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ツルハと鬼王5

 今か、今かと、闘士達の登場を心待ちにする興奮が、フィールドを囲む観客席を包んでいた。

 今日一番の目玉と言っても良い。

 その闘士の片方が、暗闇から現れると、風で擦れる木の葉のように騒めいていた場内は、嵐の如く湧きあがった。

 どこからともなくふらりと現われては、これまで数々の強力な魔物や賊を掃討し、ある国では、あることをきっかけに業を煮やした上級騎士でさえ、その男の剣の前では、赤子のようであったと云う。

 その男の剣技は、まるで鬼のように恐ろしく、その覇者のように威風に満ちていた。

 ()(おう)――。

 闇の衣の中、銀色の鎧と、月光のような瞳がギラギラと虎狼のように輝いている。

 その瞳は、対岸の入口から現れた少女を、しっかりと見つめていた。


 鋭く、夜闇の中の獣のような男とは対照的に、その少女は春の木漏れ日のように穏やかな衣をまとっていた。

 この柔和な少女の雰囲気に、それを見た誰もが初めは、カーラーと同じような言葉を浴びせたことだろう。

 しかし、ゾラやマギルを打ち負かした、少女の圧倒的な強さを目の当たりにした観衆は、今や「行け! やっちまえ!」といった声援さえ向けている。

 少女の紫を帯びた桃色の瞳は、微動だにせず、しっかりとした眼光が一直線に対面する男を見つめていた。


「おいおい、なんだ?」

 観衆の声が上がると、同じような声が次々と上がった。


 少女の得物は、刃が鞘から離れぬようしっかりと固定され、鬼王の、防御布で覆われた巨大な大剣も、あの黒曜石のような光が一切見えない。


「防御布を外さないつもりか?」

「鞘をつけたままで戦うつもりかよ!」

「ふざけんなっ!」

「殺し合え!」


 観戦席からの声の嵐が、不満を帯びた風になると、鬼王は両手剣を抜き取り、そして、


 ドォンッ!!!


 稲妻が落ちたような音に、声はピタリと止んだ。

 振り下ろした大剣と地面の境界線からは、その轟音を体現したように亀裂がいくつも走っていた。


「うるせえ。外野は黙って見てろ」


 低く太い声が男から出ると、ビリビリとした衝撃が闘技場中に走る。

 フェムルも、初めて見た彼の威圧に、思わず、たじろいだ。


 その電撃のような感覚が体中に、ツルハにも伝わった。

 ゾクゾクとした何かが、胸のうちの鼓動と共に、乱れた呼吸に出る。



「がっ……ガンバレーッ!!!」



 鬼王の畏れに硬直した世界の中、その声が聞こえると、ツルハはハッとした。

 その声の主を探すように、ツルハは観戦席を見渡す。


 観戦席の最前列。

 立ち上がり、柵から身を乗り出すように上半身を突き出している、小柄な顔が見えると、ツルハは驚きのあまり、声を失った。


 オズだ。

 その少年は、まだ震えている観衆たちの中、はっきりとした声で叫んだ。


「そんな奴に負けるなーッ!!」

「が、がんばれー!!」


 隣に立つ、あの内気なマノも、大きな声援を飛ばした。

 その近くには、ダムの姿も、アルフィーの姿もある。

 2人も、オズ達と同じ、力強い眼差しを向けていた。


 ツルハはふと笑むと、それに応えるように深く一度、頷いた。



 ツルハは帯紐を解き、鞘ごと剣を引き抜くと、剣を構える。

「私は負けられない。あの子やダムさんのためにも、必ずこの勝負に勝ってみせる」


 ツルハの瞳が金色を帯び始めると、その雰囲気が一変した。

 ピリピリとした、同じ人物から伝わって来るとは思えぬ覇気。

 鬼王の切れ長の目は、ニヤリと笑んだ。


「ようやく、お出ましか」


 鬼王は剣をツルハに構える。


 そうだ。オレが戦いてェのは、弱虫(おまえ)じゃない。

 オズ達(あいつら)の前で見せた、強者だ。

 いや、今はそれ以上かもしれねェ。あの時とは一回り違う。

 呼吸も整い、迷いが一切見えない。



 ――お前はオレに勝つと言った。そしてオレは、お前を越えるために今ここにいる。

 久々に楽しめそうだ。



 フェムルが赤い布を広げると、風音一つ聞こえない静寂がおりる。

 そして、布がフッと落ちると、鬼王とツルハの目はカッと見開いた。


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