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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
101/229

証の間4

「ぐっ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 竜人は口を大きく開いたまま、しばらく硬直した後、腹底から噴き出すように甲高い悲鳴を轟かせた。

 ツルハの剣が貫いた筋肉からは赤黒い血が噴き出し、ツルハがそれをゆっくりと抜くと、2人はピンと張った糸が切れたようにその場に倒れた。

 地面の冷たさが肌にじんわりと伝わってくると、荒れた呼吸の音と、大量の汗の感覚が、重石のような疲労と一緒に一気に返ってくる。

 

「……剛健な竜の肉を持ってしても、人の脆さは捨てきれぬままだったか」


 荒い息と共に、膝をつき、腹部を抑える竜人から声が聞こえると、ツルハはその視線だけを向けた。


「見事だ……、乙女(おなご)よ。その剣技には勝ったが、武人としては貴様には敵わなかった」


「……教えて、あなた達は……一体何者なの?」


 声を振り絞るようにツルハが問うと、竜人はその瞳を上げた。

 しかしその瞳が再び地へ下がると、竜人は首を横に振った。


「ぐッ……!?」


 その瞬間だった。

 竜人が突然苦しみ、もがき出すと、ツルハは思わず体を起こした。


「どうしたの……!?」


 突然のことにパクパクとしていた口から、言葉がようやく出る。

 ツルハの声に、陸にあげられた魚のように苦しむ中、竜人の目が再びツルハを見上げると、掠れた声が聞こえた。


「逃げ――……」


 その声が消えるように薄くなると、空気を裂くような絶叫が竜人から上がった。

 その声に、ツルハは思わず両耳を塞いだ。

 空気が振動し、周囲の景色が大きくブレる。

 その強烈な悲鳴が言葉を帯び始めると、それは最後にははっきりと聞こえた。


「シャーナアアアアアアア"ア"ア"ア"ア"ッ!!!」


 轟雷のように響いた叫びの勢いに、ツルハは思わず尻をひきずり退く。

 竜人の瞳は琥珀色から業火のような色に変わっていた。


「どこだあアアア"ア"! シャーナアアア"ア"ッ!!

我をこのような処に監禁しおって、許さぬぞおおおオオオ"オ"!!!」


 噴き出す岩漿(がんしょう)のような声に、ツルハは瞬時に、その声の主がさっきまで話していた武人とは異なることを悟った。

 その瞋恚(しんい)の眼がようやくツルハに気が付くと、竜人は片方の瞼を大きく上げた。


「ぬ? 

 ハッハア! そんな処におったか、汚らわしい魔獣たちの小王が!

 竜族の誇る三紅将(さんぐしょう)が一柱、このガーラに働いた不逞(ふてい)……その身を持って後悔するが良い!!」


 竜人が指を差し声高らかに言うと、ツルハは思いっきりに首を横に振った。


「まっ……、待って! 私はシャーナじゃないわ!」


 ツルハが手も首も振り、全身で否定すると、ガーラと名乗る竜人は、首を傾げた。


「なぬ? 貴様、シャーナではないだと?」

 ツルハが何度も強く頷くと、竜人はツルハをまじまじと見つめた。


「……なるほど。あの女郎(めろう)にしてはその覇気も魔力も伝わらぬ。貧弱なその体、真正の人間か?

 待てよ……そもそも何処(どこ)だ、ここは? 我は奴に敗れ、地底の牢獄に捕らえられていたはず。それに我のこの身体……」


 竜人は自身の体のあちこちを戸惑ったように見回すと、その眼光は再びメラメラと炎を宿し始めた。


「何だ……、なんだこの人間の如き脆弱な体は?! 気高き強靭な我が肉体はどこへと消え失せた!?」


「……あなたは一体誰なの?」

 嚇怒(かくど)に狂う竜人にツルハが問うと、竜人はその勢いのままに答えた。


「我は竜族の三紅将が一柱、ガーラ。傲岸不遜極まる畜生の王シャーナの、目に余る不届きの数々を裁くためにこの世へ馳せ参じた。

 奴は戦いに敗れた我を捕らえ、生き恥を晒させた下郎。必ずやその首を討ち取り、我らが王への供物として持ち帰ろうぞ!」


「畜生の王……?

 まさか――!」


 畜生。それが獣如いては魔獣たちを指していることに気が付くと、電気のように思考の光が頭の中を駆けた。

 魔獣の王シャーナ・クノーティス。七帝たちの中で特に強力な魔物の一柱であり、忌み嫌われ恐れられるその名が浮かぶと、ツルハは目を丸めた。


「む? なんだこの声は?」


(声……?)


 ツルハは耳を澄ませるも、広間を抜ける風音と、自身の乱れた呼吸以外、その音は聞こえない。

 しかしガーラは何者かを探すように、天を仰いだ。


「誰だ貴様は? 我をガーラと知っての無礼か!?」


 見えない声の主に、ガーラが怒声を響かせると、その途端、ガーラの目つきは変わった。


「……なぬ?」

 その視線がツルハに向けられると、ガーラは問うように呟いた。


「この小童を殺せば、シャーナに会わせると言うのか?」

 その言葉に、ツルハは空気が変わる気配を感じた。

 先程まで関心の薄かった眼の色が、色濃くツルハを見つめると、竜人はニヤリとした。


「良かろう。貴様が何者か分からぬが、舐められたものだ。

 このような小童など一捻りにしてくれようぞ」


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