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悪徳令嬢クラリス・グローリアの永久没落【書籍化】  作者: モモンガ・アイリス


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098話「癒やしの聖女②_03」





 ティアント領への旅路は順調だった。


 いつもの護衛騎士に加えてジャック・フリゲートとノヴァが加わったことで、主に野営の際の食事が豪華になったのがミゼッタには嬉しかった。

 ジャックが粗食に文句を言い、ノヴァが仕方なくその辺りで野生動物を狩ってくるのが定例になっていたからだ。


「俺はこいつほどの戦力ではないが、こいつにできないことを、それなりにできる。あんたには感謝してるから、このくらいは構わない」


 相変わらず愛想に欠けた低音で、ノヴァはそんなふうに言った。

 未だに『双子のギレット』に手首を切り落とされ、ミゼッタに治癒されたことを覚えているらしい。まあ、忘れるようなことでもないが。


 ともあれ、途中でなにかの問題が起きることもなく、馬車三台での旅路は順調なまま、ミゼッタたちはティアント男爵領へ入った。


 エスカードやスペイドとは違い、ロイス王国の端にあっても辺境領ではなく、立地もあって栄えてるとは言い難い。

 ティアントにおける最も使われている街道を進みながら思うのは、なんとなくミゼッタの故郷の村のことだった。あの村から、ちょっとだけ都会の町へ向かうときの道中が、ちょうどこんな感じだった。


 ひたすらに馬車や人が踏みしめた道と、前後左右に広がる自然の景色。遠くには山脈が見え、その山の麓には森が広がっているのが見える。

 空はひたすらに青く、気まぐれに散らばった雲が泳いでいて、その下を名前も知らない鳥が飛んでいた。


 そんな昼下がりの平穏の中、ミゼッタが視界の端に、不意にクラリス・グローリアを幻視した。

 あのきらきら光る金色の髪を揺らしながら、機嫌良さそうに街道を歩いている小さな背中が見えた気がして――すぐに気のせいだと自覚する。


 ミゼッタは、彼女の背中しか知らない。

 だけど幻視したクラリス・グローリアがひどく楽しげだということは判った。でもどうして? どうして自分はこんなにも、彼女のことが気になるのだろう。


 それこそ幻視するくらいに。

 なんだか、まるで恋してるみたいだ。


 そう思うとなんだか可笑しかった。

 貴族の都合で恋も愛も知らないまま、クラリス・グローリアを切り捨てた男と結婚することになっているのに……まったく、可笑しな話だ。



◇◇◇



 領の中心であるティアント市街までかなり近づいた時点でも、街道の景色はそれほど変わらなかった。

 当然ながら次第に田園風景が増えてはいた。しかしイルリウス領みたいな都会感は全くないまま、あえて言うならミゼッタの故郷であるミュラー領の、やや田舎といった町並みに近いだろうか。


 つまりはロイス王国でも田舎の領地なのだ。

 確かに北と西に魔境の森が広がっていて、交易をするにもエスカード領とスペイド領に囲まれている立地だ。それでもどうにか発展のさせようはある気もするが、じゃあどうすればいいのかなんてミゼッタに判るわけもない。


「つっまんねー場所だな。どん詰まりって感じだ」


 吐き捨てるようにジャックが言った。

 ミゼッタは同意も否定もしなかったし、ノヴァもヴィクターも同様だ。結局、ジャックの言葉は馬車の中空をしばらく漂って掠れて消えてしまったが、別に誰もそのことを残念に思わなかったようだ。


 そうこうしているうちにティアント家の屋敷へたどり着き、仕事の時間とばかりにヴィクターが馬車を降りて護衛騎士を一人だけ連れ、門番の元へ。

 いつものことだ。

 そうしてしばらくするとヴィクターが戻って来て、偉い人と挨拶をする場にミゼッタを連れて行くことになる。

 いつもと同じだ。

 とりあえず、今のところは。



◇◇◇



 貴族の住処は大抵が立派な屋敷で、稀に城を所有している貴族がいる。


 それはなにも領主だから城に住んでいると限ったわけではない。ミゼッタがこれまで治癒をすることになった貴族のうち何人かは城に住んでいたが領主ではなかった。城というものは、ようするに戦争の道具だからだ。


