ツルハと少年3
茶色の家が見えると、ツルハはその足を止めた。
その雰囲気の違和感に、オズ達も気が付いたのだろう。
オズ達の目は、何が起こっているのか状況を探るような色を帯び、家の傍に見える何かに気が付くと、眉間に皺を寄せ、眉を尖らせた。
「さあ、今日こそこの場を退いてもらおうか。ダム」
鋼鉄の鎧を身に付けた屈強な体躯の男達に護られるように囲まれた、太った若い男が下衆な笑みを浮かべて言うと、ダムと呼ばれた老人は、男と老人を遮るように立っているアルフィーの背から、震えた声で応えた。
「もうやめてくだされ、フェルム様。ここは私だけでなく、子どもらにとっても大事な場所なのじゃ。
もう彼らには、両親との思い出はこの場所しかない。お願いです、どうかお考え直しを」
必死の声で老人が懇願するも、フェムルはその言葉を振り捨てるように叫んだ。
「だまらっしゃい! 一般民が大貴族のボクに逆らうつもりか!
良いか、ここの地は新しい闘技場を兼ねた区画に生まれ変わる。そうすれば、武人たちの戦い振りを見に訪れた者達から溢れんばかりの富を集めることができて、皆ハッピーになれるんだ!
この偉大な夢をお前は妨げるというのか!」
「その富は独り占めするつもりでしょうに……」
アルフィーがボソッと言うと、フェムルは小さな細い目で睨んだ。
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
アルフィーがプイッとそっぽを向いて答えると、悔しそうにフェムルは唸った。
「待て、この野郎ッ!!」
躍り出た声と共に、アルフィーと老人の間に小さな少年が割って入ると、少年はフェムルを指差して怒鳴った。
「ここはじいちゃんとオレ達の家だ! お前みたいなやつに、この家を渡すもんか!」
オズが叫ぶと、フェムルはギロリとオズを睨んだ。
「おい、このチビ。このボクが何者か分かっていないようだな?」
フェムルが腰に両手を当て見下ろしながら言うと、オズは負けじと叫んだ。
「バカ貴族だろ! この家が大切な場所だって何度言っても分からない、大バカ貴族だ!」
その言葉に思わず、フェムルの護衛の男達も笑いも漏らした。
「くぅぅぅぅ!」
フェムルは顔を真っ赤にすると、オズ達を指差し、
「おいお前ら! こいつらにボクの偉大さを分からせてやれッ!!」
フェムルが叫ぶと、男達は、ようやく出番か、という顔つきで腰や背に担いでいた武器を取り出した。
ツルハとアルフィーはすぐに武器を構えようとする――。
「お前たちなんて、恐くないぞ!」
ツルハ達の手が一度止まったのは、少年の姿を見た時だった。
オズは両手を大の字に広げて、歯を食いしばって叫んだ。
今にも泣きだしそうな顔だが、その目は瞬きをせず、強固な光を帯びていた。
「おい、小僧。そこどかねェと、痛い目に遭うぞ?」
「脅しなんかに乗るもんか! ここは退かない、絶対に退かないからなッ!」
オズの言葉に男は舌打ちをすると、
「後で後悔すんなよッ!」
男が勢いよく斧を振り下ろすと、オズは目をギュッと瞑った。
「……えっ?」
何かがぶつかる音に、そっと目を開くと、オズは驚いた顔をした。
白い衣を着た青年が、杖でその斧を防いでいたのだ。
「よくぞ言いましたね。それでこそ、立派な男ですよッ!」
アルフィーの杖に押され、男が体勢を崩すと、ツルハは男の真横から勢いよく体をぶつけた。
男は声を上げ、間抜けにはね飛ばされる。
「お前……」
まだ目を丸めているオズに、ツルハは笑みを向けた。
「大丈夫。私たちにも、お手伝いさせて」
ツルハが言うと、オズは強く頷いた。
「ってェな、この女!」
男が地面に落ちた斧を拾おうとすると、すぐ様にアルフィーは杖先で男の腕ごと払い、顔面に杖を打ち付けた。
男が気絶すると同時に、ツルハに剣を引き抜いた男が襲い掛かる。
ツルハはそれを間一髪避けて、背を向けると、距離をとるように離れる。
あの子たちを――オズ君たちを護りたい。オズ君達とおじいさんの大切な思い出を護りたい!
カタカタと腰に携えた剣が震えているのに気が付くと、ツルハはその柄を握った。
「お願い、力を貸して――ウォルンタス」
ツルハは鞘に収まった状態で剣を腰から抜くと、向き直り、男に構える。
ツルハの瞳は、淡い金色に輝いていた。
見える。
男の動きは乱れまくっている。呼吸は荒く、剣も握っている柄の部分にしか力が入っていない。
そこから繰り出される攻撃は手に取るように分かった。
男が大声と共に乱暴な一撃をツルハに振り落とすと、緩やかに映ったその攻撃はあっさりと回避された。
それと同時に反撃として足を払われると、男は前のめりになる。
「ぐふっ!?」
男のみぞおちにツルハは、鞘に納めた剣の一振るいをぶつけると、その衝撃に男は気を失い、その場に倒れた。
アルフィーも、残った2人の男の相手をしているが、見事な杖術に勝負は見えていた。
「ほう……」
フェムルの左右にいたうちの一人の男が腕を組みながら感心した声を漏らす。
「何をしている! 奴らを早く片づけぬか!」
すると、腕組をしている男の、もう一方の男が歩み出すと、ツルハの前に立ちはだかった。
「手加減はせぬぞ」
男は幅の広い剣を引き抜くと、ツルハに構えた。
男が、他の男達よりも強力な相手であることは、すぐに分かった。
空気の波に乗り、電撃のように伝わってくるビリビリとした感覚。
ツルハも剣を構え直すと、深く呼吸をした。
「では参るぞおッ!!」
男は何かを合図にしたように、威勢を叫びながら駆け出す。
――来る。最初の一撃は両断だ。
男が予測通り太刀を振り下ろすと、ツルハは男の左に跳んだ。
「ぐっ!」
男がツルハの動きに合わせた様に、鎧のついた肘打ちをすると、ツルハは剣でそれを防ぐ。
今目の前にいる少女は、できる奴だ。
両手で断ち斬ったにも関わらず、俺の利き手をそれだけで把握し、その死角へと避けた。
男は思わず笑みを溢した。
だが、それすらも俺は読むことができた。その時点で、俺の方が一手上回っていたな!
「所詮はその程度ということだ!」
男は体勢を崩したツルハに、利き腕だけで大きく剣を振るった。
女はこれで死ぬ。確実に胸に一撃が入る!
銀の三日月が大きく描かれると、男の表情は一変した。
少女はあり得ぬ反射力で、体を低姿勢に逸らし、その攻撃を凌いだのだ。
「なッ!?」
その声は、バカな! とでもいうような音だった。
「はあッ!」
ツルハはその勢いのまま、低姿勢から回し蹴りを男の顔面に食らわした。
男は、少女の足に二度叩きつけられる様に打たれると、へこんだ顔から何本か歯が飛んだ。
男はそのままドシャリと倒れると、ピクピクとしながら、他の男達のように気を失った。
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