ツルハと鬼王6
フィールドの両端から、弾かれたような豪速が中央で衝突すると、それを包むような風が、ブワっと闘技場に走る。
その衝撃の最中に見えるのは、あの少女の姿だ。
ツルハは、右を振り向くと同時に剣を振るうと、剣と剣のぶつかる音と共に、剣を振り下ろした鬼王の姿が一瞬現れる。
それがすぐに消えると、ツルハはその真後ろからの気配に剣を振るう。
鬼王の剣戟がツルハの剣と激しく重なると、鬼王は風を切るような音と共に姿を消した。
速すぎて見えない鬼王の姿に、観衆は混乱した。
鬼王はツルハから距離をとると、すぐに地を蹴り飛ばし、駆ける。
ツルハは剣を構えた。
鬼王が大きく跳ぶと、ツルハは身ごと横に飛び出す。
大きな縦の三日月と共に轟音が上がると、土煙が吹き出した。
目に見えない土の破片が、顔面の肌に当たる。
しかし、その痛みを感じる余裕はなかった。
ツルハは、その土煙から現れた鬼王に、すぐに剣で応戦した。
キンッ、キンッ、キンッ!
無駄のない、鮮やかな剣に観衆は声を失っていた。
自身の身長程はある剣を、鬼王は軽い剣のように、振るっていた。
それだけではない。重量のある剣を持ちながら、常人の域を遥かに超える瞬発力。
その2つから繰り出される剣技は、鬼王がその名で呼ばれる所以を、容易く観衆に伝えた。
しかし驚くのは、鬼王ばかりではない。
少女も防御に徹し、押されてはいるものの、あの鬼王の剣技に見事に応えていた。
鬼王が築くいくつもの三日月を防ぐ中、ツルハはその隙をようやく見出した。
ツルハは剣を素早く突き出すと、鬼王はそれを身を逸らしてかわす。
そこからツルハの反撃が始まった。
ツルハは、鬼王に負けぬ連撃を繰り出すと、鬼王はそれを防いでみせる。
ツルハが真横に逸れ、そこから攻撃を放つと、鍔迫り合いに入った。
面白い――ッ!
鬼王には、その思いが笑みとなって滲み出ていた。
「この短時間でオレの利き手を読んで来たか。
見事、見事だ。ここまで実力がある奴は、お前が初めてだ。
お前、名前は、なんていうんだ?」
刃と刃が軋む中、鬼王が訊ねると、ツルハは答えた。
「私は、ツルハ!」
「ツルハか」
鬼王は満足げにその名を言うと、今度はツルハが訊ねる。
「鬼王。あなたは、なぜ戦うの? あの貴族のため?」
少女が訊くと、鬼王はすぐに答えた。
「強くなるためだ。オレの前には今まで、猛者や強敵といわれる奴らが幾度も立ち向かって来た。
オレはそいつらを越える度に実感した。自身が強くなっていくことを。己の刃が磨かれていくことを。
オレは今日、お前を越える。お前を越えて、さらに強くなる――!」
純粋な答えだった。
鬼王とツルハの剣は、互いに思い切りに弾かれるように、すれ違うと、2人は大きく後退した。
呼吸が僅かに乱れている。
ツルハは息を吸い、それを整えると、駆け出した鬼に向かって、土を再び蹴り上げ飛び出した。
鞘と防御布にも関わらず、その剣の光が、それを越して見えているようだった。
剣の軌跡が弧となって、火花を散らし、いくつも現れる。
(――なんだろう、この感じ)
鬼王の剣と自分の剣の、互いを覆っているものを越えて響く、その音が聞こえる度、ツルハの心に何かが浮かび上がった。
確かに、目の前にいる相手は、鬼のような男だ。
その剣は牙のように鋭く、相手を打ち負かさんとする意志が、覇気と共に伝わって来る。
しかし、その剣から響く音に、ツルハは違和感を感じた。
刃から放たれる、鋭い音。
しかしその音は、どこか悲しい音がした。
(まるで、何かにもがいているような――必死になって何かを探しているような――)
そんな悲鳴にも似た音だった。
その瞬間は、大きく刃と刃がぶつかった瞬間だった。
衝撃と同時に、一瞬白くなった視界の中に、何かが映った。
それは、一秒にも及ばない、刹那の間だったが、ツルハには、それがはっきりと見えた。
そうだ――。この人は――!
大きく振るわれた剣の衝撃に、ツルハは剣ごと、大きく弾き飛ばされた。
地面に叩きつけられるも、何とか剣を構え、すぐに臨戦態勢に入る。
額から熱い何かが垂れている。
それが血だということはすぐに分かった。
本当ならば、全身に激痛が走っているのだろう。しかし、熱気に体が麻痺しているのか、それを感じる余裕がないのか、痛みを感じることはなかった。
それよりも心にあったのは――
目の前に現れた鬼王は、とどめのように大きく剣を振るった。
動作の見えない、その一撃に、ツルハは腕ごと大きく弾かれる。
鞘に覆われた剣が宙を舞うと、背後で力無く落ちた音が聞こえた。
 




