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二人の姫君1

「やあッ!」

 金色の髪が太陽の光で白く輝くと、一本の剣が宙を舞った。


「勝負あり!」


 審判の太い声が上がると、模擬戦を囲っていた騎士達から、驚きを含んだ歓声が、青空に響き渡った。

 驚きの余り笑みをこぼす者や、唸る者、言葉を失う者もいたが、そうなったのは無理もない。

 10の歳余りの少女は、見事な剣術で自身が打ち負かした騎士団長に礼をすると、(きびす)を返し、父のもとへと歩み寄った。

 古傷のように深い皺をした、父である王の前に、少女が小さな(こうべ)を垂らすと、王は、うむ、と強く頷いた。


 少し離れた木の陰から、その様子を見つめていた少女も、胸を高鳴らせた。


「ここにいたのですね」


 その声が聞こえると、少女はビクッと肩を震わせた。

 少女はゆっくり振り返り見上げると、白い顔をした美しい女性が、少女が見ていた騎士達と同じ方向に視線を向けていた。

 少女は慌てて立ち上がると、頭を軽く下げ、すぐに女性の前から退いた。

 しかし女性は、そんな少女には一瞥も向けず、淡々とした声で言った。


「ツルハ。なぜレオナルドがあのようであるか、分かりますか?」


 ツルハと呼ばれた少女は、震えている唇を結び、俯いていた。


「それは日々の鍛錬を怠らず、自身に一切の甘えを許していないからです」


 ようやく少女に振り向いた女性の目は、呆れの中に怒りが滲んだような色をしていた。


「ツルハ。貴方も少しはレオナルドを()(なら)いなさい」


 女性がそう言い去ると、ツルハはその両手の平を開いて見つめた。

 滲んだ視界の中、赤い豆や血で滲んだ傷が歪んで映ると、じんわりと熱い瞼と一緒にギュッとその掌を握りしめた。



    ***



 茜色に空が色づく頃、レオナルドは気の向くままに城の中を散策していた。

 模擬戦を終え、鎧を脱いだ姿は、ごく普通の少女だった。

 広い中庭に入ると、夕陽と同じ色の瞳が、その小さな影に気が付いた。

 噴水の傍に座っている小柄な背中が見えると、レオナルドは静かに歩み寄った。


「どうした、ツルハ?」


 自身の横に座った影にツルハは驚き少し声を上げると、レオナルドは微苦笑をした。


「驚かせてしまったか。すまない」


「いいえ、大丈夫です」


 ツルハの顔に笑顔が戻ると、レオナルドは安心したように肩の力を抜いた。


「お姉様?」


 レオナルドが何かに気が付き、取り出した手拭き布を優しくツルハに握らせると、ツルハは申し訳なさそうな顔を浮かべる。


「こんなになるまで、稽古に励んでいたのか」


 自身の姉から案じる声が聞こえると、ツルハは顔を曇らし俯きながら頷いた。


「私、いつも皆に護られてばかりで。騎士の方々にも、お姉様にも。

 少しでも足手まといにならないように、お姉様に追いつけるようにと、剣術の稽古に取り組んでいたのですが、とうとう師範様にも見飽きられてしまって。それから毎日ここで、自分にできることをと続けていたのです」


