世界騎士団3
立派な濃い色の木製扉が開かれ、最後にリリオがその扉をピタリと閉じると、そこは4人だけになった。
応接室として使われていた部屋だろうか。
棚や調度品がきちんと整えられ、大きな窓からは陽が差し込んでいた。
机を間に、アーサーと、アルフィー達が対面するようにソファに腰をかけると、リリオも立ちながら向き直った。
「さて。今日ここに2人を招いたのは、他でもない。2つのことについて話をしたいのだが、その前に1つだけ確認をさせてもらいたい」
アーサーの顔は、穏やかであったが、最初にあった時の微笑み顔とは違った。
その柔らかな言葉には、真剣のような重みが籠っていた。
アーサーは、部屋にいる面々を眺めると、落ち着いた声で言った。
「ここにいる者は全員、ツルハ君の事情について知っているということで、大丈夫かな?」
アーサーがアルフィーを最後に見ると、アルフィーは頷いた。
「鬼王君には、私の方から話をさせてもらった。どの道、こうなってしまえば、素性を明かすのも致し方ないものだと思ってね」
アーサーは頷くと、ツァイに目を移す。
「ツァイ殿。
恐らくご存知だとは思うが、アルフィーから聞いたことは、グラディワンドの国家機密にあたる。
そして、その事について知っているのは、グラディワンドの中枢に関わる者と、外部では私と、そこにいる補佐、そして、君だけだ。
これからする話は、今後君が、私達、そしてそこにいるアルフィーに協力をする前提での話になる。
もし、これ以上の事は御免被るということであれば、下がって頂いても構わない。だが、その場合でも、彼から聞いたことは、その一切を忘れ、他言をしないことを誓って欲しい」
アーサーが言うと、ツァイは、何を当たり前のことを、というように笑い飛ばした。
「その事についてなら、大丈夫だ。問題はない。
俺はこれから、こいつらについて行くことで、話はまとまった。俺の目的を果たす上でも、支障はないからな。
それに、忘れていた、その目的を、ツルハは思い出させてくれた。
礼には足りないかもしれないが、これから先、あいつの力になる形で支えさせてもらうことにする」
ツァイが言うと、アーサーは満足げに頷いた。
「それを聞くことができて良かった。では、本題に入ろう」
アーサーはそう言うと、膝の上で組んでいた指を解き、拳を両ひざに乗せた。
「最初は、言うまでもないが、フェムル候の話についてだ。
アルフィー、ツァイ殿からも伺った通り、闘技場に魔物を放ったのは、フェムル候で間違いは無かった。
問題は、彼が放った魔物についてだ」
アーサーが言うと、ツァイが言った。
「奴は、ただのオーガなんかじゃなかった。
オーガにしては、身の動きも俊敏で、剣術もまるで達人を相手にしているみたいだった」
ツァイの言葉にアルフィーは加えた。
「観戦席で私も見ていたが、鬼王君の言う通り、あの魔物の剣術は今まで私が目にしてきたものと別次元のものだ。何より、オーガがあそこまでの剣術を扱える思考があるとは、とても信じ難い」
アルフィーが言うと、アーサーは頷いた。
「この頃、そんな魔物の報告が、騎士団にも多く寄せられている。
実際に討伐した件もあるが、そのどれもが、我々がこれまで目にしてきた魔物とは、全く異なるものだった。
魔物の中には、確かに人語を解し、それ以上の知能を持つものもいる。
だがそれは、魔族の頂点に立つ"七帝"や、それに準ずる実力を持つ上位種の魔物だ。
これまで報告された魔物の中には上位種の魔物もいたが、ほとんどが中位から下位の魔物――それも七帝の眷属ではない、野良の魔物だ。
そしてその魔物達は、アルフィーやツァイ殿が言うような、高度な知能を有していた。ゴブリンやジャイアントのような低知能の魔物の姿をしたものでさえも、上級騎士と同等の実力を持つ奴がいたくらいだ」
「ゴブリンが、上級騎士とだと?」
思わず声が出た。
驚いた表情をした、ツァイに、アーサーは瞳を合わせた。
「そうだ。
彼らを目にした時、我々は最初に進化を疑った。
これまでの歴史を辿っても、生物と同様、魔物が突然に変異し、能力を格段に高めることが確認されていた。
だが、騎士団を驚かせたのは、これだけではなかった。異常な魔物が報告される中、現在の魔法、魔術ではあり得ない合成魔物も発見されたんだ。」
「合成魔物?」
アルフィーが眉を顰めると、アーサーは頷いた。
「これまで拘束した魔法使い、魔術師の中には、合成魔物生成の罪を負っている者も複数いる。
その合成魔物のほとんどは、同位の魔物同士、あるいは中位と下位の組み合わせで造られた魔物だ。
だが、報告され、討伐された合成魔物達は、上位種同士――それも、全く別の系統の魔物同士の合成だったんだ」
それを聞くと、アルフィーは目を点のように丸くした。
「バカな!
上位種同士なら、まだ話は分かる。最上位の魔法使いであれば、それを成し遂げる可能性があるからだ。
だが、それは同種同系統、あるいはそれに似た系統の魔物同士に限られる。
もし、別系統で全く異なる性質を持つ魔物同士を合成したとなれば、お互いの性質に肉体が持ちこたえず、腐敗するはずだ。
それに、そんな魔法方式が万が一あるとすれば、それは神格クラスの魔法だ。
そんなものは、この世界には存在しない!」
身を乗り出して、アルフィーが言うと、アーサーは顔色を変えずに返す。
「そうだ、その通りだ。もしそんなことを成し遂げることができるとすれば、それは生命の構築を司る、神以外の何ものでもない。
だが、現にその魔物はこの世に存在し、そしてそれは、複数体目撃されているんだ。
しかし、その元凶の尾を僅かに掴んでいるのも事実だ」
アーサーが言うと、アルフィーとツァイの眼光は一層鋭い光を帯びた。
「それらの魔物は、多くは野生で発見されているが、その一部は、貴族や諸侯といった富を持つ者達が関係していたことが、最近分かったんだ」
「貴族だと?」
アーサーは、ツァイに頷いた。
「その貴族たちは何らかの手段で、それらの魔物を入手していた。
しかし、その入手方法を探ろうと我々が足を踏み入れる頃には、その貴族たちは影も形も無く、その姿を消してしまう。中には遺体となって見つかる者も多い。
恐らく今回のフェムル候も同じだろう。この町だけでなく、その周辺地域にも騎士団を散らばせて捜索させているが、その行方は未だに掴めていない」
アーサーの話を継いだように、リリオが言葉を繋げる。
「貴賓席から町の外壁外に繋がる地下通路。闘技場から逃亡したとすれば、それを使う以外に考えられません。
しかし、あの通路の外に用意されていた馬の数に変化はなし。蹄の形跡もありませんでした。
足で逃げたとすれば、もう既に見つかっているはずです」
リリオが言うと、アーサーが話を受け取る。
「彼の姿はどこにもない。その通路にも、この町にも、そして、その外にも。
だが、これはもはや驚くべきことではない。何せ、他の貴族たちも同じような末路を辿っているのだからね。
そして、その使用人たちからの聴取で、必ず耳にするのは、黒装束の少女のことだ」




