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前編

今回はSFに挑戦です。

世界観を楽しんで頂ければ幸いです。

 時は西暦2180年。


 地球は、ペンギン達の楽園となっていた――

 

 



 時代劇のオープニングのような、妙に芝居がかった喋り口調で年表を指差す教師を、頬杖をついて見つめる少年。


 モニターの光で照らされた少年の顔は如何(いか)にも退屈といった表情だが、それを咎める者はいない。



 21世紀初頭は温暖化の懸念が叫ばれていた地球環境。それが急転し氷河期のようになって、もはや久しい。

 はっきりとした原因は未だにわかっておらず、世界中の学者達の中でも意見が様々に分かれている。



 そして、いくら科学技術が発達したとはいえ、寒いものは寒い。なんといったって、氷河期なのだ。



 都市ごと地下シェルターに移住するなどという計画も世界各国であったが、主に費用的な問題が大きく立ちはだかり、実験都市がいくつか出来た程度でほとんどが頓挫(とんざ)。出来た都市の方の成果も、かんばしくない。

 

 従来型の都市に住まう人々は外に出る機会がめっきり少なくなり、学校の授業さえ自宅でオンライン受講するのが珍しくなくなっている。

 大人でさえ一歩間違えば簡単に凍死するような環境だ。子供たちが毎日通学するのは危険な上に非効率的、というわけだ。



「そして昨今の”新生代氷期”の中でイキイキとしているのが……みんなご存じ! 彼ら、コウテイペンギン、というわけだ」


 声を張り上げた教師が教壇の電子黒板を指し示すと、氷原を愛くるしく二足歩行するペンギンたちの動画が再生される。授業を同時視聴している同級生の女子たちが「わぁ」と歓声を漏らすのが聞こえる。

 しかし、少年の目は相変わらず冷めたままだ。


 ――ペンギンの動画など、今はテレビを点けていれば毎日流れてくる、もはや見飽きた日常の光景だからだ。





 この教師が言う通り、コウテイペンギンの社会はここ数十年で異常なほど急速に発達し成熟していった。

 とはいえ、20世紀に人々が夢想した某クレイアニメのような世界ではない。


 とにかく、地球上どこにでもペンギンの大規模コロニーが存在しているのだ。


 そうなった主要な理由は、いくつか挙げられるだろう。



「では、その原因が何か――わかるかな? アントン君」

「え、えっと、ひょうがきになって、すごくさむくなったからで、す」


 呼ばれた男子生徒が、たどたどしく答える。

 受講中生徒の一覧画面に映されたその姿は、くせの強い金髪が目立つ頬がぷっくりとした少々気弱そうな少年だ。

 自信がなさそうな様子の小さな声だったが、教師は満足げにうなずく。



「うむ。端的な言い方ではあるが、間違いなく正解のひとつだ。」

 

 氷河期と呼ばれているぐらいの気候だ。なんといっても、寒い。

 今の地球環境は、かつての南極大陸が星全体に広がったようなもの。地球上のどこでもコウテイペンギンが過ごしやすい気候となっているわけだ。



「他に何かあるだろうか。ブレンダ君、どうかね?」

「はいっ! にんげんが、すめるばしょが、いっぱいへっちゃったからです!」


 先ほどのアントンとは打って変わって、ハキハキとした大きな声で赤毛の女子生徒が答える。

 あまりに勢いよく答えたせいか、画面の向こうでは三つ編みのおさげと挙げたふっくらとした二の腕が揺れている。


「うむうむ。これもまた正解だ。それに、元気があって非常によろしい、ブレンダ君」


 またも教師は満足そうに頷き、白い髭の生えた顎をでる。


「アントン君の答えと切っても切り離せない関係であるが、ペンギン達にとっては非常に重大な要因と言えよう」


 氷河期がくるまで、地球のありとあらゆる空間は、増えすぎた人間の生息域となっていた。

 発達した科学技術を駆使して、住処は空へ空へと高く伸びていき、陸地が足りなければ海に街ごと浮かび、砂漠を無理やり緑化して都市を築き――と言った具合に。


 そんな、卓越した科学技術を持ってしても、人間は寒さに適応出来なかった。

 自然界の動物達も、数えきれないほどの種が瞬く間に絶滅していった。


 それだけ、氷河期になるまでがあまりにも急激で早すぎたのだ。



 「ペンギン達の版図(はんと)拡大の一番の障壁だった我々人間は、寒さに負けてこうして引き籠っている。そして我々や他の動物が居なくなった隙間を埋めるように、今の地球を快適な環境と感じられるペンギン達は、爆発的にその生息領域を広げていったというわけだね」


