証の間4
「ぐっ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
竜人は口を大きく開いたまま、しばらく硬直した後、腹底から噴き出すように甲高い悲鳴を轟かせた。
ツルハの剣が貫いた筋肉からは赤黒い血が噴き出し、ツルハがそれをゆっくりと抜くと、2人はピンと張った糸が切れたようにその場に倒れた。
地面の冷たさが肌にじんわりと伝わってくると、荒れた呼吸の音と、大量の汗の感覚が、重石のような疲労と一緒に一気に返ってくる。
「……剛健な竜の肉を持ってしても、人の脆さは捨てきれぬままだったか」
荒い息と共に、膝をつき、腹部を抑える竜人から声が聞こえると、ツルハはその視線だけを向けた。
「見事だ……、乙女よ。その剣技には勝ったが、武人としては貴様には敵わなかった」
「……教えて、あなた達は……一体何者なの?」
声を振り絞るようにツルハが問うと、竜人はその瞳を上げた。
しかしその瞳が再び地へ下がると、竜人は首を横に振った。
「ぐッ……!?」
その瞬間だった。
竜人が突然苦しみ、もがき出すと、ツルハは思わず体を起こした。
「どうしたの……!?」
突然のことにパクパクとしていた口から、言葉がようやく出る。
ツルハの声に、陸にあげられた魚のように苦しむ中、竜人の目が再びツルハを見上げると、掠れた声が聞こえた。
「逃げ――……」
その声が消えるように薄くなると、空気を裂くような絶叫が竜人から上がった。
その声に、ツルハは思わず両耳を塞いだ。
空気が振動し、周囲の景色が大きくブレる。
その強烈な悲鳴が言葉を帯び始めると、それは最後にははっきりと聞こえた。
「シャーナアアアアアアア"ア"ア"ア"ア"ッ!!!」
轟雷のように響いた叫びの勢いに、ツルハは思わず尻をひきずり退く。
竜人の瞳は琥珀色から業火のような色に変わっていた。
「どこだあアアア"ア"! シャーナアアア"ア"ッ!!
我をこのような処に監禁しおって、許さぬぞおおおオオオ"オ"!!!」
噴き出す岩漿のような声に、ツルハは瞬時に、その声の主がさっきまで話していた武人とは異なることを悟った。
その瞋恚の眼がようやくツルハに気が付くと、竜人は片方の瞼を大きく上げた。
「ぬ?
ハッハア! そんな処におったか、汚らわしい魔獣たちの小王が!
竜族の誇る三紅将が一柱、このガーラに働いた不逞……その身を持って後悔するが良い!!」
竜人が指を差し声高らかに言うと、ツルハは思いっきりに首を横に振った。
「まっ……、待って! 私はシャーナじゃないわ!」
ツルハが手も首も振り、全身で否定すると、ガーラと名乗る竜人は、首を傾げた。
「なぬ? 貴様、シャーナではないだと?」
ツルハが何度も強く頷くと、竜人はツルハをまじまじと見つめた。
「……なるほど。あの女郎にしてはその覇気も魔力も伝わらぬ。貧弱なその体、真正の人間か?
待てよ……そもそも何処だ、ここは? 我は奴に敗れ、地底の牢獄に捕らえられていたはず。それに我のこの身体……」
竜人は自身の体のあちこちを戸惑ったように見回すと、その眼光は再びメラメラと炎を宿し始めた。
「何だ……、なんだこの人間の如き脆弱な体は?! 気高き強靭な我が肉体はどこへと消え失せた!?」
「……あなたは一体誰なの?」
嚇怒に狂う竜人にツルハが問うと、竜人はその勢いのままに答えた。
「我は竜族の三紅将が一柱、ガーラ。傲岸不遜極まる畜生の王シャーナの、目に余る不届きの数々を裁くためにこの世へ馳せ参じた。
奴は戦いに敗れた我を捕らえ、生き恥を晒させた下郎。必ずやその首を討ち取り、我らが王への供物として持ち帰ろうぞ!」
「畜生の王……?
まさか――!」
畜生。それが獣如いては魔獣たちを指していることに気が付くと、電気のように思考の光が頭の中を駆けた。
魔獣の王シャーナ・クノーティス。七帝たちの中で特に強力な魔物の一柱であり、忌み嫌われ恐れられるその名が浮かぶと、ツルハは目を丸めた。
「む? なんだこの声は?」
(声……?)
ツルハは耳を澄ませるも、広間を抜ける風音と、自身の乱れた呼吸以外、その音は聞こえない。
しかしガーラは何者かを探すように、天を仰いだ。
「誰だ貴様は? 我をガーラと知っての無礼か!?」
見えない声の主に、ガーラが怒声を響かせると、その途端、ガーラの目つきは変わった。
「……なぬ?」
その視線がツルハに向けられると、ガーラは問うように呟いた。
「この小童を殺せば、シャーナに会わせると言うのか?」
その言葉に、ツルハは空気が変わる気配を感じた。
先程まで関心の薄かった眼の色が、色濃くツルハを見つめると、竜人はニヤリとした。
「良かろう。貴様が何者か分からぬが、舐められたものだ。
このような小童など一捻りにしてくれようぞ」