 ツルハが精一杯作り出した笑みには、哀し気な色が溢れていた。


「私……、弱い自分が情けなくて。お父様やお母様、お姉様や皆にも申し訳なくて」


 ツルハがとうとう涙をこらえきれなくなると、レオナルドは優しくその小さな背中を撫でた。


「ツルハ。ツルハはどうして強くなりたいと願う?」


 レオナルドが訊くと、ツルハは赤くなった目元を上げた。

 レオナルドはツルハに微笑むと、穏やかな声で聞かせた。


「父上はまだまだ元気だ。だが、この先何も起こらぬ保証はどこにない。いずれは戦でその命を落とすやもしれぬ、と。そう仰っていた。

 もしそうとなれば、私たちはこの国の王となり、民を導き護っていかなければならない。

 ツルハは、この国が好きか?」


 唐突な質問にツルハは一瞬キョトンとしたが、力強く頷いた。

「はい、大好きです!」

 ツルハがそう言うと、レオナルドも笑みを浮かべて頷いた。


「私もだ。だからこそ、この国を護って行きたいと強く願っている。

 ツルハも、この国の民も、皆が幸せに暮らすことのできるような国を護ることができる力が、私は欲しい」


 レオナルドは、見つめていた茜色の空から視線をツルハに向けると、静かに問いた。


「父上が言っていた。護れるものがある者こそ、真の強者なのだと。何も無く、ただ力ばかりが強いものは強者とは言えぬと。

 私も父上のようになりたい。そして、父上が護ってきたように、この国を護って行きたい。それができるようになるために、私は日々鍛錬に励んでいる。

 ツルハ。ツルハには何か護りたいものはあるか?」


 レオナルドに訊かれると、ツルハは一度何かを呟くように小さく口を開いた。

 しかし、またそれがすぐに閉じると、ツルハは考え込むように遠くを見つめた。

 

「私は……」

 ツルハはレオナルドの目にもう一度視線を向けた。

 レオナルドの瞳は、太陽のように強く、温かい。

 その優しい光に鼓舞されたように、ツルハは言葉を紡ぐと、ツルハの声は鮮明で芯の入ったものになる。


「私は、お姉様のように強くなりたい。

 強くなって、誰かが困っている時に元気を与えることができる人になりたい。そして、私もお父様やお姉様みたいに、大切な人達を守ることができるような人になりたい!」


 ツルハが言い放った声は、今まで聞いた中で一番強い声だった。

 ビリビリと胸を突き抜け、魂を射抜いたような感覚に、レオナルドは笑みを浮かべ、強く頷いた。


「その気持ちがあれば、大丈夫だ。

 私はツルハを応援している。共に、頑張ろう」


 ツルハがレオナルドに頷いた時だった。


「ここにおったか」


 その声に2人は振り返ると、4人の騎士を従えた父の姿が庭園の中にあった。

 力強い、皺の刻まれた手のひらが2人の両肩に添えられると、優しい低い声で王は言った。


「人の成長とは、よく植物に(たと)えられる。

 全ての者は生まれたその時は、土の中にいる種のようなものだ。

 そこから芽を出し、やがては花を咲かせることだろう。

 だが、全てのものが同じ早さで、同じ時期に花を咲かせるわけではない。それが人より早く開花するものもいれば、人より遅く開花するものもいる。

 ツルハ、今は目に見えぬであろうがいつかはお前も、逞しくその花を咲かせる時が来るだろう。レオナルドも、今以上の花を咲かせるかもしれぬ。


 だが2人とも、決して精進を怠ることをしてはならぬ。その花を自ら開くには、それなりの努力が必要だ。時には見えぬ成長に苦心し、挫折をすることもあるだろう。

 だが、それは目に見えぬだけで確実に開花の道を進んでいることを忘れてはならぬ。それを忘れ、日々の鍛錬を怠れば、花は開花の時を迎えることなく土の中で死滅してしまうことだろう」


「はい、父上」「はいお父様」


 2人から重なる返事が聞こえると、王はうむと頷き、踵を返した。


「レオナルド、今日の模擬戦は見事であった。

 そして、ツルハ。鍛錬を怠らぬその心、私は父として誇らしく思う。これからも良く励むことだ」


 思いがけない言葉に、ツルハはハッとした顔をした。

 振り返り際に見えた王の微笑む顔に、ツルハの頬には嬉しい一筋が伝わり落ちた。

読んで下さりありがとうございます。

本日で第一章アップ予定です。

少しでも気にいって頂ければ、ブクマ、下の☆☆☆☆☆より評価のほど宜しくお願いします。

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