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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
102/229

証の間5

 2つの瞳を冷酷に光らせながら、ゆっくりとその足音が鳴り出す。

 ガーラから少しでも距離をとろうと、ツルハは急いで地面を這いつくばるように体を動かす。


 不敵な笑い声を漏らしながら迫るガーラの体は、メキメキと音を立てながら、その変化を見せていた。

 剣に貫かれた腹筋の傷口は見る見るうちに塞がると、その皮膚を覆うように竜皮が寄せ集まっていく。

 目元にも棘のような小角が生えつつあり、さっきまでは無かった紅い尾が蛇のようにシュルシュルと動いていた。

 体躯の変化と共に、力も増していくのが分かる。

 まるで、無限に湧き続ける泉のような、底知れぬ力だ。


「……ッ痛」


 体を動かすたびに、その節々から熱い鉄を当てられたような激痛が走る。

 もはや戦える力など残っていない。

 しかし、目の前に迫って来る(まもの)から何とか逃れようと、体がもがく。


「フハハハッ! 先程までの()()の仕業だな」


「さっきまでの……?」

 ツルハは反射的に問いた。

 言い放った時は特に意識はしていなかったが、その直後に、これが少しでも時間稼ぎになればという思いが過った。

 幸運にも、その言葉は一度、ガーラの歩調を止めた。


「そうだ。我が目覚めてから、そう時は経っていない。我に意識が戻ってからというもの、憤懣(ふんまん)やるかたなしであった。

 我の肉体(からだ)を、別のものが――それもあろうことか人間が支配していようとは、これ程の侮辱が何処にあるという!

 我はすぐに、これはシャーナの仕業であると悟った。

 その人間は、我とは違う別の何かに闘志を向けているようだった。

 しかしそんなことは関係ない。我は自身の体を奪い返すのみ。そう考え、こうして人間の意識に打ち勝ち、我が身を取り戻したのだ!

 だが、いざ取り戻してみれば、何とも憐れな姿よ。このように、ひ弱に成り下がった躯体を、我らが王の御前にどうやって露わにすることができようか!」


 今にも話の勢いに身を任せ、襲い掛かってきそうな竜人に、ツルハは、なんとか話をつなごうと次の言葉を頭の中で絞り出そうとしていた。

 自身の身に余る怒りを怒鳴り散らす竜人から目を逸らさずも、その意識は竜人の気を少しでも逸らそうと、必死だった。


 ――全く、非効率的で無駄の限りの努力ね。


 突然、その声が聞こえると、ツルハは思わず肩を震わせた。

 どこかで聞いた、少女の声だ。


「誰?」


 その声の主を思い出そうとするも、その声はツルハの思考を遮るように続けた。


 ――声を出さないで。

 少しでも死に抗いたければ、私の言うことを良く聞きなさい。


 ツルハは熱演するガーラに気付かれないように、短く頷いた。


 ――今から貴方肉体に乗り移るわ。


「乗り移るって……!?」


 ツルハは思わず叫んだ口を慌てて塞いだ。

 ガーラにゆっくりと視線を返すも、ガーラはそれに気づいていない様子だった。


 ――次はもう言わないわよ。死にたくなければその口を事が済むまで閉ざしていなさい。

 良い? 今貴方が前にしている魔物は、ウォルンタスの剣がない貴方じゃ、とても太刀打ちできる相手ではないわ。だから、少しの間だけ、私が貴方の体を借りて、あいつを倒す。

 貴方がすることは至ってシンプル。その身を流れに委ね、失神しないこと。

 分かった?


 冷静な声だったが、どこか酷く、身がすくむような恐ろしい声だった。

 ツルハは2度頷くと、その声は、


 ――それじゃあ、借りるわね。



「む?」


 目の前の少女が突如立ち上がると、ガーラはようやくその声を絶った。

 さっきまで風前の灯火のようであった少女は、堂々と立ち上がり、その剣の先をこちらに向けてギラギラと光らせていた。


「ホウ。死に損ないが、我と殺り合おうと言うのか」


 少女は顔色一つ変えず、瞬きのない静かな眼光を向け続けている。


「……小癪なあア!!!」


 ガーラの逆鱗に触れたのか、威きりたち、ガーラは大きくその爪を振るう。

 景色が歪んだ。

 空気が切り裂かれたのだ。

 歪んだ景色にその爪痕が残るのを見るも、ガーラが眉を上げる。


 少女が大きく宙へ逃れたのに気が付いたのは、そのすぐ後だった。

 大きな蹴り下ろしが顔面に落ちると、ガーラは思わず声を漏らす。


「クッ……オノレエエエエエエエ!!!!」


 怒りの余り雄叫びと化した声に、少女は応戦する構えを取った。

 横振り、振り下ろし、振り上げ、十字斬り。

 一瞬の瞬きも許されない、その猛攻の全ては、悍ましい程俊敏なものだった。


 その眼を通して、()()()はその光景を見つめていた。

 

 不思議な気分だ。

 その視界は確かに自分のもの、自分が見ている景色であるはずなのだが、まるで他者の視界を通して見ているようだった。

 足や腕の筋肉だけでない。その呼吸、拍動も、全てが我が身ではない不思議な感覚に圧倒されていた。

 全身の痛みと疲労感は完全に消失していた。

 自分の体でないように、全身が軽い。

 しかし、それを動かしているのは自分ではない。

 別の何かが、その剣を手に持ち、竜人(ガーラ)と見事な戦いをしているのだ。


 ガーラの猛攻の一瞬の隙、少女の剣が閃光のように走ると、ガーラは胸元を突かれたその勢いに大きく後ろへ飛ばされた。

 砲弾のような強風を浴びながら突き飛ばされると、ガーラは首を振った。


 初めて前にした死に損ないとは明らかに違う。

 誰だ……誰と我は戦っている?


 剣を振るい、構え直す少女の冷たい眼光が目に映ると、ガーラはハッとした。

 何ものも恐れず、自らを生きとし生けるもの達の王と称する、傲岸な眼。(たと)えそれが、あらゆるものから恐れられ、崇められる竜であろうとも、我が目の下とする、憎らしき光。

 溶岩のように湧きあがって来る憎悪と共に、()()()が浮かび上がると、ガーラはその名を口にしようとする。


 しかし、その視界は一瞬で闇に閉ざされた。


 最後に見えた白い一直線の光に、両目が焼かれたように激痛が走ると、ガーラは悶えた。


「ウオオオオオオオッ!!! 目が、目がアアアアアアッ!!!」


 少女は目にも止まらぬ速さで、その両目を断ち切ると、ガーラは見えぬ敵にがむしゃらに爪を振るった。

 その闇の中で、殺意の塊のような気配に身が気付く。

 それと同時に、自身の死を悟った。しかし――


「シャアアアア"ア"ア"

 ナアアアアア"ア"ア"ア"ア"ア"――ッ!!!」


 その怨嗟を、呪うように上げながら、その殺意の塊に爪牙の先を向ける。

 しかし、その爪はその身に届くことはなかった。

 剣を捨てた少女は、その爪の先を金色に光らせると、猪の如く向かって来る竜人に大きく一振りした。


 5つの黄金の爪痕が、竜人の体に走ると、砕かれた岩石のように竜皮のかけらが舞った。


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