コロシアム2
開式の挨拶が始まったのか、石の天井を伝わって、雑音のような騒音が聞こえて来た。
闘技場の薄暗い地下では、自身の出番を待つ闘士たちが、様々な顔を見せ、その息を吹いていた。
狂気染みた興奮の笑みを漏らす者。冷静な眼差しで石の椅子に腰を下ろし、待つ者。どこか怯えた様子で挙動不審に瞳をあちこちに巡らす者。
そこには10数人ほどの参加者たちが、まるで囚人のように収められていたが、どこを見ても男ばかりで、同性の姿は見えなかった。
そんなツルハのことを、男達は物珍しそうに、そしてどこか小馬鹿にしているような眼差しで見つめていた。
「なんだ、女みたいな顔しやがって。お前もこの大会に出るのか?」
腰に鎖鉄球を装備した若い男が、ニタニタしながら言うと、ツルハは堂々とした態度で返した。
「そうですけど」
「へへっ、やめとけ、やめとけ。お前みたいな貧弱な奴が出ても、この一試合目で死んじまうだけだぜ」
男が今にも笑いだしそうな顔で言うと、ツルハはその言葉にピクリと反応した。
「なんですって? この催しは、死者が出ることはないと、そのようになっているはずです」
ツルハが少し驚いた様子で言うと、男はゲラゲラと笑った。
「やっぱりバカだ、お前は。確かにこの大会じゃあ、相手を殺すことは禁じられている。得物も刃に防御布を巻いたり、俺みたいに突起を外した武器で戦う。
だが、それは悪魔でも意図的に殺した場合だ」
ツルハはその言葉にゾッとした。
そしてひんやりしたものが胸の内で溶けると、男に対して溶岩のように煮えたものが湧き上がって来た。
「つまりだ。事故でたまたま死んじまった場合は、お咎めなしって訳だ。
分かるか?
俺は何度か、この町の武闘会に参加しているが、俺に当たる連中は皆不運でな。打ち所が悪くて、中には頭部がトマトみたいに潰れちまう奴もいるんだ。
きっと今回の大会でも、俺に当たる奴は皆不運になんだろうな――」
その男の足が地からは離れると、その密室にドオッとざわめきが走った。
少女は男の首根っこを掴み上げ、ギチギチと手から血管が浮き出ていた。
「この人でなしッ!! お前みたいなやつは、ここにいる資格はない!!」
少女の怒声が走ると、周囲の男達は肩を震え上がらせた。
少女の目は赤い光を帯び、業火の目の前にいるような恐怖が身に走ってきた。
「やめておけ」
冷や水のような声がその煮えた空気に飛び込んでくると、少女はその力が抜けた。
部屋の扉が開き、遅れて入って来た最後の参加者の男は、開戦をおっぱじめた少女に言うと、石の椅子に腰を据えた。
その男の顔を見ると、ツルハはハッとした。
真夜中のように黒い容貌。月のような色の瞳。
あの時の男だ。
男の姿を見ると、周囲の男達は、別のざわめきを漏らしだした。
「黒い髪、黒い衣、そしてあの大剣……」
「鬼王だ……、間違いねェ、あの鬼王だ」
驚いた声が次々と漏れる中、鬼王と言われた男は、息をつくと、その黄色い眼差しをツルハに向けた。
「その手、放してやれ」
大きな狼に睨まれたような感じだった。
ツルハはその手をバッと放すと、男は「グエッ」と床に落ちた。
「ぜぇ……ぜぇ……、クソ、この女ッ!」
男が今にもツルハに殴りかかろうとすると、あの声が男を制しする。
「こんな狭めェ場所で暴れるな。お互い、やり合う機会なら、少なくとも今日はねェだろうが、勝ち残っていけば、この大会中いくらでもある。
私情の決着なら上で着けろ」
男が言うと、若い男はその拳をグッと抑え、ツルハに舌打ちをすると渋々退き下がった。
「おい、そこの」
鬼王の目がギロリとツルハに向けられると、ツルハはビクッとした。
しかし、その恐怖を見せまいと、
「何よ」
そう強い声で返すと、鬼王は言った。
「この町の大会は、ここにいる、カーラーみたいに平気で人を殺す奴もいる。そういう場所だ。
もし命が惜しいなら、諦めてその尻を引っ込めるんだな」
男の言葉は、胸の内に静まっていた怒りの炎を少し呼び醒ました。
ツルハは男の前に立つと、言った。
「貴方には、絶対に負けません」
ツルハが言うと、鬼王はその目をじっと暫く見ると、
「楽しみだな」
そう微笑んだ。
それと同時に、部屋の扉が大きく開かれると、案内人の男の声が飛んできた。
「これより第一試合を開始します。順次案内いたしますので、出番が来るまで、ここでお待ちください」
そう言うと、案内人は最初の出場者の名前を呼び、その男と共に部屋の外の光の中へと消えて行った。




