世界騎士団4
「黒装束の少女?」
「失踪した貴族の屋敷では、その少女と彼らの主が、何らかの取引をしていた姿を見た、という声をよく聞く。
その少女は、全身黒い衣装に身を包み、金色の髪をしているという。
今回、フェムル候に直接仕えていた男も、そしてこの屋敷の使用人たちも、その少女の姿を目にしていたそうだ」
「そいつって、まさか……!」
ツァイは、何かを思い出したように、大きな声を上げた。
「間違いない。俺も何度か、そいつをこの屋敷で目にした。
小っせェ執事のような恰好をしてやがったから、この屋敷の奴だとばかり思っていたんだが」
まさか、というような思案の顔で、ツァイが言うと、アーサーの声に、アルフィーは視線を戻した。
「アルフィー。世界各地で異変が起きていることは間違いない。
特に、その魔物達の影響か、原生していた動物や他の魔物たちも、逃げるように生息地を他に移している動きもある。
君とツルハ君が目指す、世界を脅かす"大いなる闇"。
その正体は分からないが、その少女が何かしら関係している可能性は十分にあるはずだ」
アーサーが言うと、アルフィーは頷いた。
そして、同時に腑に落ちなかったことが、ストンと胸の底に落ちたように感じた。
下位の魔物の生息地であった草原。そこに突如現れた、上位種の魔物――ヴァイス・ドッグ。
彼がなぜあのような場所に現れたのか、それは偶然だったのか。心の喉に引っ掛かっていた、それは、アーサーの話で納得が言った。
きっと、あの魔物も、何かを恐れ、逃げて来たものに違いない。
「話が長くなったが、1つ目の話については、最後に頼みがある」
アーサーが一枚の書類を机上で渡すと、アルフィーとツァイはそれを眺めた。
「サニットの町の貴族、ボルツマンの依頼だ」
それは、この地方でターコイス家に並ぶ、高名な貴族の名だった。
その書類に目を通す2人に、アーサーは話を加えた。
「ボルツマンはご存知かと思うが、サニットの町を所有する貴族の一人だ。
ここ数カ月に渡り、彼の町の周辺にある森で、人が魔物に襲われるという事件が跡を絶たないらしい」
「その森というのは、サニアの森のことか?」
アルフィーが訊くと、アーサーは頷いた。
「お察しの通りだ。サニアの森は、古くからケンタウロス達が住んでいる森だ。
ボルツマンは、そのケンタウロス達が町人を襲っていると言うのだが、真相は定かではない。
直接話を聞くことができれば、それに越したことはないのだが、人間嫌いの性質のある彼らだ。我々が足を踏み入れた所で、進展は難しいだろう。
だが、君であれば、彼らももしかすれば心を開いてくれるのではないかと思ってね」
依頼の結論が見えると、アルフィーとツァイは書類から距離を置いた。
「要するに、サニットの町を襲っている魔物が何かを突き止めれば良いんだな」
ツァイがその結論を言うと、アーサーは頷いた。
「待ってください、団長!」
話の流れを見守っていた少女の声が上がると、視線は少女に集まる。
「その件については、騎士団外部に漏えいするな、と依頼者から頼まれていたはずです。
もしこの方々が、ボルツマン様のもとを訪れたとなれば、ボルツマン様はそれを認めて下さるでしょうか?
