証の間3
落ち着いて。
中型人形との戦い方を思い出すの。
ツルハは深く息を吸った。
ウォルンタスの剣が無いのは確かに心もとない。
竜人の言う紅蓮の戦士や、サニアの森の馬型魔物たちを倒せたのは、ウォルンタスの剣があったからこそ。
だけど、あの剣がなくても、中型人形やさっきの門番に私は立ち向かうことができた。
それは、あの時の、そしてそれまで一緒に頑張って来た、皆の支えがあったから――!
桃色の髪の瞳から、微かな揺らめきが完全に消えると、竜人はわずかに鳥肌を覚えた。
さっきまで怖気づいていた軟弱な気配が治まった。
少女から放たれるビリビリとした勢いに、竜人の刃が一瞬震える。
――この乙女、やはり。
「……来い!!」
竜人が叫ぶと、ツルハは雄叫びをあげながら竜人に突進する。
大きく剣が振られると、刃同士の鋭い金属音と光が放たれる。
ツルハの剣が竜人の剣を滑るように抜けると、竜人は短く、強い一振りを放つ。
ギンッ!!
間一髪、その振りをツルハの剣は防いだ。
(見事、実に見事! 今の一撃を防ぐほどの瞬発力!)
竜人は腹の底から沸き上がる興奮に筋肉を震わせた。
2,3連撃。竜人の風を斬るように素早く、重たい斬撃を浴びせられると、ツルハは大きく後退した。
手元から肘、そして頬に赤い軌跡が熱を帯び走る。
しかしその痛みにさえ、ツルハは気が付いていなかった。
竜人の剣撃、その1つ1つは一切の無駄がない。
1つでも見逃してしまえば、致命傷を負うことになるだろう。それを見切ることに、ツルハは全ての意識をその竜人の動きに向けていた。
呼吸は荒れている。
しかし、その体の疲労さえ忘れさせるほどの集中力に、ツルハの眼光は闇夜の一等星のように輝いていた。
「はあああああああッ!!」
1秒にも満たない間だったが、竜人はその瞳に魅せられた。
「ぬっ……お!」
僅かに遅れた動きに、竜人の剣は、ツルハから振られた剣に押される。
ツルハはその機会を見逃さなかった。
息を強く吐く音と共に、短く、力強い斬撃が竜人に繰り出される。
ツルハの剣の振りは、お世辞にも腕の立つものとは言えなかった。
その攻撃の形は浅く、ブレもある。
普通であれば、ツルハは既に竜人の剣にその首を斬り落とされているところだ。
しかし、ツルハは気付いていなかった。
その心から全身を越えて放たれる覇気。その勢いに竜人が呑み込まれつつあったことに。
竜人はツルハの剣の嵐が鎮まる一瞬、鋭く突く。
少女の姿が前方から消えると、突き出した剣の下に、姿勢を低くした少女の姿が映った。
――いける!
ツルハがその隙を突こうとした瞬間、竜人はツルハの顎を蹴り上げた。
そのまま背を反るように宙に突き上げられ、地面に叩きつけられる。
倒れた少女の姿を見ると、竜人は剣の構えを一度解いた。
一瞬でも私を震わせたその身から放たれる覇気、実に見事だ。
だが、その気に身体が全くついて来ていない。
全ての攻撃には間隙があり、その思考も浅い。
だからこそ、今のような機会も次に繋げることができず、私に反撃の機会を与えてしまった。
この乙女の精神は強い。だが果たして、勇者と呼べるほどのものであろうか――?
剣を交える中、芽生えた疑問に、竜人は大きく息を吐いた。
その身に電光が走ったような感覚を覚えたのは、その直後だった。
倒れていた少女に、意識が向くと、その少女は既に立ち上がり、剣先をこちらに向けていた。
――馬鹿な。
さっきまで腹への蹴りで悶えていたような者が、立ち上がり、意識を保っているだと?
手を抜いた一撃ではない。僅かな防御を取っていたとしても、その顎から頭部にはそれなりのダメージは与えたはず。
脳はその振動で、意識の消失までは行かずとも、変調は起きているはず。
そんな中、立ち上がり、私に向けて剣をまだ構えているだと……!!
ツルハの奥歯は何本か抜けていた。
口元からは血が小滝のように流れ、転倒した衝撃で至る所にできた擦り傷からは血が滲んでいる。
視界も霞んでいた。
だが、ツルハには、その痛みすら届いていなかった。
必ず奴を倒す。倒して、絶対に皆の処へ帰る――
その思いだけが、ツルハの体を突き動かしていた。
ツルハが駆け出すと、竜人もハッとし、応戦の構えを取る。
速い。
その一撃目は、この戦いの中で最も素早い一撃だった。
ツルハの刃が竜人の腹部を掠める。
(こやつ……ッ!!)
ツルハの狙いは、竜人の腹部だった。
竜皮に覆われた部分は、どんな攻撃も受け付けることはない。だが、人間の皮膚で覆われた腹部であれば、その剣は通るはず。
竜人はすぐに腹部を守るように構えを直す。
しかし、その構えをさせまいと、ツルハの連撃が竜人に襲い掛かった。
竜人はただ、その剣でツルハの剣を防ぐことしかできなかった。
腹部を守ろうとする構えも浅く、ツルハの剣の嵐に、反撃する隙も見いだせない。
耐えろ、耐えればすぐにこの乙女にその勢いの尽きが来る。
そうすれば――
「ぐぬッ……!」
竜人の視界が一度真っ暗になった。
目眩……? 否、なんだ、今のは……?
心臓の鼓動音と共に、一度闇に落ちた視界に、その精神が戸惑う。
そして、その琥珀色の眼光がハッとした時、それはツルハの瞳に吸い込まれた。
時間が止まった様に、その眼光が色濃く映ると、竜人は息をするのも忘れた。
しくじった――
その言葉が脳裏に響くと、ツルハの剣は深く、竜人の腹筋を貫いた。




