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コロシアム4

 フェムルは立ち上がると、片手で赤い布を広げて見せた。

 これを落とした瞬間、それが試合開始の合図だ。

 嵐の暴風のような観衆の声がピタリと静まると、闘技場に沈黙が落ちる。


 ツルハの金色を帯び始めた目は、ゾルから一瞬も逸らされない。

 ゾルもツルハに向けて、スッと、スティックを構える。



 フェムルがその布から手を離すと、闘技場の空気は掻っ切られたように割れた。

 ゾルは素早く杖を振り上げる。


「ランソニック・イグニス――ッ!!」


 呪文を唱え、杖を勢いよく振り下ろすと、大きな火球弾が閃光のような速さでツルハの真横を通り過ぎた。

 ドォン! と轟音が背後から聞こえると、ツルハは振り返った。


「フフフ。降参するなら今のうちですよ。

 綺麗な顔のままで帰りたいでしょう?」


 ゾルが、わざとそれを外したのだと気が付くと、ツルハは向き直り、再び剣先をゾルに向ける。

 ゾルは、バカな女だ、と(わら)うと、再び同じ呪文を唱える。


「ランソニック・イグニス!」


 ドンッ!!


 闘技場の壁から、先程と同じ衝突音が会場に響き渡る。

 しかし、観客からの声はピタリと止んでいた。

 轟音と共に暴風が後ろから吹いた後、土煙が左右から視界に立ち込める。

 ゾルは、ようやく自身の後ろに振り向いた。

 焼け焦げたような黒いヒビが走る壁。

 ゾルは、目の前に立つ少女とツルハを交互に見た。


 ツルハが剣をブンと振り払うと、ゾルは何となく、その状況を理解した。


「……何をした?」


 ゾルが、その状況に、まだ信じられぬ、信じたくはない、という声で訊くも、少女は答えない。


 まさか、弾かれたのか……? 私の魔法が? 高速火球弾ランソニック・イグニスが?


 今までこれを防いだ者はいた。魔法防御に特化した装備を身に付けた者や、その鮮やかな身のこなしでそれをかわした者。

 しかしそれは、ゾルにとっても想定内だった。

 だが、それを弾き返されることは考えもしていなかった――それもこんな小娘に!


 焦燥感と優越感(プライド)を傷つけられたような、怒りに似た感情が走ると、ゾルは声を上げ、ツルハに向かって駆け出した。

 ゾルは、2体、3体と分身すると、ツルハを囲むように円を駆ける。

 その姿が無数になると、ゾルの重なった声がツルハに浴びせられた。


「フハハハハッ!!

 お前には勿体無いが、これで閉幕(おわり)にしよう!

 私が暗夜業をしていた頃に身に付けた足技だ。この速さから映し出される分身。お前の目には、無数の私が映っていることだろう。

 この状態で、先の魔法弾を放たれれば、どうなるか!」


 それは目が回るような高速移動だった。

 ゾルを目に捉えようとする観衆のうちには、目を回す者もいる。

 ゾルは、この敏捷と魔法で勝利を勝ち取って来た。あの優勝も、この足があったからこそであろう。

 ゾルは、ニヤリと笑んだ。


 しかし、ツルハの周りを走る中、彼女の前方を駆ける時、ゾルはある違和感を感じた。


 これを前にした冷静な面持ち。

 フェムルから賄賂(おうごん)を受け取った時に聞かされた話では、中々の剣の使い手と聞いている。

 歴戦者だったとすれば、これに動じぬことも頷ける。

 だが、それだけではない。

 なんだ、何かが引っ掛かる。

 この少女の目の前を走る時、何かが――


 それに気が付くと、ゾルはゾッとした。

 少女の前を右から左へ駆ける時、その瞳が自身を捉えているように追って来ている。

 1度や2度ではない。

 間違いなく、その目は私を見ている。

 何ということだ!

 そして、ゾルの目がツルハの目とピタリと合うと、ゾルは声を上げた。


「くたばれっ!!」


 呪文を唱える声と共に、ゾルの杖から火球弾が現われる瞬間だった。

 ゾルの火球弾は、杖先から放たれる前に、真っ二つになると、それは滅茶苦茶な方向へと飛んだ。

 ゾルの目の前には、少女の剣の先があり、少女の鋭い眼光が、その後ろから放たれているのを見ると、ゾルは、その手先から思わず杖を落とした。


「……参った」


 ゾルがへたりと倒れ、両手を挙げると、闘技場の沈黙は今日のうちで最も深いものになる。

 そして、誰かの歓声が大きく上がると、それにつられたように、闘技場中から拍手喝采と共に興奮の雨が、ツルハに降り注いだ。


「しょ、勝者! エントリーナンバー7番、ツルハ!」


 勝敗を伝える声が上がると、フェムルは顎が外れんばかりの口を開いた。

 アルフィーも嬉しそうに、うんうん、と頷く。


(そう。あの時にすでに勝負は見えていた。

 己の自己顕示欲を護るために戦う者と、誰かの思いを護るために戦う者。

 その相手が姫という時点で、彼の負けは決まっていたのだ)


 本日一番の熱狂に包まれる中、ツルハはアルフィーの姿をようやく見つけると、笑顔で大きな手を振った。


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