それに、その魔物が、あの合成魔物の類であったとしたら、危険極まりない話です。
守秘を怠っただけでなく、一般人を巻き込んだとすれば、それは騎士団の威信にも関わります」
「リリオ。確かに、ボルツマン殿からは、この件については内密に、との事だ。
だが事態解決に、彼らの協力が最善手とあれば、ボルツマン殿もきっとそれを受け入れることだろう。
ボルツマン殿には、私から文を届ける。
それに、もしサニットの町を騒がせている魔物が合成魔物だとすれば、その少女の尻尾も掴むことができるかもしれない。
何にせよ、ここは我々が出る幕ではない。ウォルンタスの剣を持つ、勇者こそが、最適解であるはずだ。そうだろう、アルフィー」
アルフィーは、すぐには答えなかった。
少しの沈黙の後、アルフィーは静かにその口を開いた。
「アーサー。君の言う通り、その少女や合成魔物達が、予言にあった"大いなる闇"に関係していると、私も思っている。
だが、やはり心配なんだ。姫のことが」
アルフィーは机上に向けていた視線を上げた。
「勇者の力による覚醒で、姫はこれまで、何度もあの剣を振るい、戦って来た。そして、姫は夢の中で、あの剣は持ち主の心を映すもの、と言ったそうだ。
思い返せば、今回の武闘会で、姫が勝ち上がり、あの魔物を見事に討つことができたのは、姫がその力の覚醒状態にあったからだ。
少年たちの家を護りたい、という姫の強い心に、ウォルンタスの剣が応えたのだろう。
だが、問題はその後だ。
姫は正直、危ない状態にあった。医師は心配無用と言っていたが、それは一命を取り留めた、という意味での話だ。
剣は、姫の心に応え、その力を与える。だが、その力は、姫の許容量を遥かに超えた力だ。
以前にも、姫は力の使用後に意識を失うことがあった。その時には、まさかと、感じてはいたが、今回のことではっきりと分かった。
ウォルンタスの剣は、使用後に、その疲労や傷を回復させる力がある。だが、身体にかかった負荷が過大なものであれば、今回のように意識を失ってしまう。
最悪の場合、その命の保証はない」
アルフィーの声は、微かに震えていた。
「姫は、困っている人を見れば、決して見捨てることができぬ方だ。人を魔物から助けるとなれば、その力を際限なく、お使いになることだろう。
だが、私は恐いんだ。
姫の体は、今も悲鳴を上げている。いつか姫は、その回復が追いつかないまでに力を使い、命を落としてしまう時が訪れるかもしれない。
それが恐くて堪らないんだ」
アルフィーの膝上の拳は、ギュッと結ばれていた。
「アルフィー」
アーサーの言葉に、アルフィーはハッとする。
「その心配は最もだ。ツルハ君が幼い頃から、その傍にいた君であれば尚更だろう。
……リオール王は、よく人の成長を、植物に喩えられていた。
私もかつて、よく教わったものだ。
王はいつの日か、こんなことを仰っていた。
植物は、雨土に支えられながら、その花を咲かせる。その姿は、よく人の才能にも喩えられる。
人は、己の力を、己だけで育むことはできない。しかし、育てられるばかりでも、その花を咲かせることはできない、と」
アーサーは瞼を一度深く閉じると、アルフィーにその眼差しを向けた。
「アルフィー。ツルハ君に今必要なのは、保護ではない。
彼女が成長するためには、己の力について、自身で知ることも必要だ。己の限界を知るためにも、姫には戦場に出ていただかなくてはならない。
姫の勇者としての成長には、危険を冒すことは免れぬのだ。
アルフィー。そして君はツルハ君の安全に盲目するばかり、一つ見落としている」
アーサーが言うと、アルフィーは顔を上げた。
「勇者の力は、姫の身体能力を大きく上回る力だと、君は言ったな。
勇者の力と、ツルハ君の身体の許容量、その差が大きければ大きい程、ツルハ君の命は脅かされてしまう、ということだ。
だが、その差を埋めることもできるのではないか?」
アルフィーは、ハッとした。
その通りだ。
勇者の力と姫の身体能力の限界値。その差は現状では圧倒的と言わざるを得ない。
しかし、姫の身体能力――それを鍛えることができれば、勇者の力との差は必然的に埋まっていくに違いない。
埋められる差は、僅かかもしれない。しかし、姫には誰にも負けない、努力の力がある。
できるかもしれない。少しずつ、少しずつ、その差を埋めていくことができれば、姫は今よりも安全に戦うことができる。
アルフィーの顔色が変わるのに気が付くと、アーサーは微笑んだ。
「話したかった、もう1つの話については、先に言われてしまったね。
2つ目の話というのは、ツルハ君のことだった。
ウォルンタスの剣とその力。それを制御するという、彼女の今後の課題。
しかし、その答えはもう既に出たようだね」
アーサーが言うと、アルフィーは「ああ」と強く頷いた。
「アーサー、私は姫を護ることばかりが、姫の為だと思っていた。
しかし、どうやら私は大事なことを見落としていたらしい。姫を信じる者として、一番やってはならぬことをしてしまっていた。
そうだな。姫ももう、幼い頃の姫ではない」
アーサーはアルフィーに頷くと、ツァイとアルフィーを交互に見た。
「さて、まだこちらの答えを聞いていなかった。この依頼、引き受けてくれるかい?」
「喜んで」
「任せておけ」
アルフィーとツァイの威勢の良い返事を聞くと、アーサーは安堵したように肩を下ろした。




