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コロシアム3

 間隔を空け、また1人、また1人と出場者たちが呼ばれては扉の光に消えて行く中、ツルハは何とか平静を保とうと、呼吸を整えていた。

 恐怖、不安、緊張。少し気を逸らしてしまえば発狂してしまいそうな、気が気でない感情をなだめるのに、精一杯だった。

 乱れては整い、整っては乱れる呼吸の中、ツルハは灰色の石の地面をじっと見つめていた。


 そんな中、ツルハの心にはある戸惑いが渦巻いていた。


 今はもう試合を終えた後だろうか。カーラーという男の顔がふとよぎった時、あの時の違和感を思い出す。

 怒りの業火の最中にいるような熱と、ぐちゃぐちゃになった心。

 あの時の自分は、まるで自分でないようだった。

 ツルハはふと、男の首を掴んだ、白い手の平を見つめた。


 少なからず、あの時の自分は、感じていた。

 普段の自分ならば、感情の枷が外れたとしても、決して人には抱いてこなかったものを。

 途轍もない、荒れ狂う嵐のような感情を――。


(この(ひと)は平気で人を殺して来たの? それに飽き足らず、ここでも人を殺すつもりなの?

 許せない――この男だけは

 今ここで、()()()()()――ッ!)


 感じたことのない恐怖が胸の底から沸き上がって来た時、扉が開く音が聞こえると、数人となった参加者たちは、扉に視線を向けた。


「エントリーナンバー7番、ツルハさん」


 男がその人物を探すように名前を呼ぶと、ツルハは返事をした。

 ツルハが案内人のもとへ歩く中、鬼王の顔がふと目についた。

 健闘を祈る、といったような余裕の笑みだ。

 ツルハはそれに表情で応えることもなく、スタスタと歩くと、案内人と共に部屋を後にした。



     ***



 案内人は、円形のフィールドまで続く階段まで来ると、その案内を辞した。

 まるで、地獄から天界を見つめているような気分だ。

 白い光が階段の終わりから、こちらに向かって一直線に伸びている。

 ツルハは、階段をいざ目の前にすると、不思議と自分が落ち着いていることに気が付いた。

 さっきまでのごちゃごちゃとした感情が、まるでひとまとまりに綺麗に整理されたように、胸の内が静まり返っている。


 ツルハはもう一度深く息を吸うと、その一段に足を踏み出した。



 眩しさに、白い視界が鮮明になってくると、歓声が大波のように、どっと押し寄せた。

 細めた目を開くと、地面の土肌と建物の白が明瞭に映った。

 雛壇には敷き詰められたカラフルな小石のように、数え切れないほどの観衆がこちらを見下ろしている。

 ツルハは、ふとアルフィーを探した。

 小さくて顔も分からない人混みの中、目についたのは一際豪奢な席だった。

 赤い絨毯と垂れ幕がかかり、金細工の光が見える、その席から丸い体型が立ち上がると、ツルハは眉をひそめた。

 フェムルだ。

 早く敗北した姿を拝みたいのだろう。フェムルが下品な笑みを浮かべて、こちらを見ているのは、はっきりと分かった。


 歓声が再び勢いを増すと、ツルハは対岸を見つめた。

 その暗い入口から、より濃い人影がその姿を露わにすると、歓声の声は怒涛のように押し寄せた。


 中型の体躯で、素足の見える、黒と紫を基調としたローブを纏い、鼻から口を隠した黒マスクの上には、長い睫毛の下から狐のように細い瞳が笑んでいた。

 女性のように滑らかな体型だが、しばらくすると、ツルハはそれが男性だと分かった。


「マジか! あの()、初戦からゾル様だぞ!」

「優勝経験者からとは、運がねェなあ」


 観客席で、アルフィーは次々と上がる声に、貴賓席でふんぞり返っている、フェムルを睨んだ。

 フェムルは、しめしめとした顔で、下衆な笑みを浮かべ、闘技場に立つツルハを見ていた。

 恐らく、意図的な対戦なのだろう。試合相手は無作為によるトーナメント方式による、と案内ではあったが、これだけの数がいる相手の中、ツルハがいきなり優勝経験者から当たることは、フェムルが改ざんを行ったに違いない。


 そしてそれは、その通りだった。


(ゾルは狂乱の魔法使い。これまでの武闘会で、1度とはいえど優勝経験もある奴だ。

 バカな小娘め。さあ、泣き喚け。ガキのように漏らしても良いぞ。

 憐れに命乞いをする姿を早く拝ませろ)


 ゾルは、その目で目の前の相手を見ると、目元を上げた。


「おや? この私の最初の相手が、まさかこんな小娘とはねぇ」


 女性染みた声調でゾルが言うと、ツルハは言った。


「一つ、訊きたいことがあります」


 ゾルは「ん?」と首を傾げるも、どうせこの試合で敗北する奴だ、どんな戯言を言うものか、と、


「良いだろう、言ってごらん」


「あなたは、何の為に、ここで戦うのですか?」


 ゾルの表情は一度固まった。

 あまりに素っ頓狂な少女の質問に、ゾルは思わず呆気に取られてしまうと、笑いを堪えられなくなったように吹き出した。


「一体何を申すかと思えば、そんなことか!

 良いだろう、聞かせてやる。

 この武闘会に参加する理由はただ一つ、名誉のためさ。

 私はこの武闘会に参加するのは、通算で5度目となる。

 私は元々、陽の目を浴びぬ世界で稼業を営んでいたのだが、退屈なものでね。私の強さを世に知らしめたいと思い立ったのが、武闘会に参加した所以(ゆえん)だった。

 2度目にして初の優勝して以来、その座は未だに掴めぬが、全ての大会において優秀な成績を収めている。

 今となって、この界で私の名を知らぬものなどいない。皆、私を畏れ、(ひれ)()し、そしてその名を崇めるのだ」


 ゾルが小型杖(スティック)を持った手を観衆に向けてあげると、大きな声援が上がる。



「そうですか」


 ツルハはそれだけ言うと、防御布を巻いた剣を構えた。

 そのツルハの姿を見ると、アルフィーの苦く歯を噛んでいた顔は、ふっと笑んだ。


(この勝負。姫の勝ちですね)



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