サニアの森2
ケンタウロスの後についていくと、木々の開けた広場に出た。
白い月光の柱に照らされた広場の草の地面が見えると、ツルハ達も足を止めた。
その森の奥から、植物を鳴らす音が聞こえて来ると、その茂みの中から、もう2体の獣人が月光の広場に姿を現した。
1体は、ここまで導いた若いケンタウロスと同じ歳程の容姿をし、その隣に立つ1体は、少し年老いているように見えた。
2体とも、影が浮き立つ、しっかりとした肉体をし、その顔も、その屈強さをはっきりと示していた。
「グラディワンドの、賢者か」
灰色のかかり始めた獣人が言うと、アルフィーは頷いた。
そのケンタウロスは、ツァイ、そしてツルハを見ると、アルフィーにゆっくりと視線を戻した。
若いケンタウロス達が、その獣人の判断を待つように息をしている。
きっとこのケンタウロスが、森の番人たちの長なのだろう。
「お前達がここに来た理由は、木々達の声からきいた」
灰色のケンタウロスが言うと、アルフィーは訊いた。
「教えて下さい。一体この森で、何が起きているのですか?」
アルフィーが言うと、ツルハはケンタウロス達の反応を見守った。
ケンタウロスの長は、眉を顰めると、一度深く目を瞑り、その緑色の瞳をゆっくりと開いて言った。
「まず、我らに懐疑の念を抱かなかったこと、その心に深く感謝する。
この森に起きている異変、頭を悩ませているのは、我らも同じ。
"悪しき魂"たちにより、その毒牙にかかっているのは人間だけにあらず。我らの同胞も同じ」
「悪しき魂……?」
「そいつは一体何なんだ?」
ツルハが言うと、ツァイが訊いた。
獣人の長は眉間に深く皺を寄せた。
「悪しき魂なるものの、正体は未だつかめず。
悪しき魂、月の見える頃に突如として現われ、そして、我らが駆け付ける時には、そこには亡き者の骸が転がるばかり」
長が言うと、その様子を見守っていた若いケンタウロスが、言葉を加えた。
「森の異変を突き止め、森を守るは、我らの使命。
森に外の者が足を踏み入れぬよう、森に近づく者達を脅かした」
「我らは、人間に害を加えない。
森に仇成す者には、制裁する。だが、町の人間は、果実や薬草を取りに来るだけ。
我らは、無害な人間、護りたかった」
2体のケンタウロス達の、その瞳を見ると、ツルハは確信した。
このケンタウロス達の言葉に嘘はない。
ボルツマン町長から、初めてその話を聞いた時は、ケンタウロス達はサニットの町の人々を、心から憎み、嫌っているものだとばかり思っていた。
しかし、実際に彼らから紡がれる言葉の一つ一つは、優しく、温かいものだ。
ケンタウロス達が言うと、長は言った。
「過去に我らが受けた事。それは、許し難いもの。
だが、それは一部の人間の行い。
だから、我らは、町の者全てを憎んではいない。
森に入る者達を、悪しき魂の手から護りたかった」
「……そうだったのですね」
長の言葉を聞くと、ツルハは思わず声を漏らした。
ケンタウロス達は、アルフィーの言う通り、気高く、そして心優しい獣人たちだ。
しかし、それが分かると共に、心の中で、悲し気な音が響いた。
ケンタウロス達は、森に踏み入る人達を、わざと脅かしていた。
しかしそれは、町の人達を、森に入る人達を、悪魔の毒牙から護りたいと思うが故の結果だった。
町の人達との軋轢もあり、致し方なく至った、決断だったことは、容易に想像ができた。
しかしツルハには、本当に心から町の人達を想っている獣人たちが、その町の人達から恐れられ、あらぬ疑いをかけられてしまっていることが、悲しくて仕方がなかった。
アルフィーも、ツァイも、同じ気持ちなのだろう。
ツァイは、歯痒そうに頭を片手で掻いた。
「教えて下さり、ありがとうございます。
気高き、森の番人たちよ。町の人達を護りたい思いは、私達も一緒です。
どうか、この森を脅かす、悪しき魂を討つことに、我々も協力させては頂けませんか?」
アルフィーが訊くと、灰色のケンタウロスは、首を横に振った。
「それは、ならぬ」
太く、しっかりとした声が返って来ると、ツルハは思わず叫んだ。
「どうしてですか?」
「この森に足を踏み入れた者の命、それを護る使命は、我らにあり。
其方たちの命も、それは同じ。
其方たちが、悪しき魂を討つこと、あってはならぬ」
その長の声は、強い声だった。
アルフィーもツルハも、長のその声に、何かを返そうと開いた口は、その声を発することなく、唇をギュッと結んだ。
「今宵はもう遅い。
一晩、ここで休んでいくと良い。
日の昇る刻まで、我ら、其方らを護ろう」
灰色の獣人がそう言い、背を向け森の中へ再び消えて行くと、それを追うように、2体のケンタウロス達も、暗い森の中へ消えて行った。




