085話「獣王の戦_10」
華麗に敵の攻撃を避けるタイプのアクションゲームではなく、ダメージレースを挑まざるを得ないコマンド選択式のRPG、とでもいったところか。
狼族の連中は自らの損傷を覚悟してランドールへ突っ込んで行く。
ランドールはそれを回避せず、というより回避しきれず爪や牙や打突を受けながら、己の『爪』で狼族に一撃を与えている。
もはや彼らの鎧は用を為していない。魔力が形作る獣王の『爪』に引き裂かれ、着用者の致命傷を一度か二度だけ防いだ後は、そこいらへ打ち捨てられている。
そして鎧を使ってしまった狼族は、ランドールへ攻撃するたびに『爪』で引き裂かれている。これもせいぜい耐えれて一度か二度だ。
それでも致命傷さえ回避すれば、狼男に変身することで肉体を再構成させ、全ての損傷をなかったことにして再びランドールへ突撃していく。
「グルルォォアアアァ――!!」
獅子の咆哮。ただ大声を上げたのではなく、魔力を使って大気を振動させる、おそらくは衝撃波のようなものだ。『咆撃』を受けた狼男が交通事故に遭ったみたいに宙を舞っている。
本来であれば獣王との戦闘において慣性に身を任せる時間など危険極まりないはずだ。なにせ吹っ飛ばした相手を瞬時に追いかけ、そいつが地に落ちる前には『爪』の一撃を入れるなんて芸当も可能なのだ。イカれている。
が、他の狼たちがそれを許さない。
一体どのような意思疎通があるのか、あるいは本能的な連携なのか、誰かが致命に至る隙を晒した瞬間には、別の誰かがカバーに入っている。
変身した狼男の一撃は、さすがの獣王も無視できる威力ではなさそうだ。
回避して攻撃、なんて簡単にできれば苦労はない。狼男の方は文字通り死にもの狂いで、死んでもいいという気概で特攻しているのだから。
結果、ランドールは致命傷だけをぎりぎりで避けながら狼男の頭部を『爪』で引き裂くことになった。
ひとつ、数が減る。
狼族の中でまだ変身してないのは、最初に名乗りを上げた頭領のヴァロン・センダンだけだ。他の連中はもう鎧を失い、傷を負って変身し、それで獣王へ突撃してまた負傷している。
獣王とて既に満身創痍だ。
命を対価にしたダメージレース。
元金は『反獅子連』の強者を十人。その全員が死ぬことを厭わずにひたすら攻撃し続ける。それも異様なほどに緻密な連携で。
「ランドオォォォル――!!」
「オォォッ……ラァアアアァッ!!」
必殺の気迫で飛び込んだヴァロンの全身が魔力の光を纏っている。対する獣王は渾身の力を込めて両腕を振り上げた。
計六本の『爪』が、地を抉りながらXの字を描く。
血の華が咲いた。
獣王の『爪』に引き裂かれ、裂傷という裂傷から血飛沫が舞う。
その瞬間には変身が完了していた。
狼男が振り上げきった獣王の両腕を掴み、無理矢理に隙間をこじ開け、凶悪な牙を備えた顎が、獣王の喉に――届いた。
咬撃のための、一瞬にも満たない間。
喰らいつくため、喰い千切るため、力を込める刹那の間隙。
ランドールは狼男の両肩を掴んで引き千切った。
子供が昆虫の肢を両側から引っ張るみたいに。
狼男の身体が、ぶちりと千切られる。
とんでもなくスプラッタな光景。
が、まだ終わらない。頭領の死など承知と、残った狼男たちが獣王へ殺到する。もはや余力など尽きたとばかりに、誰もが獅子王ランドール・クルーガへ噛み付き、牙を突き立てる。
首には身体を引き千切られたヴァロンの死体がぶら下がったまま――腕、肩、脚、脇腹へと、狼たちが喰らい付く。
そのひとつひとつを――いや、一人一人を――獣王は引き裂き、千切り、潰していった。腕に喰らいついた狼男の頭を逆の手で握りつぶし、脇腹に喰らいついた者の背中に爪を突き立てて脊髄を引っこ抜き……ひどい音が響き渡る。
ごちゅ。
じゅぶっ。
ずちゃり。
ぐちゃり。
そうして、全ての狼族が始末された。
残されたのは、ぶち撒けられた大量の血液と、肉片。
その中で荒い息を吐く、満身創痍の獅子王。
◇◇◇
「終わりだな」
表情を浮かべずに呟いたプラドが、一瞬だけ後方を確認してからランドールの元へ向かって歩き出す。
