サニアの森3
目が覚めたのは、森が騒めいた音でだった。
ツルハは、鳥たちの悲鳴のような声が鳴り響くのが聞こえると、バッと体を起こした。
静まり返った、緊迫を帯びた静寂にツルハが耳を澄ませていると、アルフィーとツァイも、その異変に目を覚ました。
――獣の声だ。
悲痛の声と共に、微かに人の声が聞こえると、ツルハは駆け出した。
木々を抜け、開けた場所に出ると、ツルハはハッとした顔をした。
その男達も、突如現れた少女に驚いたのだろう。
ツルハと同じような表情で、桃色の髪の少女を点の目で見ていた。
「何をしているんですか!」
ツルハが怒声を上げたのは、男達の目の前に倒れている、一体の鹿の姿を目の当たりにした時だった。
たった今まで生命を宿していたのだろう。その面影が、矢の突き刺さった体から、穴の開いた容器から流れる水のように力無く、血液と共に草の地面に広がっていた。
しかしツルハの胸が熱くなったのは、ケンタウロス達の護る森で、その男達が狩猟を行っていたから、という理由だけではなかった。
その男達は、つい先日に出会ったばかりの、馴染みのある面々だったことは、ツルハの怒りを一気に沸騰させた。
「これは、これは、ツルハ殿。ご無事で何よりです」
大柄の、整えられた髭面の貴族が、その姿を見て安心したように言うと、ツルハはもう一度訊いた。
「ここは、ケンタウロスさん達の住む森です。彼らの許可なく森で狩猟を行うことは、彼らの嫌っていることであることは、ご存知ではないのですか」
ツルハの落ち着いた声は、芯の通った、しっかりした声だった。
ツルハが言うと、ボルツマンは困ったような顔を浮かべた。
「そうでありましたか。いやはや、面目ない。
彼らとは言を交わす機会もなかったので、そうだったとはつゆ知らず。
しかしながら、こいつらはこの森での狩猟を良く好みますのでな」
ボルツマンはそう言うと、2頭の馬の頬を撫でた。
邸宅で見た、美しいその馬達は、立派な鞍をかけられ、その横には狩猟に使われるものなのか、細身の剣が携えられていた。
「ボルツマン殿」
ツルハの後を追って来た、アルフィーとツァイが現われると、ボルツマンは「おお、アルフィー殿」と微笑んだ。
「ケンタウロス達は、やはり白でした。彼らの仕業ではありません。
しかし、森の異変に神経を尖らせているのは彼らも同じです。今は狩猟はお控えください」
アルフィーが言うと、ボルツマンも渋々とした顔で頷いた。
「そうでしたか。彼らの仕業ではないとすれば、では一体何者が……」
ボルツマンとセバが怪訝な顔を合わせると、アルフィーは言った。
「彼らが森を護っているとはいえど、人々を襲う者の正体が掴めない以上、ここにいるのは危険です。
一先ず、町へ帰りましょう」
アルフィーが言うと、ボルツマンもそれに納得した顔で、2度頷いた。
「そうですな。では、話は屋敷の方で詳しくお聞かせ下さい。
セバ、狩猟は中止だ。町へ戻るぞ」
2頭の馬の傍にいた、青年は、名前を呼ばれると返事をした。
「森の外で待機していた馬達は、皆様がお戻りになられるまで、使いの者に世話をさせております。
セバが、そこまで案内しますゆえ、奴に着いて行って下され」




