姉の面影1
「参ったわね」
廊下を歩きながら、ユズハが声を漏らすと、隣に並んだ朱色髪をした少年、ファイガも同じ音を漏らした。
「ホントだよなあ。"才の試練"に落ちれば、その瞬間ドロップアウト。
オレ達の学院生活もそこで終わりって訳だ。
全く、学院長も前からだったが無茶苦茶だよな。ダウナー達にはいい気味だったけど」
「まあ。だけどちょっと可哀想だったよね」
ユズハが苦笑しながら、そう言った時だった。
すぐ後ろで「大丈夫!?」という声が聞こえると、ツルハ達は振り返った。
「クーラちゃん……!」
苦しそうに両手で腹を抱えるように、床に膝をついた少女にツルハはすぐ様に駆け寄ると、その背中をさすった。
周囲の生徒たちが何事かと囲む中、ユズハとファイガも急いで駆け寄った。
「おいおい、大丈夫かクーラ!?」
「立てる?」
ユズハの声に、クーラは、か弱く一度頷くと、ユズハとツルハに支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。
「私たち、医務室に連れて行くから、次の講義遅れるって、伝えておいて」
ユズハはファイガにそれだけを伝えると、ツルハに声をかけた。
クーラはツルハと同じ級に属する、赤毛の女の子だった。
背は低く童顔のせいか、歳よりも一回り幼く見られることが多かった。
溌剌で自信にあふれたユズハとは真逆の性質で、いつも何かに怯えているような表情をし、その姿通り、気の弱い性格だった。
試験前になると、決まって気分が悪くなり、彼女が医務室に行くことは、同じ級で過ごしてきたファイガ達にとって慣れたものだった。
「どうしたんだ?」
「クーラがまた腹を痛めたんだ。
ま、学院長からあんな話をされれば、そりゃあ気分も悪くなるだろうぜ」
ファイガは小太りの少年、ポッチョにそう答えると、遠ざかっているクーラに苦笑を浮かべた。
***
「じゃあ、失礼します」
医務室の扉を丁寧に閉めると、ユズハとツルハは小走りで講堂へ向かった。
「クーラちゃん、大丈夫かな?」
「まあ、今に始まったことじゃないから、そのうちまた良くなるでしょう。
けど、才の試練は心配よね。あの子、失神とかしなきゃいいけど……。
講義が終わったら、また様子を見に来ましょ」
「うん。――ッ痛!」
ユズハに頷いた瞬間、柔らかい壁のようなものにぶつかると、ツルハはそのまま床に尻をついた。
「痛たた……」
「大丈夫?」
「はい――大丈夫で」
ぶつかってしまった相手だろう。少女の声に、ツルハは見上げると、ハッとした。
ふわりと揺れた、太陽のような金色の髪――。
窓から差し込んだ光の柱に照らされていたためか、その色は一層鮮やかに見えた。
そして、その白い瑞々しい肌をした顔には、西日のような色をした瞳に、自分の姿が映っていた。
お姉様――。
ツルハは一瞬、遠い記憶の景色の中に取り残された。
心の中で、学院生活を描いた絵の中に埋もれていた、姉の懐かしい姿が、その少女に重なると、ツルハは瞬きもせず、その少女に呆気を取られた。
しかしそれはすぐに氷解した。
長い髪を左右に束ねた、幅のある赤いリボンが目に映ると、ツルハの意識は現実へと還った。
「す、すみません! ありがとうございます」
微笑んだ少女の、差し伸べられた手を掴み立ち上がると、ツルハは、パッパッと衣を払った。
「こちらこそ。よそ見をしてしまっていて、ごめんなさいね」
少女は簡単に挨拶をすると、そのままツルハ達が来た廊下を歩き、去って行った。
どこかの貴族出身の人だろうか。
堂々とした姿勢の良い、後ろ姿は、気品に溢れ、気高さをも帯びていた。
レオナルドによく似た雰囲気に、ツルハがぼんやりとした顔を浮かべていると、ユズハがのぞき込むように、声をかけてきた。
「ツルハちゃん?」
「はうわ!?」
驚いた声を上げると、ユズハも少し肩をビクッとさせた。
ツルハの視線を辿り、その少女の姿を見ると、ユズハは納得したような顔をした。
「クグノアーツの"高峰に咲く一等花"
見惚れるのも、無理ないわよ」
「ろ、ロードデン……?」
「高嶺の花ってこと。シャーロットさんは、私達より一年上の上級生だけど、その才能といったら凄いのなんのって。
成績優秀で非の打ち所の無い才色兼備。教師陣も驚くほどの実力の持ち主で、学院長のお気に入り。
私たちみたいな一般生徒とは住んでいる世界が違うわ」
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