宵の憩い1
「うわっ!」
昼下がりの学院外の運動場で、爆発音と共に黒い煙が広がると、その中から煤だらけになったファイガの姿が現われた。
ファイガは納得のいかない様子で頭を掻きながら辺りを見ると、
「上手くいくと思ったんだけどなあ」
ファイガが言うと、同じような姿をしたツルハとユズハも同じような音を漏らした。
「呪文はしっかり覚えて来たんだけどね」
「なんで暴発しちゃうんだろう」
アルフィーの講義は、いよいよ魔法の実践に差し掛かった。
机上で話を聞くばかりの座学とは異なり、ツルハ達は胸を高鳴らせていたものの、その結果は散々たるものだった。
課題で出されていた10の呪文のうち、最も単純な炎魔法を唱えてみるも、大半の者が暴発するか、ロウソクほどの微々たる炎を指先で揺らすばかりだった。
極端な場合は、ファイガのように爆弾でも爆発したかのような音を上げる暴発か、クーラのように煙だけが指先から立ち昇る程度のものだった。
予想以上の出来の悪さに、アルフィーも思わず額に手を当てた。
「呪文の詠唱は簡単なのよね」
「そうなんだよな。弾数、系統、属性の順番で唱えれば良いだけだろ?
こうやって、――オーレ・アータ・フィレ!」
ボフンッ!
ファイガが呪文を唱えると、爆発音と共に黒い煙が3人を包んだ。
「げほっごほっ。……ちょっとアンタ! 何勝手に唱えてるのよ!!」
「いや、だって話の流れ的にさ……」
「こら! そこ!!
勝手に呪文を唱えるな!」
アルフィーの怒声が飛ぶと、ファイガ達は簡単に謝罪を返した。
「だけど、ファイガ君の魔法は凄いよね。暴発だけど、私のなんかより、よっぽど威力があるよ」
ツルハが感心して言うと、ファイガが調子づく前にユズハが否定した。
「こいつのはただ単に下品なだけよ。力任せの一撃に性格が滲み出てるわ」
「なんだと! この脳筋女!」
「なによ!」
***
2人がいがみ合っている間も無く、講義が終わると、いつの間にか空は茜色に染まっていた。
寮室に戻ると、2人は早速浴室で煤を洗い流した。
炭臭い臭いと汗が、湯と共に全身から完全に流れ落ちると、まるで厚い皮から脱皮したように体が軽くなった。
「ふう」と心地よさに息をつきながら、ユズハが浴室から出てくると、先に浴室から出ていたツルハの姿が蒼い目に映った。
「あ、おかえり」
机上で魔法書を熱心に読んでいた、その桃色の瞳がユズハに気が付くと、ユズハはツルハの後ろからそれを覗き込んだ。
「魔法書?」
「うん。
少しでも早く魔法を上手になりたいな、って思って。
それに、頑張って教えてくれているアルにも、なんだか申し訳なくて」
ツルハの笑みはとても穏やかな笑みだった。
なぜだろう。浴室を出てから映った懸命な表情から、その優しい笑みが見えると、胸の内が太鼓のように鳴った。
ツルハの笑みには、どこか人を元気にさせる不思議な力がある。
初めてその笑みを見た時もそうだったが、寮室で共に過ごすようになってから、ユズハは、それを心の底から実感していた。
健気な姿勢に垣間見える、ツルハのその微笑んだ顔が、ユズハは好きだった。
「あんまり根詰め過ぎると、疲れちゃうぞー!」
じゃれつくようにユズハが後ろから腕を巻くと、ツルハは「ひゃっ」と声をあげた。
「……魔法の詠唱には、精神の統一が不可欠」
ユズハが、赤い下線の引かれた魔法書の文字を読むと、ツルハは頷いた。
「アルもそう言ってたけど、どうすれば上手く行くんだろう。
呪文を唱える時は凄く落ち着いていたはずなんだけどなあ」
「精神と気持ちって、別物なのかもね」
ツルハがユズハの言葉を繰り返すと、ユズハは頷いた。
「父さんがよく言ってた。武闘の道を極める第一は、荒ぶる"気"を制することだって。
"気"が乱れているうちは、どんな型を修めても自分のものにならないんだって、口癖のように言ってた。
物心のついた頃は、気持ちの問題なのかなあ、なんて思ってたけど、今この道を進んで、何となくその意味が分かるようになってきたよ。
ねえ、ツルハちゃん。今からちょっと、私に付き合ってくれない?」
ユズハが何かを閃いたような顔で突然言うと、ツルハは首を傾げた。




