094話「獣人たちの後始末_04」
夜も更けに更けきってから、そろそろ明け方という時間まで、私はレクスと話し込んでいた。話すべきことはいくらでもあり、正直言えば時間なんてどれだけあっても足りないくらいだった。
だからといって獣王の都にいつまでも留まってプラドやレクスに手を貸し続けるわけにもいかない。
何故なら『彼ら』と『私たち』は違う集団だからだ。
これからプラド・クルーガが獣人の国家を整えるとして、だったら良い国になってもらいたいとは思うが、その国に暮らしたいわけじゃない。獣人の国がまともな国であるということは、まともな隣人がいるということだ。
私個人としては思いの外ランドールのことが嫌いではなかったが、ランドールが良き国家元首だったとは全く思わない。あんなのが長であるうちは、まともな国家なんか樹立できようはずもない。
さておき。
夜が明けて、そろそろ帰ることにする。
「来たのも唐突だったが、帰るのも唐突だな」
苦笑気味に言う現獣王プラド・クルーガに、私はサービスでクラリスマイルをプレゼント。
「おまえたちが創る『そうでない俺たち』に期待してるぞ。お互い、良き隣人でありたいものだな。あとレクスを働かせ過ぎるな」
「ああ、判ってるさ。良き隣人でありたいとこちらも思っている。良き隣人であって欲しい、ともな」
当然のように差し出される獅子獣人の右手を、今度はサービスでない笑みで握っておく。ランドールの心臓を貫いた右手だ。
「では、息災での」
ひらひらと手を振る妖狐セレナの言葉を合図に、馬車へ乗り込む。
来たときは大人数じゃなかったのだが、途中でユーノスたちを呼びつけたので全員で馬車に乗るのは不可能になった。なので体力の有り余っているやつらには馬車の横を歩いてもらうことに。
馬車に乗ったのは、私とカタリナとキリナ、比較的体力の少ないコボルトのプーキー・シャマル、そして拾ってきた九尾の妖狐カイライン。
この狐人には、いろいろと話を聞く必要があった。
それに便利に使ってやろうという思惑も、もちろんある。レクスでは制御できない――というより、おそらく制御しようとしない――だろうが、たぶん私なら、カイラインを制御できる。
この狐が知らないことを、いろいろ知っているから。
しかしそういった『オハナシ』をするにはレクス・アスカやプラドたちが邪魔だったので、獣王の都ではあえてカイラインから話を聞き出すことをしなかった。
……のだが、まだ、もうひとつだけ後始末が残っていた。
残っていたというか、現れたというか。
進む先に、猪獣人が数人、待ち構えていたのだ。
ゾンダ・パウガとその部下が四名。どいつもこいつもスペイド城への遠征で見たことのある顔ぶれだ。あのときとは顔色からしてまるで違うが、それは彼らの心持ちの問題だろう。
ランドールが死んで喜んでいた獣人もいる。プラドが新たな王として立ったことに安堵した者もいた。どちらだろうが気にしないやつだっていたし、いずれにせよ内心の不満を抱えたままのやつだっているに違いない。
いろんなやつがいる。
当然のことだ。
馬車を停めさせ、降りて彼らの前に立ってみれば、ひどく沈痛そうな顔をしたゾンダ・パウガと他四名の猪獣人たちは、どしりとその場に尻を着け、両手を開いて手の甲を地面に触れさせながら、言う。
「クラリス。オレたちは、おまえの配下になる。おまえに付いて行きたい」
口調も表情も真剣そのもので、遊びというものがまるでない。
「どうしてだ? ランドールの息子が次の獣王になったんだから、おまえらが仕えるべきはプラド・クルーガじゃないのか? おまえらはランドールに心酔していたんだから、その息子を支えてやればいい」
「納得できん」
極めて単純な理由を口にするゾンダ。
他の猪獣人も、ゾンダの言葉に頷いている。
ふと背後を振り向けば、私と同じタイミングで馬車を降りていたらしい妖狐カイラインも、ゾンダの言葉に普通に頷いていた。
まあ、そうだな。