 およそ学生を相手に話すような言葉選びではない大げさな文句で説明を重ねる教師。これまた大きい動きで肩をすくめつつ、その瞳は次に答えさせる生徒を見定めるようにゆっくりと左右に動いている。


 そして教師の目が、少年が見つめるモニターの中でピッタリと止まった。



「さて。他にも忘れてはならない重要な要素があるな。どうかね――マックス君」

「……ケイ、ナカタ」


 少年は仏頂面と頬杖の態度を崩さず、一人の名前らしき言葉をボソリと口にする。

 それを逃さず聞き拾った教師は、気を悪くする素振りも無く満面の笑みで


「素晴らしい! そう、ケイ・ナカタ博士だ! よく勉強しているね、素晴らしいよマックス君!」


 褒められても、少年の顔は変わらない。相変わらずの姿勢で、ため息をつく。だが丸く柔らかそうな頬には、ほんの僅か朱が差している。



 ――そう。ペンギンの楽園の繁栄に最も大きく影響したと言えるのは、とある一人の科学者の尽力だ。


 実は21世紀半ば、コウテイペンギンは絶滅の危機に瀕していた。

 原因は、当時の地球温暖化による極圏の氷の消滅だ。愚かな人類は、日に日に悪化する温暖化に歯止めをかけることができず、ついには行き着くところまで行ってしまったのだった。

 

 その状況を誰よりも憂慮をしていたのが、くだんの”ケイ・ナカタ 博士”だ。

 彼は生粋のペンギン愛好家であり、ペンギンの姿を求めて南極大陸を走り回るフィールドワーカーであり、ペンギンの生態が専門分野の生物学者、であった。


 南極大陸の氷の全消滅がいよいよ現実的なものとなってきた頃。彼は世界各国の首脳が一堂に会する国際連合のサミットで、涙を滂沱ぼうだとしながら歴史に残る大演説をした。





『地球が泣いている、そんな言葉をあなた達は笑い飛ばし、無視し、徹頭徹尾(てっとうてつび)見て見ぬふりを続けてきた』


『私の国は関係ない、経済を発展するためには仕方がない、誰かが頑張れば良いんだ。そんな事を言って、際限なく二酸化炭素を好き放題吐き散らしてきた』


『その、その結果が! その結果が、今の地球環境じゃないですか! 南極と北極の氷は、今やほとんどが溶けて無くなってしまった』


『数多の島々や沿岸区域が、上昇する海面に飲み込まれ消滅していった。あなた達も良くご存じのとおりにね』


『工場が飲み込まれた? 港が潰れた? 住むところが減った? 国が無くなった? ――そんなことは、もはや小さい問題なのです!』


『人間だけではないのですよ! 本当に多くの生き物が、地球上から永遠に姿を消しつつあるのですよ!』


『あのペンギンも! あの健気で愛くるしいコウテイペンギン達も! 彼らの住処は南極の氷を失ってこんなにも少なくなってしまった!』


『なんてかわいそうなペンギンちゃん。見てくださいよ、こんなにコロニーも小さくなってしまって……』


『氷上をよちよちと不器用に歩くあの姿! 海中では飛ぶように颯爽と泳ぐ凛々しい姿! ふっくらとした唯一無二の体型! それでいて流れるような綺麗なフォルム! おぉ、なんと可愛いんでしょう。なんとなんと美しいんでしょう! 神が創り給うた神秘の造形美! まさに愛玩の極致! もう、今すぐ抱きしめ頬ずりしたい! くさいとか関係ない! 群れにまみれ蹂躙されたい! 全身をつつきまわされたい! あぁっ、オール・ヘイル・ペンギンッ!!』



