ルベル2
「バカな! お前、どうやって魔術師会に忍び込んだ!?」
アルフィーは思わず怒声のような声で叫ぶと、首を横に振り、言い直した。
「いや、もはやそんなことはどうでも良い。一体どんな手を使って、魔術師会の長にまで上りつめた?」
アルフィーの動揺は、雷が落ちたように大きくその平静を揺るがした。
魔法大国クグノアーツ。その中核を成すのは、この学院であり、その長であった。
だが、その長であることは、同時に、その者が魔術師会の長であることを意味した。
魔術師会は、世界の名立たる魔術師たちによって結成された、魔術師、魔法使いたちの大きな組織だ。
歴史を辿れば、このクグノアーツの建国には、彼らの存在が大きく関わる。
魔術師、魔法使いの才を持つ者達を世界中から集め、その力を開花させ、世界に貢献する者達を育てることこそが、かつて彼らがこの地に学院を設立した大きな目的だった。
その信念は今も変わらず、この学院はその組織によって支えられ、その長は、魔術師会の長によって引き継がれている。
しかし、アルフィーを大いに驚かせたのは、そのような善意的な思想を掲げる組織の長に、ルベルという、目の前の少女が就いていたことだった。
ルベルの性悪な性質は、度々その微笑みに表れた。彼女の心に宿る邪悪は、余程隠しきれないものなのだろう。
ルベルは、その邪悪を含んだ声で、からかうように一笑した。
「おいおい。まるで私が邪道を歩んで、ここに座しているような言い方だな?
悪いが、きっちり正道を踏んで、ここまで至ったんだよ」
「魔術師会が、人間じゃないお前を受け入れたとでも言うのか?」
アルフィーが言うと、ルベルは吐息交じりに肯定した。
「ああ、そうだよ。彼らは、私を受け入れたのさ」
「バカな。奴らが人間以外の者を受け入れるなど、あり得ない!
ましてや、お前のような血を引く者など――」
驚きを隠しきれない様子で、アルフィーが言うと、ルベルは大きく息をついた。
そして、アルフィーに姿勢をしっかりと向き直すと、静かな声で言った。
「アルフィー。確かに、少し前までであれば、魔術師会は、私を会に引き入れるようなことはしなかっただろう。
いや。魔術師会はおろか、人の住む世界で暮らすことなど、考えられなかった時代だ」
ルベルの声は、先程と違い、重みを含んでいた。
ルベルは椅子を鳴らし、立ち上がると、窓辺に歩んだ。
「今でも、ここから町を見下ろすたびに思うんだ。私は、夢を見ているんじゃないかと。
人の世界に立ち、人の中に入り、人を教え導いている」
雲の下に見える白亜の都市から、その視線を、ガラスに触れていた掌と共に離すと、ルベルはアルフィーに向いた。
「アルフィー。世界は変わったのだ。
少なくとも、私とお前が生きていた、あの頃とはな。だからこそ、私は魔術師会の長になり、お前もグラディワンドの心肝になれた」
ルベルが言うも、アルフィーは黙したままだった。彼女の的を射た言葉に、それに気付かされたことに、アルフィーは答えることを忘れた。
アルフィーの表情に、ルベルはクスッと微笑んだ。
「正道を歩いて来たとは言ったが、邪道を歩む必要はなかった、と言ったほうが正しいのかもしれんな。
もし、世界が世界であれば、私は邪道の道を快く選んでいたことだろう。
ああ、もう少し世界が腐っていれば、私も躊躇うことなく非道を突き進めただろうに」
「……まだ、諦めていないのか?」
ルベルの瞳に、一瞬映った暗い光を、アルフィーは見逃さなかった。
それを確認するように、真剣な眼差しで訊くと、ルベルは当然であるように大きく頷いた。
「ああ、勿論だとも。
それは私の野望であり、悲願であり、存在意義であるのだから」
鉛だまを受けたような、鈍い衝撃が、冷たく胸に落ちた。
本心、その言葉は聞きたくなかったのだろう。心に落ちた重たい感情に、アルフィーは気付いた。
ルベルはゆっくりと椅子に再び腰をかけると、机上で指を組んだ。
「アルフィー。私が今この地位にいるのは、善意によるものだと思うか?
そんなはずがないだろう。
私が魔術師会の長となり、この国の頂点に立ったことは、私の大いなる野望の過程のうちに過ぎない。
私は必ずやり遂げてみせるよ。私達一族のためにもね」
鋭いナイフのような眼差しが、ふと少し和らぐと、ルベルは顔を上げた。
「さて、今度は私からの質問に答えてもらおう。
単刀直入に言うと、お前達がこの学院に来た目的だ。まさか、ただの修学が目的という訳ではあるまい」
ルベルが苦笑して訊くと、アルフィーはルベルに歩み寄った。
そして、懐から取り出した、ある物を机上に差し出した。
「これは……、学院のペンダントではないか。
妙に血臭いが、どうやら面倒なことを持ち込んで来たみたいだな」
「ああ、その通りだ。
世界各地で目撃されている、異常な合成魔物については知っているか?」
「知っているとも。いつぞやか、アーサーの奴がこの国に調査に来たよ。
十中八九そうなんだろうが、お前もここを元凶と睨んで来たんだろう。それは無理もない、世界で魔法に関することといえば、ここが出本と思われても仕方がないからな。
だが、もしアーサーと同じことだけで、ここに来たとあれば、それは無駄足だぞ。残念ながら、我々には関係ないの一言で、さよならだ」
虫を払うようにルベルが言うと、アルフィーは言った。
「私達は、これまで2体の合成魔物と出くわした。
1体は、アルンベルンの町で。もう1体は、サニットの町でだ。
そのサニットの町で、その魔物と深くかかわっていた者が所持していたのが、このペンダントだ。
その者は、残念ながら何者かに殺害され、自白をさせることはできなかったが、このペンダントが真相を追う手がかりとなったんだ」
「それで、この国に訪ねて来たわけか。
確かに、このペンダントは、クグノアーツ学院に通う者のみが、その所有を許されている。裏を返して言えば、学院に無関係の者がそのペンダントを持つことは、許されていないということだ。
院を卒業、あるいは何らかの事情で中退した場合は、ペンダントは学院に返還されることになっている。
つまり、ペンダントの所有は、その者がこの学院に現在進行形で籍を入れていたことを表す」
アルフィーは頷いた。
「そのペンダントを持っていた者は、セバという青年だ。サニットの富豪、ボルツマンに執事として仕えていた」
アルフィーが言うと、ルベルは掌を返すように言った。
「残念ながら、セバなどという人間はこの学院に在籍はしておらんよ。
この学院に通う生徒は、将来魔法の才を輝かせる原石だ。一人一人、私がこの眼で確かめた上で入学させている。だから、全生徒の名前くらい、しっかり覚えているんだよ」
「そうか……。
だとすれば、この学院の中に黒が混ざっていることは間違いないな」