 ロイス王国には、ここ何十年と大規模な戦争など起きていない。


 小規模な戦闘――例えばエスカードにおける魔族戦がそうだし、各領地ではたまに盗賊団が現れ、領騎士団がこれに対処したりする。盗賊団だったり山賊団だったりの規模が大きくなれば複数の領が協力したり、王都に近ければ王国騎士団が出ることもある……らしい。

 これは実感や実体験ではなく、勉強の成果だ。


 ともあれ、そういう意味において、ティアント領主の住処が城でないことの意味も判別できる。この場所を死守する必要が、ずっとなかったのだ。守る必要はあるが、敵が攻めて来ない。そういう場所。


 そんなことを考えているうちにヴィクターが戻って来て、屋敷へ入ることに。最も強力な護衛であるジャックのみが同行し、他の面々は馬車と馬を預けてから屋敷の賓客室へ通されるようだ。


「なにか嫌な感じがする。気を張っていてくれ」


 ぼそりと小声でヴィクターが呟く。例のギョロ目が一瞬だけ細められたのが、本当に伯父であるイルリウスにそっくりだと思った。

 ミゼッタとしては嫌な感じがしようがしまいが、いずれにせよ自分の意志でなにかを自由にできるわけでもないので、いつも通り静かに腹を括るだけ。


 そう――いつも通りだ。


 いつだって、ミゼッタにとって貴族の治癒対象は『患者』というより『危険物』だった。ちょっと気に入らなかったり、気に入らなかったわけじゃないのになにかしらの魂胆があったりすれば、治癒を成功させたミゼッタに言いがかりをつけ、害を与えようとしてくる。

 現在に至るまでそれらの害悪依頼者にはレオポルド・イルリウスの威光が力を発揮していたけれど、今後もそうであるかは判らない。


 今までだって、ミゼッタは命がけだった。

 そもそもの最初から――エックハルトとの婚約が決まったときから、ミゼッタの命は吹けば飛ぶものでしかなかったし、現在だって吹いた風に流されている最中なのだ。そのことは、なにも変わっていない。


 だからおそらく、傍で見ていてもミゼッタの顔色は変わっていなかっただろう。そのことにヴィクターは反応しなかったが、ジャックはやや目を丸くしていた。


 とにかく、屋敷を歩いて二階へ。

 今回はヴィクターが謁見の場所を知っているからか、あるいは特に歓迎されていないからか、ティアント側の案内はなかった。

 何度も貴族の邸宅を訪れたミゼッタなので、ティアント領主の屋敷がかなり質素であるのが判った。例えば廊下の曲がり角になんだかよく判らない壺が置いてあったりしないし、意味不明な絵画が壁に掛かっていたりもしない。


 そのままヴィクターの一歩後ろを歩き続け、扉を開ける。

 謁見の間――というよりは、応接用の広間といった感じだった。


 真正面、部屋の奥側に立っているのが、おそらくティアント領主だろうか。二十五歳の男性と言われれば、それしかいない。

 正面の領主らしき男の近くには、かなり年嵩の女性。それから、領主より部屋の手前側に、二十歳になるかならないかといった若い男。


 この中で最も異彩を放っているのは、領主らしき人物ではなく――その年若い男性だった。

 肩の辺りまで伸びた波打つ銀髪や、ひどく整った相貌。形の良い唇はゆるく笑みを浮かべている。貴族らしい服装はしかし派手すぎず、落ち着いたものだ。厭らしい貴族にありがちな、威張ったような雰囲気がまるでない。

