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ツルハと鬼王3

 昨日とは異なり、闘士たちには専用の観戦席が用意された。

 他の観衆とは隔離されてはいたが、見渡しの良い場所であり、戦場の光景が鮮明に見えた。

 ツルハは渋々と観戦席に着くと、その土の戦場を見た。


(こんなことがあって良いはずがない)


 その憤りの中には混乱も渦巻いていた。

 闘士たちは愚か、観衆たちも、この状況をいつの間にか楽しんでいるようにさえ見える。

 その異常な雰囲気に、ツルハは戸惑いを感じずにはいられなかった。


 観衆の熱狂の声が大きく上がると、ツルハはフィールドを見下ろした。

 この観戦席にいる闘士たちの目的は、これから戦うであろう相手達(ライバル)の戦法、戦術を観察するためであり、それはツルハも同じだった。

 しかし、ツルハにはそれ以上に、この試合に出場する闘士に関心があった。


 盛大に読み上げられた名前と共に、その男は歓声に迎えられると、観衆に向かってアピールをする。

 男の姿が見えると、ツルハの表情は嫌悪にあふれた。

 どう相手をなぶり殺してやろうか、という声が伝わって来るような笑みを浮かべ、その腰には、防御布の外された、複数の鋭い突起を生やした鉄球が、不気味に黒く輝いている。

 次の歓声の嵐が起こると、カーラーも反対側に振り向いた。

 暗闇の中から、赤い、くすんだ鋼鉄が見えると、それは大きな戦士の姿となって、ゆらりと現れた。

 カーラーが細身の体躯であるせいか、対面する鎧戦士は、カーラーの2倍くらいの背丈に見える。


「なんだァ? 初の、俺の晴れ舞台の引き立て役は、随分鈍間そうな野郎だなあ」


 グレンダと呼ばれた戦士に、カーラーが小馬鹿にするような挑発を浴びせるも、バケツ型の兜に表情の見えない戦士は、微動だにしない。

 グレンダはつまらなそうに舌打ちをすると、


「生きてんのか、死んでんのか、分からねェ野郎だな。とっとと終わらせてやる」


 カーラーが鎖鉄球(モーニングスター)を構え、闘技場に沈黙が落ちる中、アルフィーは眉をひそめた。

 空気から伝わって来る、()()()

 それは、あの紅蓮の戦士から感じた。


 それを感じていたのは、アルフィーだけではない。

 ツルハも、その男を目にすると、ゾクッと身が震えた。


(なんだろう、この嫌な感じ……)


 それは、鬼王や、今まで戦った闘士達から感じたような、強敵から感じる恐怖とは違った。

 その身から溢れ、電気の伝わって来る強さ。

 彼らから感じる恐怖は、そのようなものだが、あの戦士の、返り血のような色をした鉄越しに伝わって来るものは、そんな(もの)ではない。


 まるで、先の見えない洞窟の中にいるような――気味の悪さを伴う、そんな恐怖だった。


 フェムルが赤い布を見せると、カーラーは構えた。

 しかし、グレンダは、背中の太刀を抜くどころか、腰に携えた剣に手を添える素振りすら見せない。

 なめられた態度に、カーラーは静かに激昂した。


(ぶっ殺す――)


 フェムルが布を落とすと同時に、カーラーは声を上げ突進した。


「その思考回路の遅い頭! トマトみてえにぺしゃんこに潰してやらァ!!」


 カーラーは狂気染みた笑い声で、鉄球をブンブンと回転させると、グレンダの頭部に目がけて投げ放つ。

 グレンダは一歩も動かなかった。

 向かって来た鉄球に、その頭を横に逸らすと、それは一直線に真横を掠めた。

 カーラーは大きく舌打ちした。だが。


(馬鹿め。それを避けて安心した奴らが、間抜けに死んでいったんだよ!)


 カーラーは手元を、くいっと動かすと、鉄の塊は生きた様にブンと回り、後方から再び戦士の後頭を目がけて宙を走る。

 この鉄球技こそ、カーラーが勝利してきた所以(ゆえん)だった。

 カーラーの鉄球は、まるで命があるように、自由自在に動く。

 勢いよく鉄球が返って来るのが見えると、カーラーは一撃を確信した。


「……なっ」


 カーラーは思わず声を漏らした。

 目の前の戦士は、頭を下げることで、それをかわした。

 必要最低限の動作による、見事な回避に、歓声が巻き起こる。

 しかし、カーラーを驚かせたのは、それだけではなかった。

 奴は振り向くどころか、一瞥することもなく、それをかわして見せた。


 まるで、その球の動きを、放たれた時から見切っていたように――



 戦士がようやくその一歩を踏み出すと、カーラーに恐怖が走る。

 カーラーは焦燥を帯びた叫び声で、再び鉄球が放たれると、それは今度こそ戦士に直撃した。

 だが、鉄球が当たったのは、戦士の篭手だった。

 腕でそれを防ぐと、鉄球は力なく地面に落ちる。


「クソッ! クソ、クソ!」


 ガン、ガン、ガンッ!

 硬い金属と金属が激しくぶつかる音が何度も響くも、戦士の歩調は緩むことなく、着実にカーラーに迫っていた。


「なら、これでどうだァ!?」


 カーラーの鉄球が大きく旋回すると、その鎖が兜と首元の鎧の間に絡まり、戦士の首を絞めつけた。

 戦士の動きがようやく止まると、カーラーはニヤリと笑んだ。


「このまま絞め殺してやらァ!!」


 グッ。

 戦士の太い鉄の腕が鎖を握りしめると、軋む音が聞こえた。

 そしてその音が、破砕音に変わると、カーラーの笑みは消えた。

 グレンダは、握った鎖をブンと振り上げると、その力に引っ張られ、手元を握っていたカーラーは、大きく宙へ浮きあがる。

 悲鳴を上げ、カーラーは鉄球のように振り回されると、大きく壁に叩きつけられる。


「げほっ、おえっ」

 上手く受け身をしたものの、声にならない激痛が走った。

 土の地面が、暗みを帯びると、カーラーはハッとした。

 思わず見上げる。

 そこには、自身を見下ろした、無表情の鉄の仮面が見えた。


 その仮面が、ゆっくりと上げられた大きな足底に変わると、カーラーはようやく声を出した。


「まっ、待て待て! こうさ――」



 ブシャッ。


 その瞬間、ツルハは目を伏せた。

 柔らかいものがつぶれた音を最後に、全ての音が消える。


 

「しょ、勝者――グレンダッ!!」


 その声が、沈黙の中、上がると、広がった赤い絨毯の上にたつ戦士に向けられて、興奮を帯びた大きな歓声が送られた。



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