ツルハとユズハ1
空間に吸い込まれるように瞬く間に消え、元の位置に現れるチェス盤の駒たちを、アルフィーが硬直した目で見つめる様子を、ルベルは面白そうに含み笑んだ。
「まっ、そう難しい顔をすることはない。
触らぬ神に祟りなし、ということだ。下手に手を出せば、体ごと喰われてしまい兼ねない」
ルベルが執務机の引き出しを開き、何かをごそごそと取り出すと、取り出された数枚の書類を、ヒョイとアルフィーの方へ弾き飛ばした。
一直線に空気を切るように飛ぶ書類は、アルフィーの目の前で力無く、スッと落ちると、アルフィーは宙に浮いたそれを掴んだ。
「臨時講師に関する書類だ」
椅子に腰を下ろしたルベルの言葉に、アルフィーは驚いた眼差しを向けると、ルベルは少し真剣な表情で言った。
「心配なのだろう? あの子のことが。
私からお前にできることは警告だけだ。この先、どう行動するかは、お前が考えると良い」
ルベルがそう言うと、アルフィーは一度、書類の見出しに目をやった。そして、再び、その顔を上げると、
「ルベル、最後に一つだけ聞いて良いか?」
「なんだ?」
ルベルが首を傾げると、アルフィーは最初のように、落ち着いた、重い声で訊いた。
「お前は、黒ということで良いのか?」
アルフィーがそう訊くと、ルベルは、鼻で息を漏らし、静かに瞼を閉じ、一言だけを返した。
「無色透明だ」
***
陽が落ちると、夜の藍に学院は包まれた。
定刻食堂で夕食を終えると、ツルハはユズハに連れられ、巨塔の下層部に併設された、寮階へ案内された。
「ここが、私達の部屋。ささ、中に入った、入った」
「お邪魔します」
ユズハが部屋の灯りを燈すと、小さな四角い間の輪郭がふんわりと浮かんだ。
壁は建物と同じ素材の白い色でできており、木製の寝床と机、講義用の本がビッシリと詰まった棚が、その壁にくっつくように置かれていた。
ツルハが見惚れるようにボンヤリと部屋を眺めていると、花のような甘い、ユズハと同じ香りが部屋の奥から漂い、鼻に触れた。
「あ、靴……!」
平べったい学院靴を脱ごうとするユズハに気付き、ツルハが慌てて履きっぱなしの自身の靴を脱ごうとすると、ユズハは笑みを含んだ声で言った。
「靴はそのままで大丈夫だよ。
ゴメンね、私が特殊なんだ。私の出身、部屋に上がる時は靴を脱ぐのが当たり前だったからさ。
こういう部屋に上がる時って、靴を脱がないと落ち着かなくて」
「もしかして、ユズハさん、東国の人ですか!?」
突然のツルハの声に、ユズハは驚いたように一瞬固まった。
「よく分かったね、その通りだよ!」
感心したようにユズハが言うと、ツルハは大きく頷いた。
ツルハの目は星空のようにキラキラと輝き、大人びて見えていた顔は、無邪気な子どものように好奇心を露わにしていた。
「私、子どもの頃から"穂の国"に行くことが夢で、ずっと憧れていたんです!」
ツルハが言うと、ユズハは、くすぐったいような表情をした。
しかしすぐにその気持ちが抑えられなくなると、まるで自身のことを言われているように思え、ツルハと同じような明るい顔になった。
「ありがとう、ツルハちゃん!
自分の故郷がそんなふうに言われると、なんだか照れ臭いなあ。
国を出てから何年も経つけど、どうも子どもの時の習慣だけは抜け出せなくって。そういえば学院に来てから、故郷のことなんて思い返すことがなかったなー」
「白米とか」
「うん。釜で炊いたご飯、美味しかったなあ。白くて、甘くて、ふっくらしてて。
こっちの大陸だと、お米なんて流行ってないからなあ」
「あの、もし良かったら、"穂の国"のこと……もっと聞かせてもらっても良いですか?」
「うん! じゃあ、さっさとお風呂入って、明日の準備済ませちゃおう。
よーし、今夜は語り明かしちゃうぞ!」




