095話「獣人たちの後始末_05」
スペイド騎士団二番隊隊長、タートン・レグラックがスペイド城へ帰還してまず感じたのは、奇妙な清々しさだった。
獣人たちの襲撃によって、スペイド城は極めて深刻な被害を出した。
それなのに、何処か心の奥では「これで良かった」と感じてしまう自分を、タートンは否定できない。
魔術師のレガロたちがガエリコ村を襲撃した際のことを考えてみれば明確ではないか。無能な上位者が多すぎる。
獣人たちはどちらかといえば「偉そうなやつ」「熱心に反撃してきた者」を率先して殺し回った節があり、非戦闘員の死傷者はかなり少なかったらしい。
もちろん、皆無ではない。
殺された者の中には素朴な善人も含まれていた。城勤めの家事使用人や料理人の中にも殺された者はいた。
だから声を大にして口にすることはない。
――すっきりした、などと。
政務にほとんど関わることのないタートンでさえ、そう感じているのだ。報告のために面会することになった領主トゥマット・スペイドが、その感慨を抱いていないはずもなかった。
「こうして直接報告されるのは随分と久しぶりに思うな」
入室したタートンを一瞥した領主トゥマットは、執務室の机に乗せられた大量の書類を脇へ移動させながら苦笑を漏らした。
執務室で机に向かっている何人かの文官も、苦笑こそ漏らさぬものの、同意とばかりに誰もが頷いていた。
「隊長、団長、統括官と軒並み殺されましたからね」
「下手に地位があるものだから無能であっても懲戒するわけにもいかなかった。どれだけの無駄が生まれていたか……考えても仕方がないか。まあいい、報告を聞こう。獣人たちとの会合、どういう流れになった?」
ガエリコ村での会談は、端的に言えば糸口の見せあいだった。
こちらは襲撃されたくないし、かといって死力を尽くして戦いたくもない。であれば、友好を示すべき。それは向こうも同様だ。獣王軍が本気で攻め込めばスペイド城を陥落させ、領を壊滅させることはできるだろう。
しかし、それまでだ。
さすがにスペイド城が落とされるような事態になれば、ロイス王国全体の問題になる。ロイスの戦力を獣人の領域へ投入することになるだろう。
そうまでしてスペイドを襲うだけの理由は、獣人たちにはない。騎士団がガエリコ村を襲撃した件については、既に和解できている。
結局のところ、お互いを知らなすぎる。
まずは知るところから始めねばならない。
「タートン・レグラック騎士官。後々になるが、獣人との交流を主な任務にした隊を編成することになる。ひとまずは文官の部下を付ける。必要な物資、人員があれば部下と相談した上で申請したまえ」
「了解しました」
まあそうなるだろうと思っていたので、特に驚くこともなく敬礼を返す。そんなタートンに、トゥマットは疲労をにじませた苦笑を漏らす。
「……あの少女、クラリスと呼ばれていたな。あの者がなんなのか……獣人たちと同行した貴官は、なにか掴めたか?」
「いえ……」
あれがなんなのか?
そんなもの、判るわけがない。
どうして獣王と親しげだったのか、それどころか獣王に怖じることなく物を言うことさえしていた。あまつさえ魔族を従え、領主であるトゥマット・スペイドを前にして堂々たる立ち居振る舞い。
せいぜい十四、五の少女にしか見えないのに。
百年生きた魔女と言われたら、うっかり信じてしまいそうだ。
「魔術師団の魔術師が一人、あの少女に寝返ったと言っていたな。あの場にいた中年の魔術師か」
「レガロといいます。例のガエリコ村襲撃の際に副隊長として動いていたそうですが、隊長の暴走に付き合わされ……」
「こちらを見限った、ということだな」
怒るでも悲しむでもなく、トゥマットは再び溜息を漏らす。
感じているのは……むしろ失望だろうか。己自身に対しての。
「タートン・レグラック。獣人たちに対応する貴官には、留めておいて欲しいことがある。他所の貴族の動きに関してだ」
「スペイドでないものが獣人たちに接触している可能性、でしょうか」
「『可能性』というよりは『接触していなければおかしい』と考えるべきだな」
思った以上の断定である。
わずかに眉を上げるタートンに、トゥマットは忌々しげに続けた。
「今回の件、何処かの誰かが獣人たちにちょっかいを出していなければ起きようのない事件だった。目的はまだ判らんが、その謀が我が領民を殺すことになった」
許さぬ――と、表情が語っている。
実際に襲撃してきた獣王たちへのわだかまりよりも、きっかけを作った何者かへの怒りの方が、ずっと強く、濃い。
「タートン・レグラックよ。獣人たちと友好的な関係を築くべきだと私は考えている。あんな者共と、大した理由もなく敵対するなど愚者の極みだ。その一方で、我がスペイドに惨事をもたらす種火を熾した者……彼奴らに利を提供してやる気は一切ない。我がスペイド領が始める獣人たちとの交流で、必ず時流が動く。そこが見極め時だと私は考える」
虎視眈々と狙っているはず。
己の利を――何処かの誰かが。
そのために利用された。
「獣人たちの手を借りても構わん。逆にこちらの手を貸すことも渋るな。我々は、路傍の小石のように舐められている」
ぎりぎりと歯噛みする音が聞こえる。
それは、正しい憤怒だとタートンは感じた。
「我々は奪われ、傷付けられ、損なわれた。だが、あのクラリスという少女が綱を渡してくれた。我々は綱を引いた。あの少女がどのようななにであれ、私はあの少女が首謀者だとは思えぬ。あの少女は、ただその場にいてくれたのだ」
トゥマットがクラリスという少女になにを感じたのか、タートンには判らない。修羅場の中心にいなかったタートンには、そのときクラリスがどのような言葉を発したのかなど判らないからだ。
ただ――確信に似た推察はある。
きっと、ひどく楽しそうに笑っていたはずだ。
トゥマットは握りしめた両手を机の上で震わせながら、挑むような笑みを見せ、宣言した。
「獣人と協調せよ。必要ならばクラリスを支援せよ。我々を舐めた者に、後悔をさせてやれ。謀の主がどのような何者であれ、クラリスの存在を計算していたとは考えられん。おそらくは、そこが綻びになる」
根拠などない。ただの当て推量。
しかし、言っていることの意味は十分に理解できた。
そうではないか。クラリスという少女がいなければ、スペイド城の貴族たちは皆殺しにされていてもおかしくなかった。皆殺しにするよりも交流を持ったほうが楽しいとクラリスが獣王に告げなければ、はたしてどうなっていたことか。
本来そうなるように、ならなかった。
たった一人の少女の存在が、流れを変えた。
破綻させろ。
我々が、自身の迂闊さ故に損なったように。
何処かの誰かの計算を狂わせて、大損をこかせてやれ。
その提案は、とても魅力的だった。
だからタートンを両足の踵を揃えて敬礼してみせる。
「――了解しました。領主殿!」
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