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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第三章 夜を駆ける悪魔
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世界騎士団4

「黒装束の少女?」


「失踪した貴族の屋敷では、その少女と彼らの主が、何らかの取引をしていた姿を見た、という声をよく聞く。

 その少女は、全身黒い衣装に身を包み、金色の髪をしているという。

 今回、フェムル候に直接仕えていた男も、そしてこの屋敷の使用人たちも、その少女の姿を目にしていたそうだ」


「そいつって、まさか……!」


 ツァイは、何かを思い出したように、大きな声を上げた。


「間違いない。俺も何度か、そいつをこの屋敷で目にした。

 小っせェ執事のような恰好をしてやがったから、この屋敷の奴だとばかり思っていたんだが」


 まさか、というような思案の顔で、ツァイが言うと、アーサーの声に、アルフィーは視線を戻した。


「アルフィー。世界各地で異変が起きていることは間違いない。

 特に、その魔物達の影響か、原生していた動物や他の魔物たちも、逃げるように生息地を他に移している動きもある。

 君とツルハ君が目指す、世界を脅かす"大いなる闇"。

 その正体は分からないが、その少女が何かしら関係している可能性は十分にあるはずだ」


 アーサーが言うと、アルフィーは頷いた。

 そして、同時に腑に落ちなかったことが、ストンと胸の底に落ちたように感じた。

 下位の魔物の生息地であった草原。そこに突如現れた、上位種の魔物――ヴァイス・ドッグ。

 彼がなぜあのような場所に現れたのか、それは偶然だったのか。心の喉に引っ掛かっていた、それは、アーサーの話で納得が言った。

 きっと、あの魔物も、()()を恐れ、逃げて来たものに違いない。


「話が長くなったが、1つ目の話については、最後に頼みがある」


 アーサーが一枚の書類を机上で渡すと、アルフィーとツァイはそれを眺めた。


「サニットの町の貴族、ボルツマンの依頼だ」


 それは、この地方でターコイス家に並ぶ、高名な貴族の名だった。

 その書類に目を通す2人に、アーサーは話を加えた。


「ボルツマンはご存知かと思うが、サニットの町を所有する貴族の一人だ。

 ここ数カ月に渡り、彼の町の周辺にある森で、人が魔物に襲われるという事件が跡を絶たないらしい」


「その森というのは、サニアの森のことか?」


 アルフィーが訊くと、アーサーは頷いた。


「お察しの通りだ。サニアの森は、古くからケンタウロス達が住んでいる森だ。

 ボルツマンは、そのケンタウロス達が町人を襲っていると言うのだが、真相は定かではない。

 直接話を聞くことができれば、それに越したことはないのだが、人間嫌いの()()のある彼らだ。我々が足を踏み入れた所で、進展は難しいだろう。

 だが、()()()()()、彼らももしかすれば心を開いてくれるのではないかと思ってね」


 依頼の結論が見えると、アルフィーとツァイは書類から距離を置いた。


「要するに、サニットの町を襲っている魔物が何かを突き止めれば良いんだな」


 ツァイがその結論を言うと、アーサーは頷いた。


「待ってください、団長!」


 話の流れを見守っていた少女の声が上がると、視線は少女に集まる。


「その件については、騎士団外部に漏えいするな、と依頼者から頼まれていたはずです。

 もしこの方々が、ボルツマン様のもとを訪れたとなれば、ボルツマン様はそれを認めて下さるでしょうか?

