092話「獣人たちの後始末_02」
ガエリコ村での会談はつつがなく、穏やかで、さしたる進展もなく終わった。
なにしろ調停役となったレガロも、先見役を押し付けられたタートン・レグラックも、それに村長のロマイト・ガエリコであっても、権限というものを所有していないのである。
完全に、ただの顔合わせだ。
そしてその顔合わせは、まず成功と言ってもいいだろう。
クラリスの配下……なのかどうかはよく判らないが、魔族の男ジェイド・グロリアスに、コボルトのプーキー・シャマルを加えて夜通し語り明かしてみれば、なんとなく見えてくるものもある。
種族が違い、常識が異なる――それでも、星空の下で焚き火を囲んでぽつぽつと語らうのは、悪くなかった。たぶんレガロだけではなく、誰もが。
「では、我々はスペイド領へ帰還します。特に用がなくとも、今後は定期的にガエリコ村を訪問することになると思います」
「ああ。いきなり話が進むとは思えないが、あんたたちを歓迎しよう。今度は一緒に狩りでもしようか」
「獣人殿と共に行う狩りには興味があります。我々も、今後はなにか土産を持ってきましょう。願わくば、友好を」
「こちらも願っていよう」
なんて、別れ際にはタートンとロマイトは少しの気安さを共有し合うくらいの距離感になっていたので、やはり顔合わせは成功だろう。
「……レガロ殿。貴殿とは道を違えることになったが、健勝を祈っている」
と、タートンは騎乗してからやや迷うようにして、言った。
レガロはレガロで少し迷い、結局はへらへら笑って肩をすくめる。
「俺ぁ獣人たちにじゃなくて、クラリスのお嬢ちゃんについた。だから、次回はここにはいないと思う。あんたも大変だろうが、達者でな」
いつかなんでもないときに会えたら、酒でも酌み交わそう。
と思ったが、機会はなさそうなので言わなかった。
◇◇◇
そうしてガエリコ村を出発し、急ぐでもなくのんびりと獣王の都へ戻ってみれば――事態はとっくに収束していた。
獣王ランドールは死に、その息子であるプラド・クルーガが新たな獣王として立ち、しかも『反獅子連』とかいう連中はランドールを殺すためにレクス・アスカと共謀していたので戦そのものがランドールの死をもって終結していた。
一体なにをどうすれば、あの獅子獣人を死に至らしめることができるのか、レガロには全く理解不能だったが……それはさておき。
都の庁舎というか、寄宿舎にある大きな部屋へ案内されたレガロとジェイド、それにプーキーの三名は、クラリスに促されるままスペイド城襲撃からトゥマット・スペイドとクラリスの交渉、その後の『会談』までを説明させられた。レガロとは初対面の獣人の方がむしろ多いくらいだったが、お構いなしだ。
「人族との交易ですか……難事ではありますが、前向きに捉えましょう」
獣人たちの頭脳らしきレクス・アスカが、言葉とは裏腹のぼんやり顔をしてそんなことを言う。
しかし、レガロにとっては他人事である。
タートンにも言ったが、レガロはクラリスに従うことにしたのだ。
ランドールが死んでプラド・クルーガが新たな獣王になったとしても、そのことは変わらない。つまり、スペイドと獣人たちの交渉は、彼らの問題なのだ。
もちろんそこにクラリスが一枚噛むつもりなら、そしてクラリスが命じるなら、レガロも関わることになるだろうが……あまりそういう予感はしなかった。
とはいえ。
レガロ個人としては、かなり気になることが残っていた。
ので、おずおずと挙手して獣人たちの視線を一斉に集めるが、レガロが求めているのはクラリスの回答である。
「あのぅ……とっくに過ぎたことで悪いんですが、そもそもスペイド城での死体出現、あれは結局なんだったんですかねぇ?」
始まりというのなら、レガロにとってはあれが始まりだったのだ。
その日までは適当に酒を飲みながらぐうたらと仕事をこなす毎日だった。
城の中庭にいきなり死体が出現した。
それが発見され、魔術の痕跡がないかを確認するためにたまたまレガロが呼ばれた。当然のように魔術を使われた痕跡は感じられず、状況から見ても死体は『いきなりそこに現れた』としか言いようがなかった。
その後、獣人たちによる談判があり、獣人の子供が拐われたから返せだの叫ばれて事態が動き、死体の出現は有耶無耶になったわけだが……。
「ああ、そんなもん空から落としたに決まってるだろ」
喉が渇いたなら水を飲めばいい、くらいの簡単さでクラリスが言い放った。
あまりにもあっさりと告げられた回答に、レガロは言葉を発せられない。
「ハーピィ数人がかりでも私一人を運べなかったけど、大鷲獣人のブルノアなら、可能だろ。そりゃあ長距離は無理だろうが、『反獅子連』には人族の協力があったんだから、そこそこ近くに死体を用意しておけばいい」
「なっ……だ、……えぇ? なんでまた……」
確かに、それなら魔術的な痕跡なんてあるわけがない。
確かに、死体を検分していたとき、レガロだって思ったのだ。
――なんというべきか……ここで殺されたというより、誰かがこの場所に死体を放り込んだ、とでもいうふうに見えた――
実際その通りだっただけだ。
だが、どうして中庭に死体などを放り込む必要が?
