緊張が解けたのは、月光にその容姿が露わになった時だった。


「しゃ、シャーロットさん……!?」


 ユズハが最初に声を上げると、見覚えのある印象深いその少女の姿に、ツルハもハッとした。

 赤みの入った橙色のリボンで左右に束ねられた髪は、月の光を反射し、明るい金の色をしていた。

 その下にある顔が、苦笑を浮かべると、


「こんな時間に、精が出るわね」


 改めて見た、シャーロットには、どこか(みやび)な雰囲気があった。

 貴族や王族とは違う――心に直接伝わって来る、優美さと気高さを、彼女はまとっていた。

 それはまるで、姉を見ている時のような――


「シャーロットさん、どうしてここに?」

 ユズハが口をパクパクさせながら訊くと、シャーロットは答えた。


「ちょっと学院長に呼ばれてね。

 で、その帰りに火球弾が見えたものだから、一体何事かと思って。"才の試練"が心配なのは分かるけど、あんまり焦ったらダメよ。ツルハさんとユズハさん」


 シャーロットが、そのままその場を立ち去ろうとすると、ツルハは驚いたように言った。


「どうして私の名前を?」


 シャーロットは振り返ると、風で(なび)いた髪を整え、クスッと笑んだ。


「一緒に生活する学院の生徒の顔と名前くらい、しっかり覚えておかないと失礼でしょう?

 さあ、早いところ寮室に戻って寝なさい。夜集会ももうすぐ終わる頃でしょうから」


 シャーロットはそう言うと、ツルハ達を背にその間を後にした。


「流石高嶺の花……、

 まさか皆の名前と顔を知ってるなんて思わなかったわ……」


 ユズハが驚いたまま言うと、ツルハもコクリと頷いた。

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