クグノアーツ学院1
「入学者、ですか?」
短い金髪の男は、眉を上げて、その言葉を繰り返した。
塔の中層まで覆った白亜の壁が、透明なガラスに変わるその上層は、水晶宮と呼ばれていた。
昨夜まで空を覆っていた雲は嘘のように消え、空の果てまで見えるその景色は、まるでそこが天空界であるように思わせる。
大国クグノアーツに、王はいない。しかしそれは、国の最高権力者が存在しないということを意味しているわけではない。
クグノアーツを支配しているのは、一つの大規模な教育組織であった。
ギル教師が驚いた様子で言うと、小柄な容姿をした少女は紅茶の入った白いティーカップを唇から離し、頷いた。
「入学者の名前は、ツルハ・リオール。15歳の女の子だ」
「それは存じております。しかしこのような時期に入学とは……」
ギルが戸惑ったような声で言うと、学院長ルベルは机上で指を組んだ。
「そうだな。
入学可能時期は、とうに過ぎている。本来であれば、こんな願書は断るところだが、これを見てもらえるか?」
綺麗に整えられた紅玉のような髪の少女が、机の上に一枚の紙を差し出すと、ギルはそれを手に取った。
「特例入学依頼、……グラディワンド国!?」
ギルがその文字に思わず声を上げると、ルベルはクスッと微笑んだ。
「そう。今は亡き勇王リオールの治めていた強国、グラディワンド。
そして彼女はその愛娘にして、グラディワンドの第二王女」
「しかし、入学試験の結果はとても良いとはいえるものではありません。失礼も承知で申し上げますが、私にはとても彼女に魔法使いとしての素質があるようには……」
「お前は目に濁り水晶でもはめているのか?
確かに、先日彼女に課した入学試験の結果は、お世辞にも褒められたものではない。
王族とあってか、一般教養や礼儀作法については今期の入学者の中では優秀だが、魔法の技術や知識については、目もあてられないものだ。
だが、魔法を使う者の才について問われたとすれば、話は別だ。
私は身分を隠して彼女の面接に携わったが、彼女の才はそれこそ開花していないものの、恐ろしいものだぞ。
私は感じたのだ。彼女の内から聞こえる強大な力の息吹を。
久し振りに思わず興奮してしまったよ。学徒というものは、無限の可能性を秘めているとは良く言ったものだ。
彼女は磨けば輝く原石そのものだ。ただ、どんな石よりも途方もない時間がかかりそうだがね。
この学院は王立でも国立でもない。つまり、全ての子ども達を教育する義務はないということだ。ましてや、魔法を扱い、魔法で世界に貢献することを志す者達が集う場所。
才無しと判断すれば、私も快くそのような紙切れ、暇つぶしの落書き用紙にしていたことだろう。だが、彼女は違った。
そもそも試験自体、形式的なもの。私が良いと判断すればそれで良く、試験結果が良くとも、私がダメといえば、ダメなのだ。
私は彼女に可能性を見た。だから彼女の入学を許可した。
これ以外に、何か理由が必要か?」
「いえ……、しかしもう一つ懸念が」
「ん、なんだ? 言ってみろ」
ルベルが首を傾げると、ギルは言った。
「例年に比べ、今期は転入学者が多くおります。貴族や王族、国も出自も様々です。
私が心配しているのは、彼らの中に、諜者が紛れているのではないかということです。
才ある者を全て受け入れるという学院長の方針に異議するつもりはありません。しかし、もしそのような輩が紛れていたとすれば……」
ギルが険しい表情で言うと、
「プッ……クッ、ハッハッハッハッハ!」
突然吹き出したルベルに、ギルは目を丸くすると、ルベルは涙の出てきた目元を指で拭った。
「いやあ、悪い悪い。懸念などというから、どんなことかと思えば、まさかそんなこととは」
「そんなことではありません! もし、学院の秘密を知られることになれば」
ギルが机上を叩いて叫ぶと、ルベルは、
「まあまあ、落ち着け。そうか、気付いていないとは、お前もまだまだだな」
ルベルが言うと、どういうことか、といった様子で、ギルは眉をひそめた。
「潜伏者であれば、すでにこの学院にいるぞ。それも1人や2人ではない。
中には人間の類ではないものもいるくらいだ。この学院も名を馳せたものだな」
「まさか、魔物ですか!?」
ギルが言うと、ルベルは平然と頷いた。
「ああ。それも上位種どころではない。あれ程の力とあれば、七帝かその側近だろうな。
上手く力を隠しているつもりなのだろうが、私は騙せないぞ。最近でも、時空間を介した結界を使ったみたいだからな」
「……彼らと関わりのある者でしょうか?」
「さあな。
何にせよ、私達がやるべきことは、そつなく特例の入学者を指導し、そつなく魔物をもてなし、そしてそつなく、ビジネスを熟すことだ」
荘厳な鐘の音が聞こえると、ルベルは「おっと」と立ち上がった。
「さて、ギル君。最後になってしまったが、君をここに呼んだのは他でもない。
今、ツルハ君がこの学院に来ているんだ。君には彼女の主な指導役を頼もうと思ってね。
返事は"はい"以外ないだろうから、早速君と彼女を引き合わせよう。ついて来てくれ」
手を合わせ、ルベルがそう言うと、ギルは大きく息をつき、少女の後ろに続いて部屋を後にした。




