ツルハと宝剣1
夜明け前。
まだ多くの者が眠りについている中、ようやく鳥たちがその眠りから目を覚まし声を上げ始めた頃だった。
城の地下の祭壇には、多くの騎士達を始め、城の者達が整然と集まっていた。
祭壇の間は、大きな四角い石の床が敷き詰められ、壁には巨大な円柱の半分が突起を見せていた。
冷たい水のような冷気が漂い、正装で厚着にも関わらず、体には鳥肌が立つ。
その祭壇の中央、青銅の台座の上には、みすぼらしい宝剣が老王のように鎮座していた。
「あれが……」
「はい、レオナルド様。
あれがグラディワンドに眠る剣、生前にリオール王が仰られていたウォルンタスの剣にございます」
アルフィーが白い正騎士鎧に身を包んだ、橙を帯びた金髪の少女に言うと、少女は凛とした顔つきになった。
「皆、心しなさい。これより、リオールの遺言にあった儀を執り行います。レオナルドが予言に在りしその古の剣を手にした時、この国に新たな王が誕生すると共に、邪悪なるものの手から世界を救う勇者が生まれるのです。
この瞬間は、グラディワンドにとって、そして世界全ての者達にとって重要な局面となることでしょう。
その光景を、しかとその眼に焼き付けなさい」
エステカは威厳のある声で言うと、レオナルドに向き直る。
「さあ、レオナルド。その剣をその手に取り、自身が何者であるのか、その使命と共に皆に示しなさい」
エステカが言うと、レオナルドは台座に向かい、その足を踏み出した。
ツルハも息を呑んで見守る中、レオナルドがいよいよ台座の剣の前に立つと、祭壇はガラスを張ったような緊張感に包まれる。
普段は凪のように冷静なレオナルドの心は、水が落ちた様に乱れていた。
それを落ち着けるように、深く息を吸い込み、呼吸を整えると、レオナルドはその剣に手の先を向ける。
バチィッ!!
一瞬、広間が白くなると、衝撃が走った。
動揺の騒めきが風のように吹きあがると、騎士達は互いに顔を見合わせた。
アルフィーもエステカも、目を丸めた。
しかし一番驚いたのは、それを手に取ろうとしたレオナルドだった。
(弾かれた……?)
戸惑った目の表情の無い顔で、電気が走ったような感覚の残っている、その手を見つめる。
ツルハも胸を抑えながら見守る中、レオナルドは、もう一度その剣を手に取ろうと腕を伸ばす――
バチバチバチィッ!!!!
レオナルドはしっかりと剣の持ち手を握っていた。しかし、磁石同士が互いを弾くように、剣は自身の手を弾こうとしている様子が、それを見ている者の目にもはっきりと映った。
「うわッ!!」
レオナルドが弾き飛ばされると、エステカ妃とアルフィーが声を上げて駆け寄る。
「一体これはどういうことなのです!
勇者とされる者が持つ剣は、この剣ではなかったのですかッ!?」
エステカが焦燥と怒りを帯びた声で言うと、アルフィーも困惑した。
「そんなはずは……。
予言が示したのは、この城に眠る古の剣。このウォルンタスの剣以外には考えられません!」
「ではなぜ、レオナルドは剣を持つことができないのです!
レオナルドは、貴方があの夜に生まれると言った勇者でしょう!」
あの夜に生まれると言った勇者――。
その言葉にアルフィーはハッとした。
「そうです、王妃。私は確かに、あの夜に勇者は王のもとに生まれると予言をしました。
そしてその通り、勇者は生まれたのです」
すると、アルフィーはある人物に視線を向けた。
その視線を辿るように、騎士達もその線を辿り、エステカ妃も後方へ向いた。
「えっ?」
状況を理解できず、間抜けな声を薄桃色の髪の少女はあげた。
エステカ妃の瞳は、玉のように丸くなった。
それを信じることのできないような、その事実を受け入れることができないような、そんな目だ。
「姫、どうか剣をその手に取って下さい」
アルフィーが言うと、ツルハはようやく自身の状況を理解し、ブンブンと勢いよく首を振った。
「ち、違います! 私には無理です!」
「ツルハッ!」
甲高い怒声が響くと、ツルハはビクリと肩を震わせ、その振動で涙の粒が飛んだ。
「ツルハ、黙って剣を手に取りなさい」
久し振りの母の声は、鬼のように恐ろしいものだった。
「はい……」
ツルハはシュンと火の消えたようになると、渋々その足を歩み出した。
一歩一歩、錘が付いているように重い。
足、背中、腕。全身に糸に繋がれた無数の矢がぐさりと突き刺さるような嫌な感覚。
それが、広間で自身を見る無数の視線だということは振り返らずとも分かった。
レオナルド様ではないのか?
なぜあの姫がここにいる?
あの姫が、勇者なのか?
やめてくれ、何かの間違いであってくれ!
石の冷たい地面の視界の中、視線と共にそんな心の声が伝わってくる気さえする。
ツルハは台座の前で立ち止まると、チラリと振り返って見た。
皆恐い顔をしている。
上下四方の分厚い壁に押しつぶされてしまいそうな感覚に、ツルハは嗚咽した。
「ツルハ」
顔を上げると、レオナルドが力強く頷くのが見えた。
(お姉様……)
大丈夫だ。安心してそれを手に取れ。
そう言っているような顔だ。
その隣にいるアルフィーも、同じ顔でこちらを見ている。
分厚い壁が少し引いたような気がした。
体を動かせるのに空間は十分ある。
ツルハはもう一度、台座の剣に向き直ると、恐る恐るその手を伸ばした。
カッ!
広間が白い光に包まれると、騎士達はその眼を伏せた。
真昼の太陽を直視したような光から、広間が少しずつ晴れ、その形が鮮明になってくる。
そこにあった光景は、誰もが待ち望んでいた瞬間だった。
しかし、その剣を持つ人は、誰もが思いもしていなかった容姿をしていた。
石の剣はそれが剥がれたように細身になり、新品のような輝きが刃から銀色を放っている。
柄は金色で、その全てが神々しく、そして聖なるものだと一目で分かった。
「これが、ウォルンタスの剣……」
レオナルドが見つめるその剣を持つ少女も、同じ目でその剣を見つめていた。
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