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ツルハと少年1

 それは、広大な緑の中を、歩いていた時のことだった。


「すまないね、お二人さん」


 林の傍の平屋に着くと、老人は2人の旅人に感謝を告げた。


「いいえ」


 穏やかな春のように薄い紅色をした髪の少女は首を振ると、その隣にいた青空を映したような男も微笑を返した。


「あ、じいちゃんだ!」

 

 外の話し声に気が付き、丸太を重ねた扉が勢いよく開くと、そこには幼い2人の子どもが童顔をのぞかせていた。

 一人はとても腕白そうな顔の少年で、それよりも一回り幼い少女がその後ろから、恥ずかしそうな顔をちらつかせている。


「おお、オズとマノか」


 老人は垂れた白髪の眉を上げると、孫たちに旅人たちを紹介した。


「こちら、ツルハさんとアルフィーさんじゃ。町から帰る途中足を痛めてしまった所を。ここまで送ってくださったんじゃよ」


「こんにちは」


 紹介されたツルハは、優しい笑みを2人に向けると、少年は緊張したような、しかし威張ったような顔で、挨拶を返した。

 それに続き、少女の方もそっと顔を見せ、小さな声で「こんにちは」と消えそうな声を出した。


「まあ上がって下され。何も特別なことはできませぬが、是非ここで旅の疲れを癒して下されば……あいたたた」


「だ、大丈夫ですか?」


 ツルハが老人を支えようとすると、それを遮るように家から飛び出して来た男の子がツルハに触らせまいとするようにその腕を取った。


「お前、あの貴族の仲間だろ!」


 男の子の突然の言葉にツルハは眉を上げた。


「とぼけたって無駄だ! じいちゃんに恩を着せて、オレたちをここから追い出すつもりなんだ!」


 少年が睨みつけながら、まだ声変わりをしていない声で怒鳴ると、老人はそれを叱責した。


「何をバカなことを言うんじゃ、オズ。この方達がそんなことをするわけがないじゃろう」


「けどこいつら――」


 オズはツルハ達を指差しながら言うと、老人はさっきよりも強い声で少年の名前を言った。

 しばらく黙り込むと、少年はどこかに駆け出してしまう。


「あっ、オズ!」


 少年の後を追う少女に続き、手を伸ばしたツルハが追いかけようとすると、老人はそれを止めるように言った。


「気になさるな。いつものことじゃ。

 さあ、まずは家の中へ上がって下され」


 ツルハは少年のことが気になったが、老人に勧められると、木造づくりの家に足を踏み入れた。



     ***



 老人は淹れ立てのお茶を器に注ぐと、アルフィーとツルハに差し出した。


「ありがとうございます」


 ツルハとアルフィーが礼を言い、その器の縁を口へ運ぶと、草花の良い香りが優しく鼻に触れた。


「これは、薬草茶ですね」


 アルフィーが言うと、老人は微笑んで頷いた。


「この地方で採れる、フラメランの草花(:赤い花を咲かせる野花。疲労に効くといわれている)を煮だした物じゃ。お味はどうですかな?」


「凄く美味しいです」


 ツルハがそう言うと、それは良かったと老人も器をもう一度口へ運んだ。


「あの、さっきオズさん達が言っていたことは……」


 ツルハがふと老人に訊くと、老人は眉を垂らした。


「気を悪くなさらんで下さい。

 実はここは、もうじき土地を開発され、住めなくなってしまうのじゃ」


「土地を開発?」


 アルフィーが老人の言葉を繰り返すと、老人は頷いた。


「この近くに、アルンベルンという大きな町がありましてな。その町を治める大貴族様が、その領地をここまで拡大したいと(おっしゃ)っておるんじゃ」


「アルンベルンの町?」


 ツルハが訊くと、アルフィーが説明した。


「アルンベルンの町は、闘技場(コロシアム)で発展した大都市です。その町は、どこの町にも属さず独自の自治を行っている、比較的新しい町なのですが、最近になって、その長が代わったと聞いています。それ以来、あまり良い話というものを耳にしたことがないのですが」


 アルフィーが老人の顔を見ると、老人は頷いた。


「アルンベルンの町を治めていた貴族、ターコイス家の当主様が亡くなり、その息子フェムル様がその町の長を引き継いだのはちょうど1年前になります。

 フェムル様が当主になってからというもの、アルンベルンは闘技場で賑わい、その名を馳せ、より大きな町へと発展を遂げました。ですがその裏では、課された重税により町民が苦しみ、貧富の差が拡大しつつあると聞いております。

 そして1ヵ月程前、フェルム様は複数の御付きの者を連れ、ここを訪ねて参りました。

 そして、こう告げたのです。


 "我らは此度(こたび)、町の規模を拡大することとなった。この土地は、その開発領域に含まれる。今すぐにこの土地を明け渡し、別の地へ移れ"、と」


「ひどい……」


 ツルハは怒りを滲ませた。

 老人は、茶の入った器を除け、机上で指を組むと、息を漏らした。

 それは、とても力の無い、息だった。


「ここは、私が生まれ、今は亡き娘のアルハとその婿と共に暮らし、そしてオズ達にとって思い出の場所でもある家じゃ。

 そう簡単に手放すまいと、これまで何度もフェムル様に諦めるよう、その依頼を拒んで来た。

 じゃが、わしももう歳じゃ。フェムル様は今度退かねば、力づくで追い出すおつもりじゃ。

 わしはともかく、あの子らに何かあれば、わしはとても耐えられぬ」


 そう言うと、老人は茶を飲み干した。


読んで下さり、ありがとうございます。

本日はもう3話アップ予定です。

少しでも先が気になる、面白いと思って頂けたら、ブクマ、下記の☆☆☆☆☆より評価の程宜しくお願いします!

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