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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
58/229

ツルハとユズハ1

 空間に吸い込まれるように瞬く間に消え、元の位置に現れるチェス盤の駒たちを、アルフィーが硬直した目で見つめる様子を、ルベルは面白そうに含み笑んだ。


「まっ、そう難しい顔をすることはない。

 触らぬ神に祟りなし、ということだ。下手に手を出せば、体ごと喰われてしまい兼ねない」


 ルベルが執務机の引き出しを開き、何かをごそごそと取り出すと、取り出された数枚の書類を、ヒョイとアルフィーの方へ弾き飛ばした。

 一直線に空気を切るように飛ぶ書類は、アルフィーの目の前で力無く、スッと落ちると、アルフィーは宙に浮いたそれを掴んだ。


「臨時講師に関する書類だ」


 椅子に腰を下ろしたルベルの言葉に、アルフィーは驚いた眼差しを向けると、ルベルは少し真剣な表情で言った。


「心配なのだろう? あの子のことが。

 私からお前にできることは警告だけだ。この先、どう行動するかは、お前が考えると良い」


 ルベルがそう言うと、アルフィーは一度、書類の見出しに目をやった。そして、再び、その顔を上げると、


「ルベル、最後に一つだけ聞いて良いか?」


「なんだ?」


 ルベルが首を傾げると、アルフィーは最初のように、落ち着いた、重い声で訊いた。


「お前は、黒ということで良いのか?」


 アルフィーがそう訊くと、ルベルは、鼻で息を漏らし、静かに瞼を閉じ、一言だけを返した。




無色透明だ(カラーレス)




     ***



 陽が落ちると、夜の藍に学院は包まれた。

 定刻食堂で夕食を終えると、ツルハはユズハに連れられ、巨塔の下層部に併設された、寮階へ案内された。


「ここが、私達の部屋。ささ、中に入った、入った」


「お邪魔します」


 ユズハが部屋の灯りを(とも)すと、小さな四角い間の輪郭がふんわりと浮かんだ。

 壁は建物と同じ素材の白い色でできており、木製の寝床と机、講義用の本がビッシリと詰まった棚が、その壁にくっつくように置かれていた。

 ツルハが見惚れるようにボンヤリと部屋を眺めていると、花のような甘い、ユズハと同じ香りが部屋の奥から漂い、鼻に触れた。


「あ、靴……!」


 平べったい学院靴を脱ごうとするユズハに気付き、ツルハが慌てて履きっぱなしの自身の靴を脱ごうとすると、ユズハは笑みを含んだ声で言った。


「靴はそのままで大丈夫だよ。

 ゴメンね、私が特殊なんだ。私の出身、部屋に上がる時は靴を脱ぐのが当たり前だったからさ。

 こういう部屋に上がる時って、靴を脱がないと落ち着かなくて」


「もしかして、ユズハさん、東国(とうごく)の人ですか!?」


 突然のツルハの声に、ユズハは驚いたように一瞬固まった。


「よく分かったね、その通りだよ!」


 感心したようにユズハが言うと、ツルハは大きく頷いた。

 ツルハの目は星空のようにキラキラと輝き、大人びて見えていた顔は、無邪気な子どものように好奇心を露わにしていた。


「私、子どもの頃から"穂の国"に行くことが夢で、ずっと憧れていたんです!」


 ツルハが言うと、ユズハは、くすぐったいような表情をした。

 しかしすぐにその気持ちが抑えられなくなると、まるで自身のことを言われているように思え、ツルハと同じような明るい顔になった。


「ありがとう、ツルハちゃん!

 自分の故郷がそんなふうに言われると、なんだか照れ臭いなあ。

 国を出てから何年も経つけど、どうも子どもの時の習慣だけは抜け出せなくって。そういえば学院(ここ)に来てから、故郷のことなんて思い返すことがなかったなー」


「白米とか」


「うん。釜で炊いたご飯、美味しかったなあ。白くて、甘くて、ふっくらしてて。

 こっちの大陸だと、お米なんて流行ってないからなあ」


「あの、もし良かったら、"穂の国"のこと……もっと聞かせてもらっても良いですか?」


「うん! じゃあ、さっさとお風呂入って、明日の準備済ませちゃおう。

 よーし、今夜は語り明かしちゃうぞ!」


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