『…………ゴホン』



『と、とにかく! このように地球上のあまねく生物が苦しみ、為すすべなく死に絶えつつあるのです! いつまで人間本位で生きていくのですか!? あなた方は恥を知るべきです!』





 ナカタ氏が演説をした当時。すでに彼の故郷である島国は、その国土の多くが海に飲み込まれてしまっていたことを世界中の人間が知っていた。

 そんな状況にもかかわらず、ただひたすら真剣に地球環境の深刻さを訴える彼の姿は、多くの人々の心を揺り動かした。

 

 ――感動的な姿の前では、異常なペンギン愛の気持ち悪さなど、極々些細なことなのだ。



 大演説の結果、彼の研究には多くの資金と人が集まることとなった。


 ケイ・ナカタ博士の研究。それこそが、”コウテイペンギンの保護と繁殖”であった。



「確かに、あの大演説は巨額の資金と有能な人材を、ケイ・ナカタ博士へもたらした。しかし、驚くべきことに! 博士の研究理論は、その時点で彼1人の手によってほぼ完成の域まで達していたのだ!」


 教師が、何故か自分のことのように得意気に胸を張ってかたる。

 すごいのはケイ・ナカタ博士なのに…… とマックスは嘆息するが、自身も尊敬している博士の素晴らしさを称えられるのは、悪い気がしない。

 

 そんなことを思いながら、手元の魚肉ソーセージをかじる。

 プリっとした食感と控えめな塩味が癖になる美味しさだ。



「かくして、完成されていた理論を実行するだけの条件が整ったわけだが、そこから物事は非常にスムーズに進んでいった」


 研究はすぐさま実行段階へと移され、確実に成果として現れた。

 その個体数は、南極大陸沖に築造された海洋巨大ドームの中で順調に増えていった。


 

 そして、30年余りが過ぎたころ。

 


 まるで、示し合わせたかのように、突如氷河期が訪れたのだった。



「――さて。ここまでで、何か質問はあるかな?」


 教師の言葉に、生徒たちがにわかにざわめく。

 そんな中、モニター内の生徒の一人に挙手を示す赤いマークが点灯する。



「はい、せんせい。かずがふえただけで、ペンギンさんたちは、あたしたちとなかよくできるようになったの?」


 黒髪ショートボブにみどり色の瞳の女子生徒が、丸々とした指をヒラヒラ振りながら質問を投げかける。


「うむうむ!これまた、実に良い質問だ、ロニエ君! 皆も、分からなかったはどんなに小さなことでも、すぐに聞いてくれて構わない」


 またも、教師が嬉しそうに満面の笑みで答え、生徒たちが「はーい」とまばらに返事をする。

 大きく首肯しゅこうするたびに、たっぷりとした二重あごもつられて揺れる。



「詳しい理論については、君たちにとってあまりにも難しい話となるから割愛するが……これもケイ・ナカタ博士の研究に因るものなのだ」


 後々説明するつもりだったのだろうか。教師が画面を操作すると、新たな講義資料が表示された。

 そこには、コウテイペンギンの古来と現代の見姿の比較図と、様々な注釈が書かれている。



「ケイ・ナカタ博士は、ただペンギンの数を増やしただけではない。少しでも種としての生存能力を上げるために、遺伝子に画期的な操作を加えたのだ」



 画面の注釈のいくつかが、存在感を主張するように赤く変化する。



「その結果、彼らは体が一回り大きくなり、脳機能も飛躍的に発達した。そして――」



 喋りながら、教師がふと横へ目をる。

 モニター越しの生徒たちからは見えないが、視線の先は、分厚いガラスが2重に嵌められた窓。



 その先の氷の世界では、コウテイペンギンたちが、列を為して闊歩かっぽしていた。





「知性を獲得し、原始的ではあるが――彼らなりの、”文明”を手に入れたのだよ」

後編に続きます。

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