姉の面影2
講義中も、ツルハはぼんやりと、あの少女のことを思い浮かべていた。
なぜこれほどまでに、すれ違った、それも一度だけの少女のことばかり思い浮かべるのか、自分でも不思議なくらいだった。
グラディワンドを離れてから、かなり時間が経つ。
思えば、旅に出てからというもの、色々なことがあったが、その波に呑まれ、郷愁に浸る時間は、あまりなかった。
学院に入ってから、心のどこかに余裕が生まれたのだろう。
――お姉様。今頃どうなされているんだろう。
ツルハは、ふとガラスの外に見えた景色を見ながら、遠いグラディワンドのことを思い浮かべた。
勇者の力がどういうものなのか、大いなる闇とは何なのか。それらの謎はまだまだ分からないが、ツルハの心の中には、レオに伝えたい思いがたくさんあった。
凶暴な魔物から誰かを助けることができたこと。ツァイという頼もしい旅の仲間ができたこと。クグノアーツ学院で、ユズハやファイガといった、友達ができたこと。
それをレオに話して聞かせることを思い浮かべると、嬉しさがこみあげ、くすぐったいような気持ちになった。
きっと、シャーロットに寄せる思いも、そういった気持ちから来ているものなのだろう。
「今日の講義はここまで。皆、次の講義までによく復習をしておくように」
礼と共に、老教師が講堂を出て行くと、講堂は風が吹いたように騒々しくなった。
「ツルハちゃん、ユズハちゃん」
か弱い声に振り向くと、シュンとした顔つきの、クーラの顔が目に飛び込んで来た。
「さっきはごめんなさい。私……、学院長の話を聞いている時から心臓がどきどきしちゃって、そしたら段々頭もお腹も痛くなってきて――とにかく、本当にごめんなさい」
クーラが思いっきりに頭を下げて言うと、ユズハは手をブンブンと振った。
「良いよ良いよ。気にしないで」
「クーラちゃん、もう大丈夫なの?」
ツルハが訊くと、クーラは雲から陽が少し顔を出したように薄ら微笑んで頷いた。
「私、学院長先生のお話を聞いた時、もう心臓がバクバクで。
はあーあ、私、今度の今度こそ落第なのかなあ……」
「大丈夫だよ。今までだって、何だかんだで皆ドロップアウトせずに来たんだから」
「クーラちゃん、不安なのは私も同じだよ。けど、頑張ればきっと何とかなるよ。一緒に頑張ろう」
ツルハとユズハがクーラを励ますと、ファイガがヒョイと顔を出し、話に言葉を差し込んだ。
「けどよ、本当に才の試練ばかりはヤバいかもな。
さっき上級生たちから話を聞いたんだけどよ、昨年も結構な人数が落第したらしいぜ。この調子じゃあオレたちも皆お陀仏――痛ッ! なにしやがる!」
ファイガの頭を、ユズハは丸めた講義書でポカンと叩いた。
「アンタ、せっかくクーラちゃんが元気になったのに、不安を煽るようなこと言ってどうするのよ!
このバカ!」
「言いやがったな、この脳筋女! お前だって去年落第スレスレだっただろ!」
「言ったわね! この力バカ!」
2人が火花をまた散らしていると、講堂の扉が開く音と共に、ギル教師の声が響いた。
ギル教師は教壇に立つと、席についたツルハ達を見渡しながら言った。
「次は私の講義だが、その前に早々に話したいことがある」
席を立っていた生徒たちが、その腰をつけると、ギルは教壇に手をついた。
「今朝あった、才の試練についてだが、話は学院長からあった通りだ」
ギル教師がそう言うと、講堂内の賑やかだった明るい雰囲気は凍り付いたように静かになり、緊張の膜が、氷のように張った。
ギル教師もその様子に、どこか心苦しそうな表情を浮かべたが、それを殺すように平静を保ち続け言った。
「4月後に行われる"才の試練"は、この学院で最も厳しい試験といっても過言ではない。学院としての位置づけは、通過することが当たり前の試験であり、選抜試験としての位置づけはないが、通過できなかった者については容赦なく退学が言い渡される」
ギル教師が言うと、ツルハはふとクーラの方に視線を向けた。
余程不安なのだろう。両手でお腹をギュッと抱えるように抱きしめ、下唇をギュッと噛みしめている。
講堂内のその様子に、ツルハは全身に小さい無数の針が突き刺さっているような感じがした。
楽しかった学院に、昔、国で母を前にして感じた時のような、嫌な緊張が張っていることに、ツルハはどこか悲しい気持ちを感じた。
ギル教師もそれに嫌気を感じたのだろう。
ギル教師は息を吸い込むと、声調を変え、先程よりも少し声を大きくして言った。
「だが、必要以上に憂えることはない。
"才の試練"は、毎年確かに落第者は出るが、通過する者の方が多い。学院長の話で、絶望した者も多くいると思うが、しっかりと準備を整えれば容易に通過できる試験でもある」
「そ、そうよ! ギル教師の言う通りだわ。しっかり対策をすれば、落ちることなんてない。
落第するか合格するかを心配するよりも、それ以上の勉強をすれば良いのよ! そうですよね、ギル教師!」
サラが立ち上がり言うと、ギル教師は大きく頷いた。
それに鼓舞されたように、ファイガも、
「そうだな。皆で頑張れば恐いものなしだぜ」
「そうですね」
ファイガの声に、フサンが頷き、その波が伝播していくと、瞬く間にいつもの活気が講堂に戻ってきた。
ツルハとユズハもお互いに顔を合わせ頷くと、ツルハはクーラの方を向いた。クーラもツルハの頷きに、微笑んで強く頷く。
「その意気だ。そして、そんな皆を才の試練まで支える、強力な教師たちを連れて来たんだ」
ギル教師が言うと、バラバラだった視線は一気に教壇へと集まった。
ギル教師が扉に向かって合図をすると、扉が音を立てて開いた。
白い教師衣装が目に映ると、ツルハの視線は上に向かう。
ゆっくりと入って来た、その若い顔が目に映ると、ツルハは思わず両手で口を覆った。
そして、空色の髪の後ろから、さらに、黒い教師衣装に身を包んだ、髪から下まで真っ黒な強面の男が講堂に入って来ると、今度はユズハも大きく目を見開いた。
ユズハは目の前のことが信じられないように、口をパクパクとさせていたが、ツルハもそんな親友の姿に気付く余裕すらなく、同じ顔で壇上の2人を硬直した目で見つめていた。
「ではお二人とも、自己紹介を」
「初めまして。今日から皆さんの魔法講義の一部を受け持つ、ルフィアと」
「武術鍛錬の講義を担当するツァイルだ」
「宜しくお願いします」「どうぞ宜しく」
見慣れた、久々の2人がそう言うと、ツルハとユズハはしばらくの間、声のないまま、驚愕の絶叫を上げていた。




