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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
100/229

証の間3

 落ち着いて。

 中型人形(リトル・ゴーレム)との戦い方を思い出すの。


 ツルハは深く息を吸った。


 ウォルンタスの剣が無いのは確かに心もとない。

 竜人(かれ)の言う紅蓮の戦士(グレンダ)や、サニアの森の馬型魔物(ロッソ)たちを倒せたのは、ウォルンタスの剣があったからこそ。

 だけど、あの剣がなくても、中型人形やさっきの門番に私は立ち向かうことができた。

 それは、あの時の、そしてそれまで一緒に頑張って来た、皆の支えがあったから――!


 桃色の髪の瞳から、微かな揺らめきが完全に消えると、竜人はわずかに鳥肌を覚えた。


 さっきまで怖気づいていた軟弱な気配が治まった。

 少女から放たれるビリビリとした勢いに、竜人の刃が一瞬震える。


 ――この乙女(おなご)、やはり。


「……来い!!」


 竜人が叫ぶと、ツルハは雄叫びをあげながら竜人に突進する。

 大きく剣が振られると、刃同士の鋭い金属音と光が放たれる。

 ツルハの剣が竜人の剣を滑るように抜けると、竜人は短く、強い一振りを放つ。


 ギンッ!!


 間一髪、その振りをツルハの剣は防いだ。


(見事、実に見事! 今の一撃を防ぐほどの瞬発力!)


 竜人は腹の底から沸き上がる興奮に筋肉を震わせた。

 2,3連撃。竜人の風を斬るように素早く、重たい斬撃を浴びせられると、ツルハは大きく後退した。

 手元から肘、そして頬に赤い軌跡が熱を帯び走る。

 しかしその痛みにさえ、ツルハは気が付いていなかった。

 竜人の剣撃、その1つ1つは一切の無駄がない。

 1つでも見逃してしまえば、致命傷を負うことになるだろう。それを見切ることに、ツルハは全ての意識をその竜人の動きに向けていた。

 呼吸は荒れている。

 しかし、その体の疲労さえ忘れさせるほどの集中力に、ツルハの眼光は闇夜の一等星のように輝いていた。


「はあああああああッ!!」


 1秒にも満たない間だったが、竜人はその瞳に魅せられた。


「ぬっ……お!」


 僅かに遅れた動きに、竜人の剣は、ツルハから振られた剣に押される。

 ツルハはその機会を見逃さなかった。

 息を強く吐く音と共に、短く、力強い斬撃が竜人に繰り出される。


 ツルハの剣の振りは、お世辞にも腕の立つものとは言えなかった。

 その攻撃の形は浅く、ブレもある。

 普通であれば、ツルハは既に竜人の剣にその首を斬り落とされているところだ。

 しかし、ツルハは気付いていなかった。

 その心から全身を越えて放たれる覇気。その勢いに竜人が呑み込まれつつあったことに。


 竜人はツルハの剣の嵐が鎮まる一瞬、鋭く突く。

 少女の姿が前方から消えると、突き出した剣の下に、姿勢を低くした少女の姿が映った。


 ――いける!


 ツルハがその隙を突こうとした瞬間(とき)、竜人はツルハの顎を蹴り上げた。

 そのまま背を反るように宙に突き上げられ、地面に叩きつけられる。


 倒れた少女の姿を見ると、竜人は剣の構えを一度解いた。


 一瞬でも私を震わせたその身から放たれる覇気、実に見事だ。

 だが、その気に身体が全くついて来ていない。

 全ての攻撃には間隙があり、その思考も浅い。

 だからこそ、今のような機会も次に繋げることができず、私に反撃の機会を与えてしまった。

 この乙女(おなご)の精神は強い。だが果たして、勇者と呼べるほどのものであろうか――?


 剣を交える中、芽生えた疑問に、竜人は大きく息を吐いた。

 その身に電光が走ったような感覚を覚えたのは、その直後だった。

 倒れていた少女に、意識が向くと、その少女は既に立ち上がり、剣先をこちらに向けていた。


 ――馬鹿な。

 さっきまで腹への蹴りで悶えていたような者が、立ち上がり、意識を保っているだと?

 手を抜いた一撃ではない。僅かな防御を取っていたとしても、その顎から頭部にはそれなりのダメージは与えたはず。

 脳はその振動で、意識の消失までは行かずとも、変調は起きているはず。

 そんな中、立ち上がり、私に向けて剣をまだ構えているだと……!!


 ツルハの奥歯は何本か抜けていた。

 口元からは血が小滝のように流れ、転倒した衝撃で至る所にできた擦り傷からは血が滲んでいる。

 視界も霞んでいた。

 だが、ツルハには、その痛みすら届いていなかった。


 必ず奴を倒す。倒して、絶対に皆の処へ帰る――


 その思いだけが、ツルハの体を突き動かしていた。

 ツルハが駆け出すと、竜人もハッとし、応戦の構えを取る。


 速い。

 その一撃目は、この戦いの中で最も素早い一撃だった。

 ツルハの刃が竜人の腹部を掠める。


(こやつ……ッ!!)


 ツルハの狙いは、竜人の腹部だった。

 竜皮に覆われた部分は、どんな攻撃も受け付けることはない。だが、人間の皮膚(かわ)で覆われた腹部であれば、その剣は通るはず。

 竜人はすぐに腹部を守るように構えを直す。

 しかし、その構えをさせまいと、ツルハの連撃が竜人に襲い掛かった。

 竜人はただ、その剣でツルハの剣を防ぐことしかできなかった。

 腹部を守ろうとする構えも浅く、ツルハの剣の嵐に、反撃する隙も見いだせない。


 耐えろ、耐えればすぐにこの乙女(おなご)にその勢いの尽きが来る。

 そうすれば――


「ぐぬッ……!」


 竜人の視界が一度真っ暗になった。

 目眩……? 否、なんだ、今のは……?


 心臓の鼓動音と共に、一度闇に落ちた視界に、その精神が戸惑う。

 そして、その琥珀色の眼光がハッとした時、それはツルハの瞳に吸い込まれた。

 時間が止まった様に、その眼光が色濃く映ると、竜人は息をするのも忘れた。


 しくじった――


 その言葉が脳裏に響くと、ツルハの剣は深く、竜人の腹筋を貫いた。


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