夜を駆ける悪魔1
「ったく、結局俺達は蚊帳の外かよ」
ツァイが愚痴を溢すと、ツルハは苦笑した。
「仕方ないわよ。ケンタウロス達のことに一番詳しいのは、アルなんだから」
「仕方ねェ。また夜は、馬の尾の稽古に付き合ってやるか」
「ちょっと! その呼び方はやめてってば!」
茜の光の指す、中庭の通路を歩いていると、ツルハはふと足を止めた。
馬小屋の前で、あの二頭の馬達を前に、執事の男が腕を組み、首を傾げている姿が見えた。
「セバさん」
後ろからかけられた声に、セバは振り返ると、
「あ、ツルハ様。それにツァイ様」
「どうされたんですか?」
ツルハが訊くと、セバは再び困った様に眉を垂らした顔になる。
「いえ、実は……」
セバは、2頭の馬達に視線を向けた。
馬達は窮屈そうに、ブルルッと顔を震わせると、その宝石のような眼光をツルハ達に向けた。
「シュヴァルツとロッソ」
ふと思い出した2頭の名前を漏らすと、セバは苦笑を浮かべた。
「実は、この2頭は、ここにいる馬達の中でも、特に変わりものでしてね。
食事も、この小屋も、彼ら自身が決めたようなものです。飼い葉も、彼らのためだけに調合された特注の物を与えていて、少しでも味が異なると、へそを曲げて一歩も走らなくなってしまうんですよ。
……サニアの森も、シュヴァルツ達のお気に入りの場所でしてね。あの森は、ケンタウロス達が住んでいるせいか、彼らにとって居心地の良い場所なのでしょう。
ですが、事件が解決するまでは、当分森に行くこともできなくなってしまい、どうしたものかと」
セバはため息をつくと、バッと振り直り、ツルハ達に頭を下げた。
「ツルハ様、ツァイ様! どうかお願いです!
1度だけ、1度だけで構いません。どうかこの夕べ、私と共に、シュヴァルツ達を森の近くまで連れて行ってはもらえませぬか?」
「は……、ハァ!?」
ツァイが眉を逆さにして声を上げると、ツルハも同じ顔になる。
「けどあの森は」
ツルハが言おうとするのを遮ると、セバは必死な様子で続けた。
「森の近くまで、森の近くまでで良いのです!
明日はボルツマン様にお客様が来られるのです。もし、この2頭が、不調子では恥をかいてしまいます。
それに、お二人は相当に腕の立つ剣使いと聞いております。お二人がご一緒であれば……、お願いします!」
「いくら俺達が一緒といってもなあ……」
「せ、セバさん!?」
ツァイとツルハが顔を合わせると、とうとうセバは地面に膝をついて、頭を深く下げ出した。
必死に懇願するセバに、ツルハはとうとう折れると、大きく息をついた。
「分かりました。今日だけですよ」
ツルハが言うと、「おいおい」とツァイは呆れた顔をした。
「だって、こんなにお願いされたら、断れないじゃない。
セバさん、本当に困っているみたいだし。
森の近くまでなら……、ね?」
ツルハが肩を軽く上げて言うと、ツァイも大きくため息をついた。
「はあーあ……!」
「ありがとう」
ツルハがツァイに言うと、セバはパアッと顔を晴れさせた。
「ありがとうございます! 何とお礼を申し上げれば良いか」
「良いから、とっとと行こうぜ。日が暮れるんじゃ、グラディワンドの賢者様も何かと煩そうだからな」