納得できないなら、無理に飲み込む必要なんてない。納得できないことに納得したような顔をして生きるのは、あまり楽しい人生じゃない。
「ランドール様が最期に話そうとしたのは、息子のプラドじゃなかった。おまえだ、クラリス。距離があって聞こえなかったが、ランドール様は、おまえを好ましく思っていた。おまえがずっと楽しそうにしていたからだ」
「ランドールもまた楽しそうに生きていた、とでも言うのか?」
私の問いに、ゾンダは深刻そうに首を横に振った。
「ランドール様は……つまらなそうにしている時間の方が多かった。誰も獅子王に敵わなかった。誰も、獅子王に物を言えなかった。誰も、あの方を納得させて楽しませることができなかった。おまえは、そうじゃない」
そりゃあ、ちょっと気に食わなかったり気に入ったりしただけで殺されるかも知れないようなケモノを相手に、まともに話をしようなんて思うわけがない。
ランドール・クルーガの退屈は、間違いなくやつ自身の責任だ。
「クラリス。弱くて小さいクラリス。オレたちは、おまえが歩く先を見たい。プラド・クルーガの征く道じゃなく、クラリス……おまえの往く道を。頼む。オレたちを、配下にしてくれ」
仲間に、ではなく――配下に。
きっとそれがゾンダたちにとって自然な形なのだろう。
「いいだろう」
と、私は言った。
今更、肩に乗せる責任のひとつやふたつ、増えたところで違いはない。モンテゴたちオーク族、イオタやプーキーみたいなコボルト族、行きがかり上、ろくな選択肢もなく吸収してしまった氏族の連中。
いざとなったら無責任に放り投げればいい。
それが私にできるかどうかはさておき。
今のところは放り投げるつもりがないのだから、ひとつ増えたところで、理屈としては同じはずだ。どっちにしたって、今は放り出さない。
「ゾンダ・パウガ。それから猪獣人のおまえたち。やることはいっぱいあるから、配下にしてくださいって言うなら拒否する理由もない。言っておくが、私がおまえたちに確約できることなんてひとつもないが――それで構わないんだな?」
「ああ。おまえが好きに歩くのなら、きっと納得できる」
即答だった。
まったく、なんだってどいつもこいつも、人に過度な期待を抱くのだか……死なないだけの、ただの小娘を相手に。
なんだか知らないが妖狐セレナが訳知り顔でニヤついていたのが、ちょっとだけムカついた。まあ、ほんとにちょっとだけ。
◇◇◇
ともあれ、である。
猪獣人を五名、一行に追加した私たちは、そのまま辺境へ戻ることに。随分と空けてしまったので現状を把握しておきたい。スーティン村周辺の増反もそうだし、ドワーフのドゥビルに任せていた様々な開発や、ダンジョンの攻略と資源についても、整理し直す必要があるだろう。
到着までは、まだ時間がある。
その時間で、やるべきことがあった。
私は私の両腕に絡みついているカタリナとキリナをそのままに、座席の対面に座っている九尾の妖狐の向こう脛をこつんと蹴ってやった。
残念ながらクラリス・グローリアの暴力では、カイラインを痛がらせることなどできやしないのだが。
「さて、そろそろ話してもらうぞ」
「ええ、ええ。もちろん構いませんよ。いつ話そうかと心待ちにしていたところです。獣王の都で声を大にして話すようなことでもありませんからねぇ」
胡散臭い笑みを浮かべるカイラインである。顔立ちは整っているので、それでも『見れたものではない』とまではいかないのが、逆にちょっとムカつく。
なので再び脛を蹴ってみたが、やはり効果なし。
「クラリス様。この男から聞く必要のある話って……」
「やはり人族について、でしょうか?」
私の右腕と左腕をそれぞれ抱えている少女たちが言う。
もちろん、そんなもん言うまでもないことではあるのだが――、
「それは自分たちで考えたのか?」
問いに、カタリナもキリナも普通に頷いた。
「はい。そもそもの最初から、クラリス様は人族の関与に気を払っていたように、今となっては思います。私の父を名乗る狼族が『人族の協力がある』と言ったときから、クラリス様はこういう状況を予想していたのではないですか?」
