それぞれの講義1
アルフィーの講義が終わると、講堂の扉が開き、生徒たちが波のように廊下に溢れた。
才の試練が現実味を帯びて来たこともあり、ファイガやユズハ達の顔は真剣そのものだったが、時間が経つにすれ、うとうととし始め、ファイガに至っては2度も注意をされた。
「魔法を学ぶのは良いんだけど、どうも座学って眠くなるんだよな」
ファイガが欠伸交じりの声で言うと、ツルハも苦笑をした。
というのも、ツルハ自身も講義が始まった時は、大勢の前で教鞭を振るうアルフィーの新鮮な姿に興味を持っていたが、その興奮は講義が進むにつれ、昔対面して学んでいた頃と同じ慣れた雰囲気の中に溶け、最後にはツルハも眠りに落ちる寸前だった。
宮で学んでいた時もそうであったが、アルフィーの声にはどこか、陽だまりのような穏やかさがあり、受け身姿勢の講義であることもあって、眠りを誘うのだ。
「次はいよいよツァイル教師の授業か」
「ファイガ君、張り切ってるね」
ツルハが言うと、ファイガは威勢の良い返事を返した。
「だって武術の講義だろ? 村にいた頃は、力仕事ばっかやってたけど、この学院に来てからは、体を動かす機会がめっきり減ったからな。体がなまっちまって」
意気揚々と話すファイガとは対照的に、隣から沈んだ気配とため息を感じると、ツルハは思わず驚いた声を上げた。
「ゆ、ユズハちゃん!?」
ユズハの表情は雨季の曇天のように暗く、虚ろな目にはいつものような元気さは一滴も残っていない。
「おいおい、どうしたユズハ。いつものバカみたいな元気はどこに置いて来ちまったんだ?」
今にもキノコの生えてきそうな沈んだユズハの空気に、ファイガが揶揄うように言うも、ユズハはがっくりと頭を垂らした。
「なんであいつから指導されなきゃならないのよお。アタシ、早退しようかなあ……」
よっぽど嫌なのだろう。2人の様子を見ていれば、大体想像ができるが、ユズハの落ち込みように、ツルハはただ苦笑をするしかなかった。
***
「よく来たな。今日からお前達に武術を指導する、ツァイルだ。しっかり鍛えてやるから覚悟しろよ」
講堂の3つ分はあるだろうか。体技場で、黒い無地服姿のツァイの姿を目の前にすると、ユズハの顔は、とうとうこの時が来てしまった、とでもいうような顔になった。
長い木製棍のような得物で肩を叩くツァイの姿は、まさに体技系、その道の人のようだった。
どんな講義が始まるのかと、そわそわした目で見る生徒たちに、ツァイルは淡々とした口調で言った。
「お前らがこの講義で身に付けるものは、己の身を護ることができる術だ。
学院長の御達しでは、魔法だけしか扱うことのできない魔法使いは役に立たない、とのことだ。
おい、お前」
ツァイは小太りの少年を呼ぶと、ポッチョはビクッと、自分を指差した。
「お前は何のために、魔法使いになりたいんだ?」
ポッチョは「何のため」と質問を確認するように繰り返すと、ツァイは頷いた。
「おいらは、魔法で人を助けることができるようになりたいでごわす」
「具体的には?」
「ま、魔物とかから皆を護れるようになりたいでごわす!」
「なるほど。お前はどうだ?」
今度は大人しそうな顔をした少女、レイに訊くと、レイも少し驚いた顔をした。
「私は治癒術を学ぶためにここに来ました。私の両親は町医師で、私も将来はたくさんの人を助ける医師になりたいと思っています。治癒魔法を使うことができれば、より多くの人を助けることができると思い、ここに来ました。
なので正直なところ、武術を学ぶことにはあまり心が進みません」
「なるほどな。確かに治癒魔法を使うことができる医師は、俺も実際あまり見たことがない。
治癒魔法を医術に活かそうとするお前の意志を否定するつもりはない。
だが、治癒魔法を使える医師は、さっきもいった通り、稀な存在だ。それを悪用しようとお前に迫って来る輩も出て来ることだろう。そんな時、お前はどう自身の身を護る?」
「…………」
レイは答えることができなかった。
確かに、と息を呑みこみ、沈黙すると、ツァイは皆に向かって言った。
「魔法使いや魔術師を志す奴の多くは、魔物や敵から家族や誰かを魔法で護ろうって動機がほとんどだ。中には、そういったこととは無縁そうに見える道へ進む奴もいる。
だが、その高度な魔法についての知識や術を目当てに寄って来る危ない奴らもいるのも事実だ。
しかも、お前達はクグノアーツ出身。
あまり知らないかもしれねェが、魔法使いってのは、どこの出身かで決まることも多い。
クグノアーツ出身となれば、どこへ行こうがそれだけで引く手数多だ。
分かるか? それだけお前達の身に危険が迫る可能性が高いってことだ。
クグノアーツ出身と聞けば、お前達を利用しようと近づいて来る奴も多い。
もし自分が、そういった魔物や賊に襲われそうになった時、お前達はどうする?
同じことを、魔法使いに聞けば、大抵の奴は、模範解答みたいに口をそろえて"魔法で対処する"とかほざきやがる。
だが実際、そういった奴らに、碌な魔法使いはいない。
魔法使いが戦う姿は、恐らくここにいる誰もが思い浮かべることができるだろう。
どうだ?
近距離で敵に魔法を打ってる奴を想像した奴はいるか?
そうだ。魔法ってのは相手から距離をとって放つことが鉄則だ。
だがその分、近距離に迫られた時、それに対応できる魔法使いは少ない。本当にできる魔法使いはそうした時、魔法に頼らずしっかりと武術で臨機応変に振る舞うことができる。
もしもこの中で、なんで武術なんて学ぶんだ、なんて思う奴がいたら、こう思え。
己の身を護るためだと。自分が死なねェためだと思え」
ツァイの話は恐ろしく説得力があった。
傭兵として数々の戦場を生き抜いてきたこともあり、ツァイが話すことは、心に直接伝わって来た。
ファイガやレイ、ポッチョの顔も、話を聞き始める前とは明らかに表情が違っていた。
皆、息をすることも忘れ、緊張を帯びた空気が、体技場に張り詰めた。
「さあて、真面目な話はこれくらいだ。
じゃあ早速、おっ始めるか」