いや違う。必要があるからそうしたに決まっている。その後になにが起きた? 獣人の談判だ。さらにその後は? レガロを副隊長にして獣人の村、ガエリコ村を襲撃することになった。獣人なんかにナメられてたまるかと、例の無能な上官は鼻息を荒くしていた。
「別に打つ手がひとつじゃなくてもいいだろ。色々重なって、スペイドの連中はガエリコ村を襲撃することになった。その襲撃を報せてくれたのは……そう、大鷲獣人のブルノアだったな」
ふふん、と薄い胸を張るクラリスである。
そういえば、スペイド城の襲撃が終わってガエリコ村に戻ったとき、獣王の都が襲われていると報せたのも、例の大鷲獣人だったか。
「ランドールにスペイドを襲撃してもらう。ランドールの消耗が狙いだな。その間に『反獅子連』を動かして、ガーランドを始末する。ガエリコ村に戻ったランドールに都の襲撃を報せて、休ませることなくランドールを動かす。本人も言ってたからな、あんなに暴れまわったのは生まれて初めてだって」
「いいように利用された……ってことですか」
思わず愚痴るように呟いてしまうレガロに、クラリスは嫌らしく笑って返す。
「なに言ってるんだ、獣人の村を襲撃するって決めたのはスペイドの連中だろ。話し合いで物事を解決しようって気になれば、ガエリコ村の住民から反撃を受けるなんてことはなかったはずだ」
実際問題、スペイド城へ談判しにきた獣人たちの言動は嘘っぱちだったわけだ。いや、獣人が人族に拐われたという事実はいつか何処かであったのかも知れないが、少なくともあのときではない。ロマイト村長も、談判はしていないし子供が拐われてもいないと証言していた。
ああ――と不意にレガロは思う。
スペイドの領主、トゥマット・スペイドが問うていたではないか。なにを求めているのか、と。クラリスはなんて返した?
欲しいのは、尊敬すべき隣人。
我々は、お互いを知らなすぎた。
知らない者同士にどのようなものを与えれば、どんなふうに動くのか――それを理解していたのが、獣王の頭脳である女豹ということか。
「まっ、そんなわけで、お互いを知るところから始めればいいさ。ランドールはもういないが、スペイドとの交流を断ち切るのは愚策だぞ、レクス・アスカ」
他人事、とばかりに気楽そうにクラリスは言う。
いや、事実として他人事なのだ。発案者ではあるが、その発案を肯定したのは当時の獣王ランドールだ。そのランドールが興した国を、新たな獣王が引き継いだ。であれば、責任の所在はプラド・クルーガということになる。
「判っています。我々は進む必要がある。急ぎすぎるのは拙いですが、立ち止まることなく……皆さんの力を、貸していただければと思います」
という女豹の科白は、クラリスへは向けられていなかった。
そのことがクラリスには、どうやら嬉しいらしかった。
なるほど……ひょっとすると、彼らは『尊敬すべき隣人』に成り得るのかも知れない。そう思う一方で、レガロはこうも思うのだった。
では、クラリスは『尊敬すべき人物』なのだろうか?
今のところは、判らないと言うしかない。
ただ、ひとつだけ確かに言えることがある。
退屈とは無縁な日々が、既に始まっているということだ。
あれこれと会議を踊らせる獣人たちを眺めながら、レガロはとりあえずのようにへらへらと笑っておくのだった。
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