私も同じように後ろを確認するが、どうやらまだ『反獅子連』と獣王軍の交戦は終わっていないようだ。といっても、いずれ獣王軍がすり潰すだろう。あっち側の本隊はさておき、こっち側の『反獅子連』は退却のしようがない。
さすがに細部に渡ってまで制御していたとは思えないが……結果からみれば、概ねレクス・アスカの思惑通りなのだろう。
「ふん」
と、私は鼻息を吐き、プラドを追ってランドールの元へ向かう。ユーノスも当然のように私について来たし、手の中で扇子を弄んでいたセレナも同じようにした。
草原は血塗れで、一体合計何リットルの血液が草と地面を濡らしているのか、考えたくもない有様だ。そこいらには肉片だの鎧片だのが転がっているし、もうちょっと原型を留めている腕や脚なんかも確認できる。
血景色の中心には、瀕死の獣王。
ランドールは近付いて来るプラドや私たちに気づくと、視線だけをこちらへ向けた。もはや身体を動かすのも億劫なのだろう。
「『雑魚共』を相手に暴れまわって、今にも死にそうじゃないか、親父殿」
皮肉げな笑みを浮かべ、プラドが言った。
ランドールは同じような笑みだけ返し、何故か私に視線を向けて口を開く。ユーノスやセレナにはまるで意識を向けていない。
「教えろ、クラリス。俺ぁ……なにが、悪かった?」
悔やむでもなく、悼むでもない、単純な疑問。
未だ喉元に喰らいついたままの狼男の死体が、私にはひどく哀れだった。
「生き方、だろうな」
と、私は言って、少し考えてから付け加える。
「ランドール・クルーガ。おまえがそんな生き方をしているから、そんな有様になった。もしも平時に狼族が二十人くらいまとめておまえに挑みかかって来ても、たぶんそんな有様にはならなかっただろうさ」
「……力が、思ったより、出なかったからな」
ククク、と掠れた声で笑う。
私は別に楽しくなかったので笑わない。
「ガエリコ村を出発してからスペイド城を襲撃して、ほとんど休憩なしで引き返した。それでガエリコ村に戻ったら『反獅子連』の襲撃を聞かされた。夜だってのに村を出て、走り通して戦場まで辿り着いた。もちろん休憩なんかナシだ。そのまま一直線にここまで、味方も敵も跳ね飛ばして――疲れるに決まってる」
スペイド城の城門を『爪』で引き裂き、城内では暴れまわり、ろくな休息もなく走り続け、狼族を相手に『爪』を使い、ヴァロン・センダンたちが十人掛かりで残された体力と魔力を削り切った。
だから今、こんなことになっている。
どうして休まない?
どうして任せない?
どうして止まらない?
どうして独りだけで――?
決まってる、それが獣王ランドール・クルーガだからだ。
そのように生きてきた。
だから今回もそのようにした。
それだけのことだ。
それだけのことを、レクス・アスカは読み切った。
「くっくっくっ……確かに、こんなに暴れ続けたのは、生まれて、初めてだ。腹ぁ減るし、痛ぇし、ろくなもんじゃねぇな」
「おまえがもっと強ければ打ち破れただろうさ」
はっ、と鼻で笑っておく。
別に楽しくはないが、言っておくべきだと思ったからだ。
「ランドール・クルーガ。おまえは弱かったんだよ。おまえが敵に回したいろんなものが、おまえを上回った。だからおまえは、おまえの法に則って、ここで死ぬ」
獣王はくつくつと笑みをこぼす。
そんなことは知っていたと言わんばかりに。
「ああ……だったら、俺ぁ、もっと弱ければよかったぜ。その方が――」
――もっと楽しかった。
その言葉は、紡がれなかった。
プラドの右腕が、父親の胸をブチ抜いていたからだ。
獣王の息子にしてプラドの兄、ガーランドの死体に空いていた穴と同じ。獣王の側近であった蛇人オーレンの胸に空いていた穴と同じ。
獅子の『穿撃』。
爪で引き裂くではなく、爪を揃えて突き穿つ。
「これで俺が『王』だ」
冷えた声で告げ、父親の胸からずるりと腕を引き抜くプラド。
そうして獣王ランドール・クルーガは死んだ。
こうして獣王プラド・クルーガが誕生した。
だが、これで終わりじゃない。
ここからが私の――私たちの時間だ。
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