二人の姫君2
「次期王はレオナルド様で決まりだな」
「ああ、"陰りの姫"ではこの国の行く末も分からぬからな」
廊下で背中から聞こえて来た騎士達の声に、アルフィーは睨むように視線を向けた。
それに気づかぬ騎士達が歩き去って行くと、アルフィーは不機嫌な顔で空を仰いだ。
「酷い言われようだ。あろうことか、自らが仕える姫君に向かって」
この3年で、国を取り巻く風はその勢いを荒した。
リオール王の最後は、誰もが迎えるようなありふれた死に様だった。
リオール王が病に臥せ亡くなると同時に、姫への向かい風は一層強さを増した。
勇者の子として生まれた姉妹。だが、その光陰は歳を経るにつれ、色濃くなっていった。
レオはまさに、占術で私が見た勇者を体現したような子だった。
剣術、武術においては右に出る者はいない。老いを重ねていたとはいえ、リオール王から一本を取ったこともある。15の歳となった今では、戦で功績を打ち立て続け、他国からもその名を恐れられているほどだ。あのダーディス帝国を討つ日も近いことだろう。
その一方で、その妹ツルハ様――姫は、武術の才に恵まれることはなかった。
剣の扱いもぎこちなく、魔物との模擬戦では怖気づいてしまい、レオナルドの戦い振りを傍観するよりほかなかった。
いつしか国の者達は、レオのことを太陽の姫、そしてその陰になったツルハを陰りの姫と呼ぶようになっていた。
だが、姫に決して王の器がない訳ではない。誰よりも心優しく、努力家で、人を助けるとあらば目に見張るほどの勇気があることを、私やレオ、姫の世話係の者達は知っている。
しかし現実は残酷だ。
皆、勇者という言葉に囚われ、武術と勇敢の点でのみ、姫たちを評価している。
レオばかりを感心し、称賛し、姫をなおざりにしている。
あろうことか、それは、母親であるエステカ妃もそうだった。
王が逝去されてからというもの、彼女の姫に対する当たりは一層酷なものになった。
厄介者と思っている態度は、王が亡くなると共に枷が外れたように、とうとう大胆な行動にまで現れた。
レオナルドを次期後継者として決めつけ、その教育に集中するという口実で、姫を本宮から二の宮に移し、そこに住まわせ始めたのだ。
これには流石に姫の世話を務めて来た私の腸が煮え千切りそうになったが、姫の願いもあって、特に声を荒げることもできずに終わった。
それでも、私だけでも姫の味方でいよう、御傍にいようと、これまでよりもよく姫に仕えるようになった。
姫に笑顔が戻ったのは、たまたま城に来ていた旅商人が姫のもとを訪れた時だった。
姫は商人から聞かされた、東の世界にある国、"穂の国"に大きな興味を示した。
幼い時のようなキラキラとした輝きが姫に戻ると、私は"穂の国"の品を取り寄せ、姫に贈った。
姫は"穂の国"の品々を目にすると、子どものように無邪気に燥いだ。
小袿という装束を着れば、恥ずかしがりながらも嬉々とした笑みを浮かべ、琴という楽器を手にすれば、その弾き方を私に聞いて学んだ。
筝曲をしている姫の姿は、とても美しいものだ。
何度か"穂の国"を訪れたことはあるが、その国で見た桃色の花。その一つ一つの花びらは薄く可愛らしいものだったが、その美しさにとてもよく似ていた。
琴の音も、今となってはその弦から奏でられる音の一つ一つが、優しくも強く心に響く。
「……アル?」
目を覚ましたような短い声を上げると、そこは二の宮の一室だった。
薄桜色の整えられた長い髪が目に入ると、その下には首を傾げた童顔があった。
「大丈夫?」
小袿に身を包んだ少女が訊くと、アルフィーは慌てた様子で手を振った。
「大丈夫ですよ。明日は儀式ということもあり、少しばかり思うことがありまして」
「明日はいよいよ、大切な儀式ですものね」
それは、予言にあった勇者の持つ剣、ウォルンタスの剣をレオが手にする儀式だった。
王の遺言で15の歳までは剣を持たせてはならぬことになっていたが、その日がついに明日へと差し迫っていた。
ウォルンタスの剣を手にすると同時に、レオは真の勇者となり、そして、この国の王になる。
「何も心配することはありません。お姉様ならきっと、この国に安寧をもたらしてくださいます。他の友国にも、そして世界にも」
差し込む日の光に照らされた輪郭が微笑むのが見えた。
「そうですね。レオ様であれば必ずこの国を平穏へ導いて下さるでしょう。
ですが、姫。レオ様も、そして王も仰っていたように、姫も一国を担う使命があることを忘れてはなりません。
民の中にも、少なからず姫を支持する者も多くおります。もちろん、私も、レオ様も、ここにいる侍女たちも。」
「ありがとう」
アルフィーが真剣な眼差しで言うと、ツルハは柔らかく笑んだ。
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