 それに、その魔物が、あの合成魔物(キメラ)の類であったとしたら、危険極まりない話です。

 守秘を怠っただけでなく、一般人を巻き込んだとすれば、それは騎士団の威信にも関わります」


「リリオ。確かに、ボルツマン殿からは、この件については内密に、との事だ。

 だが事態解決に、彼らの協力が最善手とあれば、ボルツマン殿もきっとそれを受け入れることだろう。

 ボルツマン殿には、私から文を届ける。

 それに、もしサニットの町を騒がせている魔物が合成魔物(キメラ)だとすれば、その少女の尻尾も掴むことができるかもしれない。

 何にせよ、ここは我々が出る幕ではない。ウォルンタスの剣を持つ、勇者こそが、最適解であるはずだ。そうだろう、アルフィー」


 アルフィーは、すぐには答えなかった。

 少しの沈黙の後、アルフィーは静かにその口を開いた。


「アーサー。君の言う通り、その少女や合成魔物(キメラ)達が、予言にあった"大いなる闇"に関係していると、私も思っている。

 だが、やはり心配なんだ。姫のことが」


 アルフィーは机上に向けていた視線を上げた。


「勇者の力による覚醒で、姫はこれまで、何度もあの剣を振るい、戦って来た。そして、姫は夢の中で、あの剣は持ち主の心を映すもの、と言ったそうだ。

 思い返せば、今回の武闘会で、姫が勝ち上がり、あの魔物を見事に討つことができたのは、姫がその力の覚醒状態にあったからだ。

 少年たちの家を護りたい、という姫の強い心に、ウォルンタスの剣が応えたのだろう。

 だが、問題はその後だ。

 姫は正直、危ない状態にあった。医師は心配無用と言っていたが、それは()()()()()()()()、という意味での話だ。

 剣は、姫の心に応え、その力を与える。だが、その力は、姫の許容量を遥かに超えた力だ。

 以前にも、姫は力の使用後に意識を失うことがあった。その時には、まさかと、感じてはいたが、今回のことではっきりと分かった。

 

 ウォルンタスの剣は、使用後に、その疲労や傷を回復させる力がある。だが、身体にかかった負荷が過大なものであれば、今回のように意識を失ってしまう。

 最悪の場合、その命の保証はない」


 アルフィーの声は、微かに震えていた。


「姫は、困っている人を見れば、決して見捨てることができぬ方だ。人を魔物から助けるとなれば、その力を際限なく、お使いになることだろう。

 だが、私は恐いんだ。

 姫の体は、今も悲鳴を上げている。いつか姫は、その回復が追いつかないまでに力を使い、命を落としてしまう時が訪れるかもしれない。

 それが恐くて堪らないんだ」


 アルフィーの膝上の拳は、ギュッと結ばれていた。


「アルフィー」


 アーサーの言葉に、アルフィーはハッとする。


「その心配は最もだ。ツルハ君が幼い頃から、その傍にいた君であれば尚更だろう。


 ……リオール王は、よく人の成長を、植物に(たと)えられていた。

 私もかつて、よく教わったものだ。


 王はいつの日か、こんなことを仰っていた。

 植物は、雨土に支えられながら、その花を咲かせる。その姿は、よく人の才能にも喩えられる。

 人は、己の力を、己だけで育むことはできない。しかし、()()()()()()()()()()、その花を咲かせることはできない、と」


 アーサーは瞼を一度深く閉じると、アルフィーにその眼差しを向けた。


「アルフィー。ツルハ君に今必要なのは、保護ではない。

 彼女が成長するためには、己の力について、自身で知ることも必要だ。己の限界を知るためにも、姫には戦場に出ていただかなくてはならない。

 姫の勇者としての成長には、危険を冒すことは免れぬのだ。


 アルフィー。そして君はツルハ君の安全に盲目するばかり、一つ見落としている」


 アーサーが言うと、アルフィーは顔を上げた。


「勇者の力は、姫の身体能力を大きく上回る力だと、君は言ったな。

 勇者の力と、ツルハ君の身体の許容量、その差が大きければ大きい程、ツルハ君の命は脅かされてしまう、ということだ。


 だが、その差を埋めることもできるのではないか?」


 アルフィーは、ハッとした。

 その通りだ。

 勇者の力と姫の身体能力の限界値。その差は現状では圧倒的と言わざるを得ない。

 しかし、姫の身体能力――それを鍛えることができれば、勇者の力との差は必然的に埋まっていくに違いない。

 埋められる差は、僅かかもしれない。しかし、姫には誰にも負けない、努力の力がある。

 できるかもしれない。少しずつ、少しずつ、その差を埋めていくことができれば、姫は今よりも安全に戦うことができる。


 アルフィーの顔色が変わるのに気が付くと、アーサーは微笑んだ。


「話したかった、もう1つの話については、先に言われてしまったね。

 2つ目の話というのは、ツルハ君のことだった。

 ウォルンタスの剣とその力。それを制御(コントロール)するという、彼女の今後の課題。

 しかし、その答えはもう既に出たようだね」


 アーサーが言うと、アルフィーは「ああ」と強く頷いた。


「アーサー、私は姫を護ることばかりが、姫の為だと思っていた。

 しかし、どうやら私は大事なことを見落としていたらしい。姫を信じる者として、一番やってはならぬことをしてしまっていた。

 そうだな。姫ももう、幼い頃の姫ではない」


 アーサーはアルフィーに頷くと、ツァイとアルフィーを交互に見た。


「さて、まだこちらの答えを聞いていなかった。この依頼、引き受けてくれるかい?」


「喜んで」

「任せておけ」


 アルフィーとツァイの威勢の良い返事を聞くと、アーサーは安堵したように肩を下ろした。

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