ツルハと鬼王4
「おえっ、ゲホッ、ごほっ」
頭から熱が引くと、汗に濡れた体に、心地の悪い冷たさが伝わる。
観戦席を後にしたツルハは、胃を握りしめられたような腹痛に襲われた。
空の吐き気の後、喉の熱さに、息が荒れる。
惨い死に様だった。
鎧と同じ色に染まった地面を、戦士が去った後に残されたのは、原型を留めない闘士の姿だった。
彼は、確かに許せない相手だっただろう。
彼に同じような有様に殺された者も、これまでにいたはずだ。そして彼は、それを平然と笑んで誇っていた。
しかし、いざ彼が死に絶える姿を目の当たりにすると、何とも言えぬ虚無感と、身の毛のよだつような感情が、肌を逆立てた。
(あの戦士は――)
紅蓮鎧の兜が脳裏に浮かんだ。
あの戦士は躊躇うことなく、殺していた。
少なからず、彼は命乞いをしていた。生きたいと願っていた。
私が、私がもしあの戦士と同じ立場だったら、どうしていただろう。
カーラーを殺めていただろうか?
ツルハは、カーラーと出会った時に抱いた激情を思い出した。
だが――
できない。できるはずがない。
私はあの戦士と同じ立場で、あの激情を抱いていたとしても、命までを奪うことなんて――
あの戦士の兜、それを思い出すと、死への恐怖が甦ってきた。
勝ち進めば、あの戦士と戦うことになる。
もし、自分がカーラーのように無力になってしまった時、あの戦士は降伏を受け入れるだろうか。
最悪の光景が、水面から現れるように浮き上がる。
ツルハは、その場にしゃがみ込んだ。
怖い……怖いよ。
アル……、お姉様……。
ツルハは心の中で泣き叫んだ。
どうしようもない恐怖に、顔を埋める。
嗚咽の中、震える手で自らを抱きしめるように、ギュッと結んだ。
死にたくない――
「ひゃっ!」
急に自身の肩に何かが触れると、ツルハは顔を上げた。
バッと振り返ると、そこに立っていたのは、あの黒い夜のような男だった。
「なんだ、泣いてやがんのか?」
男は可笑しいように口角を上げて言うと、ツルハは涙を拭った。
「笑いに来たんですか?」
キッとした目の下は赤くなっていた。
鬼王ツァイは、頭を掻くと、
「いや。剣を交える前に、その意気込みを拝んでやろうと思ってな」
睨み続けるツルハに、ツァイは月のような瞳で言う。
「恐いか?」
ビクッと、桃色の髪が揺れた。
少女が答える前に、体がそれを答えると、ツァイは微笑んだ。
「今の試合が終われば、次はオレとお前、サシの勝負だ。
もちろん手を抜くことはしないが、ここは戦場でもなければ、戦争捕虜の殺し合いの見せ場でもねェ」
その言葉を聞くと、ツルハは目を丸くした。
「お前は、あの子供達の家を護るために、ここに来た。
勝てば、その時点で恥を凌いで辞退すりゃあ良い。負ければ、己の弱さを認めて、子供達の前で、大人しく、その頭を下げるんだな。
どの道、あいつらには結果を伝えてやる奴が必要だ。
その適任は、背負って来るもん背負って、ここに来た奴以外誰がいる?」
意外な言葉だった。
少し前。この男は、ここにいる闘士達と同じ臭いがしていた。
冷酷で非情な、鉄と血の臭いが。
自身が敗れた時、無慈悲にその剣を無力な相手に振り下ろす、無情の香りが。
しかし、ツルハの目には、少なくとも目の前の男は、以前と比べて表情が僅かに穏やかに映った。
男の言葉は、胸のうちにじんわりと広がった。
「分かってます……。
あなたには、絶対に負けませんから!」
ツルハが目元を拭い払い、そう叫ぶと、鬼王は笑んだ。
「楽しみにしてるぜ」