「そんなわけあるか」
何処までも真顔のキリナに、思わずツッコむ。
クラリス・グローリアは予知能力者ではないのだ。
これは残念ではなく、幸いである。私はパンドラの箱に残された最後の中身については『予知能力』であるという解釈に一票を投じている。
「でも、あの狼族が喋っていたのとは違った形で、今回の戦には人族の関わりがあった。あの男は『人族の戦力を借り受ける』と言ってましたが、『反獅子連』の中に人族の兵なんていなかった」
「鎧、ですね」
放っておいても二人が話を進めてくれるので、私としては口が楽だった。がっつり腕を掴まれているので頭を撫でてやるわけにもいかず、にんまりと唇を吊り上げて首肯してやるに留めたが、二人はやたら嬉しそうだった。
とにかく――鎧だ。
獣人の領域では見かけることのなかった金属鎧。例えば山猫獣人のニーヴァなんかは金属製の剣を腰に帯びていたが、あれはおそらく例外だ。そもそも獣王の都にだって鍛冶屋なんていなかった。
まず間違いなく、獣人には金属の加工技術がない。
であれば、『反獅子連』は外部から鎧を調達したということになる。
魔族から? それとも他の種族から? 強いてそんなふうに考えるよりも、人族からと考えるほうが自然だ。
「彼らは自分たちのことを『トゥマット・スペイドの使い』と名乗っていましたが、もちろん信じてはいませんよ」
くすくすと笑みをこぼすカイラインである。
恥ずべきことなど一切なし、そういう態度だ。
「調達した鎧は三十人分。新品はひとつもありませんでしたが、それでも致命傷を一度は避けられる程度の性能はありましたね。獅子王の爪を、ですよ? 人族の技術、なかなか侮れませんねぇ」
その辺りまでは予想できていた。まともに考えれば人族から金属鎧をどうにかして調達したに決まっているからだ。
問題は……まあ、問題というならいろいろ挙げられる。カイラインはなにを対価に鎧を調達したのか。どのような連絡手段と輸送手段を用いたのか。何処のどいつが、九尾の狐と取引なんてしようと決断したのか……。
それらは枝葉だ。
端的な疑問は、結局のところひとつ。
「おまえと取引した人族の目的は、なんだ?」
取引の対価が欲しかったから?
例えばカイラインは狐人が溜め込んでいた金銀財宝をガメていて、それを取引の対価にして人族の商人は上等な取引結果に満足した? 有り得ない。ただの商人がどうやって獣人の領域までやってきて商売なんかするのだ。
ここではロイス王国の公用通貨だって流通していないし、そもそも金銭という概念すら広まっていない。
「決まっているでしょう。獣人の領域に侵攻したい人族がいる」
つまりはそういうことだ。
理解した上で、カイラインは取引を敢行した。
それほどまでにランドールを殺したかったのだ。
確かに、あの鎧がなければランドールを殺しきれなかっただろう。結果論だが、獣王殺しには必要だったと言える。
「やれやれ……砦が必要になるな。ゾンダたちにがっつり働いてもらうか」
「放っておけば良かったでしょう。私を引き取ったりなんかせずに、獣人たちの問題だと放置して辺境で安穏と暮らしていればよかったはずです」
愉快そうなカイラインの脛を私はもう一度、今度は思いっきり蹴りつける。
やはり効果はなかったが、ほとんど時差も躊躇もなく、カタリナとキリナが妖狐の脛を鋭く蹴ってくれた。めっちゃ痛そうだった。ざまぁ。
「今の、獣王が代替わりしたばかりの獣王国に人族の対処なんかやらせてみろ。絶対に負けるぞ。せっかく友好的関係になった隣人を、胸糞悪い連中に好き放題させて自分たちは隠れ潜む? 冗談じゃない」
そんなものは、全く楽しくない。
私の科白に、九尾の狐はこれまでで一番嬉しそうな顔をするのだった。
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