ツルハとユズハ2
部屋に備えられた浴室から、宵の衣装に身を包んだツルハが出てくると、鏡台で髪をとかしていたユズハは、ツルハに振り向いた。
「あっ、おかえり。湯加減、大丈夫だった?」
ユズハが訊くと、ツルハは頷いた。
「とっても良いお風呂でした」
ツルハが言うと、ユズハは笑みを返し、手招きをした。
「座って」と、櫛を片手にしたユズハが鏡台に勧めると、ツルハはちょこんと鏡の前に腰を下ろした。
見慣れた桃色の髪。しかし、ツルハの視界の焦点は、鏡に写った自分の背に座った少女にすぐに切り替わった。
一つに束ね下ろしていた髪を解いた、ユズハの姿は、昼間とは少し違った印象をツルハに与えた。
美しい艶のある髪は、櫛で梳かされ、一層その藍を鮮やかに見せた。その整えられた髪の下に映る乳白の素顔も、よく見れば、華奢な輪郭の中にどこか落ち着いた雰囲気があり、東国の貴族のようにさえ思えた。
「綺麗な髪ね」
ツルハの髪を梳かしながら、ユズハが言うと、ツルハは口元を思わず和らげ微笑んだ。
「こうして誰かに髪を梳いてもらうの、久し振り」
「そうなの?」
ユズハが訊くと、ツルハの頭に、ある侍女の姿が浮かんだ。
白い髪の混じり始めた、陽だまりのような優しい顔。その顔と共に、いつかの夕暮れ時の景色が浮かぶと、ツルハは昔を懐かしむように言った。
「国にいた時、よくこうして髪を梳いてもらったの。幼い頃からずっと私の身の回りの面倒を見てくれている人で、厳しい人だったけど、凄く優しい人だった。
幼い頃の私は髪を梳かれるのが凄く嫌で、その他のことなら何でも我慢できたんだけど、どうしても髪を梳く時間になると癇癪を起こして困らせていたの。
だけどある日から、その人は髪を梳く時間になると、私に昔ばなしをするようになったの。不思議な話やワクワクするような冒険譚。いつの間にかそれを聞くのが楽しみになって、髪を梳かれるのも好きになったの」
ツルハはそこまで話すと、ハッとして、口に手を当てた。
思わず王国でのことを話してしまった。素性がばれてしまったのでは――。
そんなキリキリとした感情のまま、その顔はすでにユズハの方に振り向いていた。
しかし、ユズハは驚くどころか、安堵したような穏やかな顔をしていた。
ツルハの表情から、その気持ちが伝わったのだろう。ユズハは、そんな様子で言った。
「そんな気がしてた。
だってツルハちゃん、凄く大人っぽいし、礼儀正しくて、飛び級してるんだもの」
「ごめんなさい、私……」
なんだか申し訳ない気がした。
今目の前にいる少女は、自分より1年多く、この学院で過ごしてきたのだ。本棚やその机上を見れば、彼女がどれほど努力を積んで来たのかが、垣間見えた。
そんな彼女と同級に編入したことは、まるでユズハの頑張った一年を嘲るようで、酷く辛い気持ちになった。
ユズハはシュンとしたツルハの顔を見ると、何をツルハが気にしているのか、というような声で言った。
「どうして謝るの?
私、今凄く嬉しいんだ。だって、こんなに凄い子と友だちになれたんだもの」
「友だち?」
ツルハが訊くと、ユズハは強く頷いた。
「ツルハちゃんが嫌なら、私もツルハちゃんのことは黙っておくよ。誰にだって、人に知られたくないことの1つや2つ、あるんだから。
身分なんて関係ない。ツルハちゃんがどこかの国の偉い人じゃなかったとしても、私はツルハちゃんと友だちになりたいな、って思うもん」
ユズハの言葉は、頭には入って来なかった。
その優しい言葉の一つ一つが、直接心に温かく触れた。
「ツルハちゃん!?」
その気持ちが先に涙となって表れた時、ツルハはようやくその気持ちを理解した。
「ごめんなさい。
その……私、すごく嬉しくって。本当に、嬉しくって」
涙交じりの声でツルハが言うと、ユズハはハンカチを手に取り、ツルハの涙を拭いた。
ツルハはその布を手に取ると、ユズハの手を握った。
「これから宜しくね。ユズハちゃん」
ツルハが言うと、ユズハも穏やかに微笑んで頷いた。
「こちらこそ」