 なのに――なんというべきか、存在感が違う。


「やあ、どうもどうも。ともかくはご挨拶を。『癒しの聖女』の案内人を務めさせていただいております、ヴィクター・イルリウスと申します」


 あまり畏まることなく、むしろおどけた調子でヴィクターが言う。


「ティアント領主、スラック・ティアントだ。要請に応じていただき感謝する」


 形式上、というふうにティアント領主は言った。

 言葉にも態度にも感謝なんて欠片も浮かんでおらず、そしてそのことをヴィクターはまるで気にしていない。ミゼッタもだ。

 ただ、隣に控えているジャックは露骨にむっとした様子を見せた。


「ほうほう、君が噂の『癒しの聖女』かい。僕はブリッツという」


 銀髪の男性が言った。

 その人物の興味が自分に向いただけで、まるで背骨に氷でも突っ込まれたような気がした。畏れ、というのがたぶん近い。


 次の瞬間、ばっ、と音がするくらいの勢いでヴィクターが跪くのが判った。だけど、なんだっていきなりものすごい勢いで跪いたのかは判らない。


「失礼をご容赦ください、第二王子殿下!」


 先程までの()()()()()など知ったことかと言わんばかりの平伏。

 ヴィクター・イルリウスは常にのらりくらりとした態度を崩さず、これまで相手をしたほとんどの貴族にも一定以上の礼節は保たなかった。それは『癒しの聖女』を安売りしないための演出でもあったのだろうが、今この瞬間、そういった虚飾をかなぐり捨てて、なんというか、必死に畏まっている。


 第二王子……?

 ミゼッタはブリッツと名乗った男を見る。なるほど、存在そのものが他人を畏怖させるわけだ。他の貴族が胸三寸でミゼッタの生命を脅かすことができるとすれば、この男は呼吸一つで同じことができるのだ。


 しかし――考えてみれば、それだけだ。

 どっちにしたって簡単にミゼッタが害されることに変わりはない。


 なのでミゼッタはヴィクターを見習って同じように跪いてみたものの、王族に対する礼儀はまだ習っていなかったので、それからどうすればいいのかは判らなかった。そもそも、なんでこんな場所に第二王子が……?


 ロイス王家には現在、六子が存在する。

 第一から第四王子。同じく第一から第二王女。

 そのうち第二王子、第四王子、第二王女が正妃の子ではなく側室の子で、王位継承権は下位になっている――というのを、つい先日学んだ。そのとき使用人のカルナが第二王子のことを少しだけ語っていたのを思い出す。


 そう、確か――


「はははっ、『放蕩王子』に対してそこまで畏まることはないさ。立ちたまえよ、二人共。護衛の少年剣士君のようにね。ああ、君は君で噂の人物だね。エスカードで魔族の大将と一騎打ちした英雄だ。嬉しいね」


 ふわりと微笑むブリッツ王子の言葉通り、ジャックだけは跪くことなく立ったままだった。それがどれくらい不敬なのかをミゼッタは感覚的に理解できないが、場合によっては許されないことくらいは想像がついた。


「そりゃどーも。『放蕩王子』ってのは?」


 あろうことか、ジャックが敬語も抜きに問いを口にする。

 それにもブリッツ王子は気を害することなく、むしろ嬉しそうに笑って答える。


「ああ、貴族の間では有名なのだよ。継承権が低いのを良いことに、王国のあちらこちらを勝手気ままに行ったり来たり。王の子をぞんざいに扱うわけにもいかず、旅先の領主をうんざりさせ、そんな領主の仕事にあれこれ口を出しては嫌がられる。そんなことを繰り返していれば、いつの間にか呼ばれるものさ」


 放蕩王子。

 その厄介さは、彼が有能であること――と教えられた。


「さあさあ、いつまでも床と仲良くしていないで、ここに来た用事を果たしてくれたまえよ。アールヴのマリエル・サン・フォーサイスは僕も仲良くさせてもらっているのでね、是非とも『癒しの聖女』の治癒魔法を披露して欲しい。まったく、獣人ごときが寄ってたかって森の精霊を嬲り殺しの一歩手前だ。僕には信じ難いね。暴力なんてものは交渉手段として下の下じゃないか。なにかを成すのに暴力を用いるだなんて、頭の悪い行いだ。そうは思わないかね?」


 上機嫌に微笑みながら捲し立てるブリッツに、ミゼッタは今更ながらヴィクターの言う『嫌な感じ』を覚えたのだった。


 たぶん、なにかに流されるのを避けられない。

 今までもそうだったけど――今までとは違うなにかに、きっと流される。


 ほとんど確信だった。






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白けた空気が充満するやりとりだ
[良い点] 更新はお疲れ様です! 百合百合してくるなら私個人としては割と大好きかもw
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