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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第三章 夜を駆ける悪魔
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夜を駆ける悪魔7

「そうでしたか、セバが……」


 朝日の差し込む応接室で、ツルハ達が出来事の一部始終を話し終えると、ボルツマンは俯き、深く息を溢した。

 皺の入り始めた初老の眉間に、その皺は落胆した様子で深く寄った。


「皆さん、今回の件。本当にありがとうございます。

 これで町の者達もようやく安心して日常に戻れることでしょう。

 そして、お詫びをしなければなりませんね。皆さんを危ない目に遭わせてしまっただけでなく、その全ての元凶が、私に仕えていた者とあれば、尚更です。何と謝罪を申し上げて良いことか」


 ボルツマンがそう言うと、ツルハは首を横に振った。

 手塩をかけて育てた馬達だけではなく、最も信頼を寄せていた執事の裏切りは、初めて屋敷で出迎えてくれた時の彼から、その溌剌とした元気を奪っていた。

 ボルツマンの力の無い笑みを見ると、ツルハは胸の内が痛くなった。


「そして、何にもまして驚いたことは、あの森に住まうケンタウロス達のことです。

 私は、彼らこそがかつての恨みを晴らさんと、その復讐のために町の者を襲っていたとばかり考えておりました。

 しかし彼らは、町の者達を襲うのではなく、故意に脅すことで、町の者達が森に近づかぬようにしていたとは……」


 ボルツマンが息を溢して言うと、アルフィーは言った。


「ボルツマン殿。悪しき魔物たちの犠牲が多く出たとはいえ、これを今の数に抑えることができたことは、ケンタウロス達(かれら)の協力なしにはなかったことです。

 その手段は少々過激だったとはいえ、彼らの努力がなければ、被害はもっと大きかったことでしょう。

 ボルツマン殿、私から一つ頼みごとがあります。

 どうか、私からの頼みごとを聞いて頂けませんか?」


 アルフィーが言うと、ボルツマンは快く2度頷いた。


「ええ、アルフィー様のお願いとあれば、何なりと」


「私からの頼みごとは、2つあります。

 一つは、サニアの森の開発をこれ以上行わないことを約束してもらいたいのです。

 サニアの森は、ケンタウロス達が住み続けて来た森。これ以上の開発が進めば、彼らは居場所を失い、生活もままにならなくなってしまいます。

 二つ目は、サニアの森での狩猟や過度の採集を控えて頂きたいことです。

 ケンタウロス達は、自身らの住処である森を荒されることをとても嫌います。

 それは、彼らの住まう森の環境を壊してしまう危険性があるからです。

 娯楽のためのハンティングや、木の実や果実の取り過ぎは、動物や植物の減少を引き起こします。そうとなれば、森の生態系は崩れ、ケンタウロス達の生活にも影響が出てしまうことでしょう。

 この2つのことを約束して頂ければ、私から申し上げることはこれ以上ございません。どうか、彼らのためにも、この2つを護っては頂けないでしょうか?」


 アルフィーが言うと、ボルツマンは深く頷いた。


「分かりました。タンザ家の誇りにかけ、誓いましょう。

 私達はこれ以上町の開発を進めることは致しません。狩猟や採集については、町の者達にも通達致しましょう。

 今回の件、私はケンタウロス達を誤解していたことについては、忸怩(じくじ)たる思いでいっぱいです。

 私は、彼らについて偏見を抱くばかりで、無知であった自分を恥ずかしく思います。

 馬ばかりに目をかけるばかりで、肝心な隣人のことを心の何処かで忘れかけていました。私はこれから、彼らのもとに赴き、感謝と謝罪の意を伝えるつもりです。そして、私達が強引な開発で奪ってしまった彼らの森の回復に、これからは努めようと思います」


 ボルツマンがそう言うと、アルフィーとボルツマンは笑みを浮かべ、深く握手を交わした。




「馬の尾、体のほうは大丈夫なのか?」

 サニットの町を背に、ツァイが訊くと、ツルハは元気に頷いた。


「うん。特に何ともないみたい。

 2人が助けに入ってくれたお蔭かな」


「姫が剣を抜いた時は、正直冷や冷やしましたよ。姫にまた何かあったらと不安で不安で」


 アルフィーが言うと、ツルハは「もう」と苦笑した。


「けど、ツァイもアルも本当にありがとう。私、何となくなんだけれど、この剣のことが少し分かった気がする。

 まだ上手く扱えないところがあるけれど、この剣の力に気後れしないように、これからも頑張る」


「剣に振り回されないように、ガンバらねェとな」

 ツァイが、からかうように笑って言うと、ツルハは頬をむぅっと膨らませた。


「いつかツァイだって倒せるくらい、強くなってみせるんだから!」


「ハッハ。そいつは、楽しみだな。

 ところで、次はどこに向かうんだ?」


 ツァイが訊くと、アルフィーは懐から取り出した、あるものを見つめ、答えた。


「大国クグノアーツの国です」


 アルフィーの手にしたそれは、蝙蝠のような生き物の紋章が入った、銀色のペンダントだった。

 血のさび付いたような痕の残っている、そのペンダントは、森の中で発見されたセバの死体の傍に落ちていたものだった。


「この紋章は、魔法大国クグノアーツの国章。ボルツマンの話では、セバがどこでそれを手に入れたかについては、分からないとのことでした。

 だとすれば、セバとあの少女は、クグノアーツに何か関係があるのだと、考えるのが自然です。差し詰め、彼を殺害したのも、あの少女なのでしょう」


「魔法大国か……。また面倒なことになりそうだな」


 ツァイが言うと、ツルハはふと足を止め、草原の彼方に小さくなった、サニットの町に振り返った。

 サニットの町から少しした場所には、サニアの森の青々とした森の影が広がっている。


「ケンタウロスさん達と、町の人達が幸せに暮らせると良いね」


 ツルハが呟くように言うと、アルフィー達も微笑み、遠くになった町を見つめた。



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